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忌み子という生い立ち

 俺たちは夏だと言うのに寒さに凍えていた。

 大陸北部という土地柄、夏の期間は短く気温も低い。

 身体を温めるために火を使うと魔物に気付かれる可能性がある。


 また、屋敷の方からも遠目で見える距離のため、火を確認され追手が放たれるかもしれない。

 俺は大木の根本でレイダの膝に載せられ、後ろから抱しめるように両腕を回されていた。


 レイダの我儘(わがまま)ボディを背中に感じつつ、大きな頭陀袋が俺の腹と膝の上に掛けられている。


 レイダは 『ここで朝になるまで待ちましょう』 と俺の頭に顎を載せ、黙って俺を抱えている。


 何かを考えているようだが背後にいる彼女の表情を知ることは出来ない。

 きっと不安を抱えながらも俺を守るために色々な事を考えているのだろう。


 俺はこの寒さを防ぐ為にどうしようかと少し悩む。

 俺が覚えていないはずの魔術をここで使うべきかどうかを。




☆☆☆




 俺は二代目ヨルム王の三番目の息子だ。普通なら王子と呼ばれる存在なのだが、そうはならなかった。


 どうも俺は『忌み子(いみご)』と呼ばれる存在らしい。

 忌み子の見分け方は至極簡単。


 生まれた時から首のどこかに黒い文様のような痣が出来ていれば忌み子で間違いない。

 王は俺の()()()を拒み、それを憐れんだ王妃がレオと名付けてくれた。

 平民と同じ、レオという名前だけの存在。


 忌み子は例外なく十歳まで生きる事は出来ないという。


 時折訪れる高熱や身体の浮腫(むくみ)

