レオの魔術
辺りが薄明るくなったので俺は昨夜燃えていた屋敷を確認した。
火は既に消化されており瓦礫の片づけなのか、豆粒のように見える複数の人影が何かの作業をしている。
そして俺達がいる場所から麓の方へと目を向けると魔物の侵入を防ぐ長城の城壁があり、こちらでも兵士が働き蟻のように右往左往している。
今頃になって気づいたが、俺たちはどうやって長城を通ることが出来たのだろう。
「レイダ、長城をどうやって通ったたんだ?」
立ち上がって身なりを整えていたレイダに話しかける。
黒地に白いフリルの付いたカチューシャとメイド服。
黒いタイツは脱ぎ捨てたのか生足のままだ。
この逃避行で至る所が汚れたり小さく破れている。
しかし、それよりも目を奪われたのははちきれんばかりの胸だ。
レイダはそんな俺の視線を気にする様子もなく落ち着いていた。
「あ、城壁に逃げ込んだ時に頼んで門を開けてもらいました」
カチューシャの位置を整えながら彼女は答える。
明るくなってから気づいたが顔色は良さげだ。
「すんなりと通してもらえたのか?」
「はい、元々王国の兵士ですしね。顔見知りも沢山いるし、他の人たちも一緒に通してもらえました」
事も投げにそう話すレイダ。
城壁を守る兵士達も俺達が屋敷で殺されるよりは大森林に逃がした方が良いとでも思ったのだろうか。
レイダが言うには長城の城壁の兵士は国内を守るという意識は薄く、魔物の侵入だけを防ぐのが仕事だと考えているらしい。
ぬるいと言えばぬるいが、
今回に限っては僥倖だったと言えよう。
ま、俺たちがこのまま生き残ったならばの話だが。
「他にも長城を抜けた人がいたんだな」
「はい、慌てていたので誰がとは記憶にありませんが…」
出来れば大森林へ逃げ出した人達と合流した方が良いと思う。
ここには危険な魔物がいるので人数が多い方が有難い。
まだ領地に近いせいか魔物とはエンカウントしていない。
しかし時間の問題だろう。
「襲撃者は何者なのか知ってるのか?」
「はい、曲刀を持ち、ピグノルに乗っていましたからこの辺りで言えばバンナ族だと思われます」
「えっ、バンナ族って同盟勢力だよな…なぜ」
「わからないです。私はレオ様をお守りする事で手一杯でしたから」
「あ、そうか。そうだな、ありがとう」
バンナ族は俺が生まれる以前からヨルム王国と同盟関係だったはずだ。
古くからの先住民族で、大森林で得た魔物の素材を商隊を組みながら各国に売り込んでは利益を得ている。
素材と言っても魔物を解体した部位毎で売るだけなので買った側はそれを更に加工する必要がある。
魔石の加工、食肉だったり革製品、武器・防具、薬の材料など用途は様々だ。
バンナ族の商隊は定期的に屋敷にも来ていたので見かけることも多かった。
ピグノルと言われる大トカゲのような二足歩行の魔獣を飼いならし、馬のような扱い方をしていた。
前世の映画『ジュラ〇ックパーク』で言えば『ラプトル』のような見た目でもう少し全体を可愛くしたような感じだ。
初めて屋敷の窓からピグノルを見たときは 『うわっすげえ!ラプトルじゃん!!』 と部屋で大騒ぎした記憶がある。
もし本当に襲撃者がバンナ族であれば、それは単純に裏切りなんだと思う
俺は王ではないのでどんな事情があって、どんな約定を結んでいたのかは知らないが、同盟の一方的な破棄、即ち反逆だろう。
元々大森林に棲む強力な魔物を狩る戦闘民族だ。
武力も相当高い。
こんな政治的にも意味の無い俺の住む屋敷まで襲われるのだからバンナ族の反逆は国内要所の一斉攻撃だと考えるべきだ。
まさに同時多発テロという言葉がしっくりくる。
内地にある大国『ゼルマン帝国』からこの地に降り立ち、初代ヨルム王が国を興して約五十年。
紛争地帯である北部地方であれば比較的歴史は長い方だとはいえ、他と同様に小国である事に変わりない。
既に王国は崩壊していると考えた方が良いだろう。
「レオ様?」
「ん?」
「あまり難しいことを考えても仕方ないですよ?とりあえず移動しましょう」
「え?どこに?」
「どこにでも。ここに居ても何も無いですし」
「魔物が出たらどうすんの?
