エンカウント「トゲトゲボール」
「誰か狩りできる人挙手!」
(し~ん…)
あら。で、どうすんのさ。
ここで餓死すんの?
「レオ様、大森林で狩りと言われましても私どもは冒険者じゃありませんし」
ナロウが申し訳なさげにそう話す。
ま、そうだろう。そうだよね。
「レオ様? 魔術でなんとか…」
「レイダさ。俺は七歳なんだぜ? しかも狩りなんてしたことないし。そもそも…」
と、そんな話をしていた時だった。
ここから五十メートル程の北の森からガサガサと言う音と共に『グゥォォオオオ!』という唸るような怖い声が近づいてくる。
俺は『結界』に満足しちゃって『探知』の魔術をすっかり忘れていたのだ。
やばい、魔物かも。
いや、あんな恐ろしい唸り声は魔物以外あり得ないだろ。
『え? 何?』他の三人も怯えている。
結界は俺たちの存在を認識をさせない魔術だ。
結界が魔物を跳ね返してくれるような便利魔術として創ったわけじゃない。
理を理解すれば創れるはずだが、あまりにもやることが多すぎてそんな時間は無かったのだ。
何かしなきゃ…
しかし、近づいて来る気配は俺達から約五メートル程西にズレている。
結界はきちんと動作しているってことだ。
奴は俺達を認識していない。
「このまま、動くな。こちらには気づいていない」
そして気配が直ぐそこまで来る。
目に入ってきたのは二つの人影。
しかし木々に隠れて良く見えない。
その背後からデカい何かが木々をバキバキとなぎ倒しながら二人の後を追う。
ガサガサなんて表現じゃ無かった。バキバキ!だ。
「ハッ、ハァ、ハァ、ハァ」
「グゥォォオオオ!!!」
最初に現れたのは二人の少女。
尻尾が見えるからあれは獣人か。
種族はわからないが、かなりの速さで逃げていて、俺たちの横を直ぐに通り過ぎる。
結界は彼女たちにも効いているのだろう。
こちらに気付く素振りは無い。
そしてすぐ直ぐ後を高さ三メートルはありそうなウニ? みたいな黒いトゲトゲボールが回転し、雄叫びをあげながら少女たちを追い込んでいる。
なんだあれ、近くに海でもあんの? 叫ぶウニとか超怖い。
俺は屋敷でやり慣れた魔術『凍結』をイメージする。
そしてトゲトゲボールを目で追いながら落ち着いて魔力を飛ばした。
奴はデカいから相応の大きな魔力が必要だろう。
『凍結』を選んだのは『製氷』で氷を作って奴に当ててもダメージは少ないだろうとの判断だ。
キラキラした氷の結晶が周囲に吹雪のようにブワッと巻き上がり、トゲトゲボールに向かって集束する。
奴はゆっくりと回転が弱まり、そして真っ白に凍ってしまった。
成功だ。エフェクトも完璧、格好いい。
ナイス俺。
やる時はやる男、それがレオだ。
「おお。これは凄い」
ナロウも声を上げる。
そうだろ、そうだろ。
あんなデカいのを凍らせたんだしな。
七歳の少年が魔術で仕留めたのだ。
誇っても良いよね?
「レオ様。凄いです…」
レイダや他の使用人達も驚いたようだ。
『皆の者よ、喝采せよ!』 などの痛い発言は心の中でのみで叫ぼう。
ついでと言っちゃなんだが、こいつは食えるのだろうか?