 歳を追うごとにその間隔は短くなり、症状は悪化する。


 そして最後は全身から血を吹き出しながら息絶えるか、体が大きく膨張して爆散してしまう。

 だから忌み子は生まれて直ぐに処分されるか、生かされたとしても熱で長く寝込むようになった時点で注射等で安楽死をさせるのが通例らしい。


 考えただけでも恐ろしい。

 しかし、生まれて直ぐに処分されなかった事はヨルム王なのか王妃なのかは知らないが、感謝だけはしておきたい。


 俺は現在、数日に一度は発熱と浮腫の症状が現れる。


 ただ俺は転生者だ。

 二歳くらいの頃にはこちらの言語は身内の会話でほぼ理解することが出来た。


 俺が忌み子である事を知ったのもその頃だ。


 『可哀想に…』とベッドで寝かされている俺を見ながら話すメイドや使用人達。

 時々訪れる母親(王妃)から漏れる言葉。


 それに悩んだ時もあったが、このまま死ぬのでは俺が転生した意味が全く無い。


 いや、この転生には何かの意味があると思いたい。


 だから俺は定期的に蝕んでくる身体の異変についてずっと考えていた。

 まだ赤ん坊なのだから時間は十分にあった。



 この世界は魔素で満たされている。


 魔力は魔素の集合体で身体や物質の中に存在し、魔術や魔法のの根源となる。

 俺は生まれた頃から魔素や魔力の存在を何となくだが身体で感じることが出来た。


 前世ではこんな感覚が無かったせいなのか、魔素は重みがあって少し粘性のある空気? のような感覚が全身の肌から違和感として感じられる。


 身体の中も血流とは異なる別の流れのようなものが感じられた。


 それが魔力なのだろう。


 最初は単なる違和感だけだったが今となったらはっきりと認識できる。

 これは魔素、そして魔力だ。


 忌み子の特徴である体調の異変というものは、突然身体の中の魔力の流れが急激に乱れ、行き場の無くなった魔力が身体を圧迫するような感覚だった。


 それが原因で体温が上昇して身体が浮腫む。それが長生きできない理由だと思う。


 俺が五歳の頃にはこの魔力の流れを意識的に制御することに成功していた。

 体内で()()()()()する事で身体の浮腫を取り去り、意識的にかき乱される魔力の流れを整流化する。


 そうすることで身体の発熱も抑えられるようにもなった。

 だから今では異常の前兆があれば直ぐに対応できる。

 しかし、それでも首の痣は消えることは無かった。


 もしかしたら首の痣は何か重要な意味があるのかもしれない。

 ただ、他の忌み子を見たことが無いので想像の範疇なのだが。



 また、俺は世間的には存在していない事となっている。

 だから城では無くトガの大森林にほど近い王の屋敷でひっそりと育てられた。

 教育や武術の訓練も皆無。ただ死ぬまでを生きる場所。


 俺が独学で魔術を覚えたのは『魔力の圧縮』『魔力の整流化』が出来るようになる一年ほど前の事だった。


 忌み子である事の証、即ち体内の魔力に圧迫され、苦しみながらも魔力の圧縮を行っている時だった。


 熱で身体が辛いので氷枕が欲しいなと氷を想像をした。

 大気中の水分から熱を除外し温度を下げる、所謂『熱交換』の原理を頭に思い浮かべる。


 すると部屋の中が急激に冷え込み、雪のような結晶がキラキラと部屋中に輝いたのだ。

 そしてその結晶が集まるように固まるとそこには拳大の氷が存在していた。


 俺は魔術というものを悟った。


 世間ではどのようにして魔術を使うのか全く知らないが、物事の現象に至るメカニズムさえ理解出来ていれば魔力を使ってイメージする事で魔術は具現化される。


 更に魔力の量が多いほど魔術の効果も上がる。

 俺はそれから毎晩魔術の研究をする事になり今に至ったのだ。


 そんな俺が暮らす屋敷が襲われた理由はわからない。

 もしかしたら王の所有する建屋から金品等を強奪する目的だったのかも知れない。


 この世界をまだ知らない俺にそんな事はわかるはずもなかった。



☆☆☆



 俺は結局魔術を使うことにした。


 よくよく考えてみれば俺がここで魔術を使ってレイダが驚くことはあっても、それがこれからの問題になることは無いだろう。

 そんな事に今更ながら気付いたのだ。


 俺は熱交換の原理を利用し、レイダの手を握る。周囲から熱を奪って自分とレイダの血管を通すイメージで身体に熱を送り込む。


 温度調整は使用する魔力量で調整が可能。

 一分もしない間に体全体が暖かくなった。


「え?…なに? 魔術? 魔法?…レオ様…なの?」


 レイダは俺が握った手から心地よい熱が伝わるのを感じたようだ。

 彼女は驚いたように背後からグッと俺の顔を覗き込もうとする。


 ちょ、ちょっと待って!


 背中につき立ての大きな鏡餅が二つ…… それが更に圧迫されて…… とっても気持ちいい。


「ま、バレても問題ないから言うけど魔術は自分で習得したよ」

「え。……」


 レイダの()()()()ぶりから見ると、俺が言ってることの理解が全く追い付かないようだ。


 まぁ二年もの間、俺と一緒に生活する中で、魔術の練習や勉強をしているところを見たことが無いのだから仕方がないだろう。


 どこか一点を見つめ、ブツブツと念仏のように独り言を言うレイダ。


 そして『うん!わかったわ』と、何か達観したような表情になった。


 レイダは理解できない頭の中を半ば強引に消化したようだ。


「レオ様の行動は元々変でしたしね! 納得できないですが、納得しました!」

「あ、そう」


 彼女の言ってることが良くわからないが、俺が魔術を使える事実は変わらないのだ。

 無理やりにでも理解してもらう他ない。


「それと、レオ様。何か、こう……話し方がふてぶてしくなったような…」

「あっ」


 やばい、いつの間にか素が出ていた。


 ずっと隠していたはずなのに。


「レイダ…気のせいじゃないの?」

「……」


 俺は顔を斜めに掲げながらきょとんとした顔で可愛く話す。

 レイダはジト目で俺を軽く睨む。


「今更無駄です!」


 あら、やっぱり。

 まぁ、仕方ないよね。

 今更の話だ。


 どうせならすべてを話した方が気が楽だろう。

 どちらにせよ、今晩は寝ることも出来ないだろうし話す時間はたっぷりとある。


「なぁ、レイダ。実は俺ね……」



 俺は夜が明けるまでレイダと語り合った。

 俺が別世界の転生者で脳内年齢は三十歳近いこと。


 忌み子としての苦痛はほぼ無くなっていること。

 魔術を独学で扱えるようになったこと、などなど。


 気配を消すための結界やレイダの足の裏の傷の治癒なども実際に見せ、混乱した様子のレイダを強引に黙らせる。


 最初は 『信じられない』 を連呼してしたいたレイダ。


 しかし、彼女が知らない事や知識を並べ、実戦や理屈で説明を繰り返すと 『…わからないけど、わかりました!』 などと、考えることを放棄したような事を言う。


 考えても解らないことは考えない。

 ある意味、彼女の美徳だと思う。


「要するにレオ様は『おじ様坊や』とでも言ような認識で良いのですね?」


「ちょ、待て。それは違う。んー、違わないけど少しだけ違う」


 俺が『とっちゃん坊や』扱いされるのは少し違うだろ。

 老いてる割に童顔だったり身体が小さかったりした場合のそれだろ。


 それと俺は断じて違う!

 体は本当の子供なのだ。

 でも脳内年齢までレイダに教えたのは完全なミスだったと後悔する。


「少し違うだけならそれで良いでしょう。はい、わかりました!」

「ちょっと待てって!少しそれとは違うって言ってるだろ!」


 レイダは俺をからかうように笑いながら話す。

 まぁ、解ってくれてると信じよう。


 つまらない議論は不毛だしな。

 そんな彼女が急に真顔になる。


「レオ様、これからどうしましょう」

「え?……」


 まじでどうしよう。

 これからどうするかなんて、考えてなかった。



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