」
「はい、レオ様が魔術でドカーンって」
「……」
馬鹿なんですか、この人。
考えなしに移動なんかしたら死にますよ? 確実に。
俺は魔術が使えると言っても魔物も人とも戦った事も無いんですからね。
もう少し熟慮は必要と言うものでしょう。
レイダの性格は良くも悪くも楽天的すぎる。
今までの接し方じゃ全く気付けなかったわ。
とはいうものの、レイダの言ってることも一理ある。
いつまでここに居ても仕方がないのも事実だ。
とりあえず、昨日一緒に森へ逃げ出したと言う人達を探してみるか。
むやみに動くのは愚の骨頂なので魔術で近辺を探知出来ないか試すことにした。
「今から魔術で昨日森に逃げた人達を探してみるから少し静かにしててくれ」
「流石です!レオ様!」
本気でそう思ってんのかよ。
軽いんだよ、言葉が。
俺はどっしりと地面に胡坐をかくと目を瞑りすぅーっと深呼吸をする。
結界を解くのは怖いが魔術を二重にかけるのは難しい。
やるなら慌てずに短時間で終わらせよう。
魔力を薄く平面に広げるイメージでゆっくりと全方位へ展開していく。
直ぐに虫や小動物の動きまで感じ取って何が何だか分からなくなった。
落ち着いて魔力の感度を下げていく。
瞼の中に自分を中心としたレーダーのようなビジョンが浮かぶ。
北の方には大きな気配が無数にある。
これは恐らく魔物だろう。
ここから西の方角に自分たちと同じような気配が…三人。
更に西側に二人の気配を感じた。
不慣れなので距離まではわからない。
きっと慣れればわかるようになるはずだ。
とりあえず西だな。
「ここから西へ行こう。三人組と二人組がバラバラに居るみたいだ」
「はい。でも移動するには靴が必要ですよね?」
「む。……」
うむ。確かに俺たちは裸足だから移動するには靴があった方がいい。
いや、靴がないのは断固拒否だ。
前世の頃から裸足で外を歩き回った事なんて無いんだし。
しかし、レイダはなに期待した目で俺を見るんだよ。
靴なんか魔術で出せるわけないだろ。手品じゃ無いんだし。
ん? 待てよ? 靴である必要は無いんじゃないか?
俺は足首から先に向けて魔力を放出、一センチ程度の厚みで魔力を固め、ゴムのような弾力をイメージに加える。
そして、視認できるよう黒い色も足してみる。
うん、なんか黒い影のようなものが両足首を覆っている。
少し見た目がアレだが仕方ないだろう。
試しに辺りを歩き回っても裸足という感覚は無くなった。
うん、これは『魔靴』と呼ぼう。この方法をレイダに伝える。
「よし、レイダは魔術が使えるのか?」
「はは。私魔術が苦手でして…、そ、その…生活用魔道具程度しか…」
つ、使えねぇー。
んー、どうしたものか。
目でレイダの足先を見て、同じように魔靴をイメージしてみた。
うん、やっぱダメだよね。
エスパーじゃあるまいし、自分の魔力がレイダに届いて無いんだから。
でもレイダと身体を接していればいけるかもしれない。
「レイダ。ちょっと俺を抱いてくれる?」
「え?!無理無理無理! 私、ロリじゃ無いですし、例えちょっとだけでも七歳の少年を抱く趣味なんてありません!というか、まだそういう経験も…」
「そっちの話じゃねえ!」
くぅ~、ダメだ、なんかめっちゃ疲れた。
ま、俺の言いまわしも悪かったか。
つうか、無理を三回も連呼されると流石な俺でも少し凹む。
「抱っこの事だよ。あ、俺の手を握ってくれるだけでもいいや」
「もう、そう言ってくださいよ~」
こいつも大概だな。
いつの間にか話し方に敬意が消えてるわ。
でもそっちの方が話しやすいか。
でも予想通り、身体が触れていれば彼女の足元にも同様の魔靴を作成できた。
「ありがとうございます。でもこれ、少しキモイですよね。そう、ピンクとかに…」
「……」
俺は黙ってレイダから手を放し、彼女の魔靴を消して西へ向かって歩き出す。
「あ、冗談ですって。って痛っ、足の裏が痛いです! ま、待ってくださいよ~」
俺達は魔物の遭遇に注意を払いながら他の逃亡者を探すために歩き出した。