「これって食える?」
「はい、食べられますよ。レオ様」
おっと。ずっと無口だった料理人のダリルが目を輝かせて言った。
メイド長のエナもダリルもモブ感満載。しかし、実際には毎日接してきた使用人達だ。
気心も知れている。
「これってウニみたいな味?」
「ウニと言うものの味は知りませんが、肉は柔らかいですし、少々臭みはありますがハーブはそこらに生えてますから。焼けば美味しくいただけます」
ダリルによれば、この魔物の名は『ドグルート』
ウニではなく、ハリネズミのような魔物だ。
こんな場所でウニとか思う俺も大概だとは思うが、こいつは食肉用としては比較的ポピュラーらしい。
時々バンナ族の商人から仕入れていたらしく、俺も何度か食べたという。
でも俺の記憶には全く無い。
どこかのお貴族様のように、料理の詳細をいちいち説明してくれるような人は我が屋敷にはいないのだ。
ま、直ぐに死ぬはずの俺だからね。仕方ない。
凍り付いたドグルートを間近に見れば確かに体を丸めているのがわかった。
死んでいるはずだが解凍した途端に暴れだすと嫌なので凍ったまま解体することにした。
ダリルは包丁などの商売道具は常に持ち歩いているらしい。
まさに職人の鏡。
お、逃げていた二人もこちらに近づいているようだ。
『探知』ってまじで便利だよな。
直ぐに二人は俺達がいる場所に顔を出した。
おぉ、ナイス!猫耳族の女の子じゃん。
一人は十二歳くらい、もう一人は十歳くらいだろうか。
髪色は違うが顔が似てるから姉妹だろう。
使用人の中でも何人か居たけど、猫耳族の女性はみんなマジで可愛いんだよ。
言葉の語尾に『~にゃ♡』みたいに話せば完璧なんだけど、現実はそんな甘くなかった。
猫耳族の男の方も比較的イケメンが多い。
普段はわからないけど、いざって時は素早く動けて筋力も相当高いみたいだ。
「あの、ドグルートを退治したのは貴方ですか? えと…ありがとうございました」
解体を進めるダリルに姉の女の子が声をかけた。
小さい方の子は姉の後ろに隠れるようにしている。
わかるよ? 倒した人が解体してるんだと思ったんだよね?
でもね、こいつを始末したのは俺、俺なんです。
「いえ、そこにいらっしゃるレオ様です」
彼女達はダリルが向いた先に立つ俺を見る。
子供がこんなデカい獲物を倒したことが信じられないのだろう。
少し訝しい視線だ。
でもね、真実なんですよ。
俺が…倒しました。ふふふ。
そして姉の女の子がポツリと呟やく。
「忌み子…」
「って、そっちかよ!」
◇◇◇
俺達はドグルートの肉を焼く火を囲むようにして座っていた。
勿論、猫耳族の姉妹も一緒だ。
彼女達もバンナ族の襲撃で勤め先の冒険者ギルドを焼かれ、逃げてきたらしい。
若くして働くとは凄いな。
まだ小学生位じゃね?
「冒険者ギルドで働いてたって、職員とか?」
こんな子供が働いてた事に驚いた俺は少し興味を持った。
だって俺は屋敷から出たことが無いし、勉強も無かったから世間の事を何も知らないんだよね。グスン。
「いえ、ギルド内の食堂酒場の店員でした」
あら。ラノベの世界と一緒じゃないの。
魔術といい、魔物といい、亜人族といい、ここはやっぱりファンタジーだわ。
知ってたけど。
「なんで魔物に追われてたの?」
『そこに魔物がいたから』とかの答えは要らない。
「里に帰ろうって姉ちゃんが言ったっス。 私は絶対無理って言ったんスけど、大丈夫だからって。 そしたらトグルートに見つかっちゃって…」
おうふ。猫耳族の妹よ、幼くしてその喋り方かよ。
厨二に目覚めるのが少し早いんじゃ…
「二人の名前と歳を教えて貰えるかな?」
『何故歳まで聞く?』 みたいな雰囲気が辺りを支配した。
だって普通知りたいだろ? な、そうだろ?
