忌み子は神子という考え方
『見よ!我が神聖なるツルツルドリルを!』
などとは言わないが、俺とニーナは結界の片隅に全裸で立っていた。
「こうして水を首から下に纏わり付かせる。 そして濁流のイメージ。 それは衣服も同じだ。 こっちは水を外に出さないような調整が必要だがな」
「うわっ。レオ様凄いッス! うひゃー、気持ちいいっ! レオ様、最高っ〜ッス!!」
「わははは。ニーナよ。 俺の凄さにようやく気付いたようだな。 俺をお兄ちゃんって呼ぶことを許そう」
「年下にお兄ちゃんって少し頭がイっちゃってるッスけど、前向きに考えておくッス!」
「うむ、しっかりと悩むが良い」
なんて会話をしながら即席で考案した『洗浄』で身体の汚れを落としてはしゃいでいた。
側では小さな竜巻のような魔術『洗濯』の中で脱いだ服がグルングルンと回転している。
洗濯後は同じ要領で『乾燥』させれば良いのだ。
理を理解してさえいればこの程度の魔術は容易かった。
「レイダやナロウ達もどうだ?気持ち良いぞ」
「私達は結構です!子供じゃないんですから!レオ様のエッチ!」
「む。それもそうか。でもサラはまだ子供だろ。一緒にどう?」
「わ、私も無理です……」
「あ、そう」
レイダとサラはジト目で俺を見ながら誘いを断る。
意外と『洗浄』の人気が無かったことに少しばかり凹んだ。
エナは几帳面なのか腕を上げて身体の匂いを確認している。
『お子ちゃまは良いですね』
などと小声でダリルがナロウに耳打ちしていた。
この逆臣どもが!
◇◇◇
「レオ様は忌み子なのに何故、そんなに元気なのですか?」
「はい、私もずっとそのように思っておりました」
「うんうん。私も」
サラやナロウ、レイダを含めて俺以外の全員が疑問に思っていた事のようだ。
「今になって分かった事なんだけどな。簡単に言うと 『大きな魔力を生まれ持った赤ん坊』 なんだよ。 忌み子っていうのは」
「生まれながらに大きな魔力ですか」
繰り返すようにナロウが言う。
「うん。見た感じだけど、みんなはそれほど魔力を持ってないだろ?」
「はい、確かに。一般的には精々生活用魔道具が扱える程度しかありませんね」
「俺は生まれた時から魔素や魔力を漠然とだけど身体で感じていた」
「赤ちゃんなのにそんな事に気付くんですか?」
今度はサラが疑問を言葉にする。
ま、普通はそうだよな。普通は。
「だから心は大人だって言っただろ? 生まれた時から大人としての意識を持っていたんだよ、俺は」
「は、はぁ…」
この辺は何度話しても理解できないだろう。
そういうものだと思ってもらう他ない。
「歳と共にその魔力は強くなるんだ。 しかし、体がそれを制御できない。 だから熱を出したり身体が浮腫んだりするんだよ。 そしてそれが酷くなると、みんなが知ってる忌み子の最後。ってわけ」
「確かにレオ様ももっと小さい頃は熱が出たり身体が浮腫んだりしていましたね。 今ではそんなお姿はすっかり見なくなりましたけど……」
エナも昔を思い出しながらそう語る。
レイダが来た頃にはもうそんな症状は克服していたからレイダにそんな記憶はあるまい。
「普通の忌み子は魔力が多いだとか、制御しないとダメだとか考えないし、周りだってそれを知らないんだから対処しようがない。 それさえ知って対処出来ていたら 『忌み子』ではなく『神子』 なんじゃないかって俺は思ってる」
それを聞いた皆はハッとしたような表情になった。
忌み子は実は神子。
少し衝撃的過ぎたか。
「赤ん坊の頃にそれを悟った俺は、色んな事を試して魔力を整流化したり圧縮したりしてその対処法を見つけたんだ」
「す、凄い…」
「だから今はなんともないよ。それでもこの痣は消えないんだけどね」
俺は首の痣を撫でながらそう話した。
この文様のような痣の秘密はいずれ解き明かしたいが、そのタイミングは『今』ではないだろう。
◇◇◇
食事も終わり、ナロウに代謝機能を強化する魔術を掛けたので彼の失った血液も回復したと思う。
さて、今からどうするのかという話し合いをしたのだが、まだ領地の方には戻るべきではないと意見で一致した。
まだ動乱の真っただ中だ。
危険が大きすぎる。
他の北部地方の国へ流れるという選択肢も挙がったが、そこに行くまでの距離が長く、大森林を通るのであれば危険すぎて無理であろうとのことだ。
レイダが『レオ様の魔術が…』みたいな事を口走ったが、エナが一睨みで黙らせた。
俺が相当テンパっているのはバレいるようで 『じゃなきゃ、王の子があんな皆の前でフルチンになって身体を洗ったりしません!』 などと言い放ち、皆が妙に納得していた。
ちっ、子供の無邪気さだとは思ってくれないのか。
そうなると俺たちの取る行動は限られたものになる。
しかし、何をするにしても明確な目的が無ければ人間、進む事は出来ないし進む力も湧いてこない。
俺は今思っている事を素直に話した。
「俺はいつか領地に戻りたい。 皆と一緒にまた暮らしたいんだ。 だからもっと強くなる。 どんな奴にも絶対に邪魔をさせるつもりは無い!」
地獄のような苦しみの中で俺は運命を捻じ曲げて見せた。
これからって時にこんな生活じゃ悲しすぎるだろ。
俺には魔術って武器がある。
最強の魔術師になって夢を現実にしてやる!
「お見事です、レオ様。質問ですが、それはいつか領地を取り戻す。という意味で良いのでしょうか」
「あぁ。そう思ってもらって構わない、ナロウ」
「ふむ、結構です。これから始まるレオ様の栄光なる軌跡に私も乗せて頂きたく存じます。 改めてここで忠誠を誓いましょう」
ナロウは一度立ち上がると、そこから立膝をつき、頭を垂れる。
後からエナ、ダリル、レイダも同じく立膝をついて頭を下げた。
俺は帯剣していないのでナロウの肩に右手を置いた。
「よろしく頼む、ナロウ」
「ははっ」
同じように三人にも順番に肩に手を置き、声を掛けた。
ナロウは『改めて忠誠を…』と言ったが、実際には忠誠の相手が王から俺へと移ったのだ。
そんな光景を黙って見つめていた猫耳姉妹のサラがタイミングを見計らったように話を切り出す。
「あの、もしよろしかったらここから二時間ほど北にある私達の里へ一緒に来ませんか?」
「え?サラ達の里へ?」
「はい、里には魔物除けの結界もありますし、少なからずも人族とは交流もあります」
「迷惑にならないかな?」
「大丈夫ッスよ!レオ様達は私達の命の恩人ッス。 皆受け入れてくれるッスよ。 それと他に相談があるッスし…」
急に語尾の声が小さくなったが、ニーナも俺達に来て欲しいと思ってくれているようだ。
「ナロウ、どうする?」
「はい、今はこれからの計画を立てるためにも、仮でも良いですから拠点が必要です。 お世話になるべきかと」
「私共は何処へでも主に付いて行くだけでございます」
ナロウもエナ達も猫耳族の里へ行く事に異存は無いようだ。
「サラ、ニーナ。 図々しくて申し訳ないが、お願いする」
俺は彼女達に頭を下げた。
そして『結界』と『探知』の魔術、俺とレイダに『魔靴』を施し、猫耳族の里へと向かった。