「私はサラです。十二歳です」
「私はニーナ。十歳ッス」
お、予想とドンピシャ。
俺見る目あるわ。
サラは茶トラっぽい髪を後ろで簡単に束ねている。
勿論、可愛い猫耳がひょこっと髪から出ていてモフモフだ。
身長は百三十センチってところだろう。
ニーナは少しアッシュ系のグレーの髪。
ツインテールにしている割にそこまで長くない。
身長はサラより少し小さい程度だ。
二人とも食堂でよく見かける質素なワンピースにエプロンをしていた。
では、お返しに。
とばかりに俺は立ち上がって自己紹介をする。
「俺はレオ。七歳。訳あって心は大人だ」
「……」
苦笑いするレイダ。
『コイツいきなり何言ってくれてんの?!』って感じで固まる三人衆。
そして猫耳姉妹は『?』マークが頭の上に浮いてそうな表情で俺を見ている。
なんとも言えない微妙な空気感。
んー、少し言葉足らずだったかな。
「レオ様もそんな事を言うようなお年頃に…」
エナ、そんな優しい顔で涙ぐむんじゃねぇ!
「忌み子だから?」
いや、サラよ。
忌み子と俺の自己紹介は全く関係ないぞ。
それに忌み子は頭のおかしい奴だって認識は偏見ですから。
「私はレイダです。十五歳です。えと、訳あってレオ様のお世話をしています」
なんか引っかかる物言いだが、ペコリと頭を下げるレイダは茶色の髪が肩まで伸びた美人さんだ。
二年前からうちの屋敷に勤め、俺の世話係となった。
真面目な性格だが少しおバカ。
しかし、特徴はそのスタイルにある。
十五歳にしてボン・キュッ・ボンのダイナマイドボディ。
身長は百五十センチくらいだが、もっと背が高ければモデル並みだと言えよう。
童顔、我儘ボディのレイダ。
最強のツールを備えた少し残念な少女だ。
「私はあの燃えていた屋敷の筆頭執事のナロウと申します。本年で五十二歳となります。以後、お見知りおきを」
そう言って優雅にお辞儀をする紳士は執事のナロウだ。
『あの燃えていた屋敷の…』のくだりは必要だとは思わないが、常に沈着冷静。
屋敷すべての管理を任されている所謂デキる人だ。
グレーの執事服も完璧に着こなす白髪イケオジ。それがナロウである。
「私はあの燃えていた屋敷のメイド長を務めております、エナと申します。 歳は百二十五で耳長族出身でございます」
エナは耳長族、俗にいうエルフだ。
メイド歴が百年近いという超スーパーウルトラメイドである。
過去には人族と結婚もしており、子供や孫、曾孫も居るそうだ。
現在は未亡人。
ま、そうでしょうね。
髪は薄いグリーン、見た目は二十代半ばに見える。
この歳でも耳長族の中では若手だと言うからわけがわからない。
博識で頼れるお姉さん、ん? おばあちゃん? …って感じの人だ。
ナロウと並ぶ我が屋敷のツートップである。
「僕はあの燃えていた屋敷の料理人、ダリルです。今年で二十二歳です。屋敷の料理長だったマンツォーネさんの弟子をしていました。得意料理は特にありません。よろしくお願いします」
「そう言えばマンツォーネは無事だったの?」
「いえ、昨夜の襲撃で僕らを逃がすために盾になってくれて…」
「そうだったのか…ごめん」
色々とダリルにツッコミたいのは山々だが、マンツォーネの話を聞いてそんな事を言えるはずもない。
ダリルはこの地域でも有名だった料理人マンツォーネの一番弟子として厨房で頑張ってくれていた。
時々甘い菓子を作って差し入れてくれたので、メイド達と一緒にティータイムを楽しんだものだ。
おっとりとした性格だが、料理に対する意識は厳しく妥協しない職人かたぎの男である。
「あ、お肉が丁度良いくらいになりましたね。焼けすぎて固くなる前に食べましょうか」
一通りの挨拶が終わると丁度良い塩梅にドグルートの肉が焼けたようだ。
ハーブの香ばしい匂いも手伝ってかなり美味しそう。
俺達は束の間の一時を楽しむことにした。