巨浪と魔素と忌み子の関係
俺は王だとか呼ばれたが、生活に大きな変化は無い。
何せ二百人ほどの集落である。
ただの裸の王様じゃんか。
王という呼び名は辞め、今まで通りレオで良いと皆に伝えた。
要するに俺が里を仕切ればいいんだろ?
決まったからにはやるよ、俺は。
俺が里を統べると決まった後、部屋に戻ってエナに食って掛かったのだが、色々難しい事を並べられて返り討ちにあった。
口で彼女に勝てる者はいるのだろうか。
俺への忠誠心は高いのだが、少し俺を高く見積り過ぎている。
まぁ、忘れがちだが俺はヨルム王の血を引いている事に変わりない。
エナは俺が忌み子を克服した今、そう言った目線で周りから見られ、期待されるのも仕方ない事だと言う。
『民衆は英雄を求めている』
だから立て。と言う事らしい。
結局のところ、今回の件は俺以外の間で既に決まっていたのだ。
所謂、出来レース。
俺が嫌がるのを推察し、ぐうの音も出ないあの場を設けたのだ。
それにしても不思議なのは人族とは違う猫耳族が何故、俺に従うのか。
エナ曰く、獣人の種族は群れる本能が強く、圧倒的な強者、即ちボスに服従する事が精神の安定に繋がるらしい。
同種族じゃなくても圧倒的に強いのであれば誰だろうと服従する事に抵抗は少ないそうだ。
俺にはよくわからない感覚だが、現状を見る限り間違ってはいないのだろう。
あ、言い忘れたが、家だけは新築で大きくなった。
里で一番大きな建屋に住まなきゃならないようで、ニャンゴの自宅より更に大きい。
俺の家では使用人達にも個室が与えられ、バスタブなども石を切り出して用意してもらった。
お湯は魔術で簡単に出せるので水道工事も必要無いし、排水用の樋だけで済む。
今度、魔石を使って各家庭や施設にも水やお湯が出るようにしようと七十個近い魔石に魔術を付与している最中だ。
◇◇◇
俺の為政の補佐役として長老ニャンゴが付いてくれている。
エナやレイダは家が大きくなったので本来のメイドの仕事をやる事が増えた。
ダリルも日々の料理に精を出す。
ナロウは戦士長オルダと共に、戦士育成と組織的な戦いを指導している。
元々王の近衛隊長だった経歴もあり、張り切っているようだ。
ただ、使用人達は以前のように専任はしておらず、それぞれ別のミッションも行っているため中々多忙な毎日を過ごしていた。
そんなある日、ナロウと戦士長オルダが一応執務室と呼ばれる俺がいる部屋にやって来た。
「レオ様、折り入ってご相談がございます」
「なんか嫌な予感がするんだけど?」
ナロウとオルダは目を見合わせる。
「実は里の戦士達の話です」
「うん」
「希望者に『魔人化』を施して頂きたいのです」
魔人化かー、俺もそう言う人たちが出てくると思ってたんだよな。
俺は普通だが、使用人達は魔人化したので魔術も使って身体能力も上げて並外れた能力を有している。
そんな連中と一緒に仕事しても違いが大き過ぎるのだ。
「本人の意思なのか?」
「はい、魔物が増えて活性化してる今、一般の戦士では全く歯が立たないのです」
「無理せず、結界の中に居ればいいんじゃ無いか?」
俺はあえて反論気味に話をした。
覚悟を知りたかったのだ。
「結界に守らてるとは言え、今は巨浪の兆候が出ています。万が一、一斉に魔物達が殺到したら結界が破られるやも知れません」
巨浪とは数年単位で発生する魔物の大発生だ。
確かに一理ある。
結界頼みの防衛は危険だ。
魔物が増えれば大森林に籠る冒険者集団も増え、彼らとのトラブルもあるかもしれない。
「わかったよ、許可する」
特に戦士は力に憧れるだろうし、生き抜くためには強くなりたいだろう。
でも本当に人間辞めてもいいのかね、魔人だよ?
魔人化の希望者は十七名。
その中にはサラやニーナが入っていた。
おいおい、大丈夫なのか。
サラ達の訓練を見学に来た。
魔人になりたいと言うのは本当なのか。
「やぁ、サラ!ニーナ!」
剣の訓練を終えたサラ達に声をかけた。
獣人族の成長は早いと聞いていたが、サラはすっかり大人の身体つきだ。
街で魔石を売った金で揃えた皮鎧がなんとも初々しい。
茶トラの髪を後ろで束ね、ぴょこっと出た猫耳はモフモフだ。
ニーナはグレーの髪を相変わらずツインテールにしていて、体つきも少しだけ変わった程度だった。
彼女もサラとお揃いの皮鎧を装着しているが、成長を見越してなのか少しダボダボした感じだ。
二人とも、猫耳族が良く使う剣を持っていた。
細身の剣に握りの部分が人族の使う剣よりもかなり長い。
戦士長アルフが言うには剣を握る位置によって剣でも短槍としても使える対魔物用の武器との事。
「あ、レオ様!こんにちは!」
「レオ様、こんちわッス!」
元気良くこちらに走ってくるサラとニーナ。
サラは皮鎧の胸当てが上下にポヨヨンと弾んでいて、ニーナはぐるんぐるんとグレーの尻尾が回転していた。
うん。二人とも順調に育っているな。
「サラとニーナは何歳になるんだっけ?」
「私は十四歳、ニーナは十二歳です」
「俺は九歳だ!」
「「知ってます!」」
いやぁ、めっちゃ可愛い。
本当の俺は三十二歳だがな。
ほっこりとしたところで話は本題に入る。
「お前たちは本当に魔人化を望んでるのか?」
サラもニーナも笑顔が消え、真剣な眼差しになる。
「「はい!」」
「ドルーやマリーも良いって言ったのか?」
彼女の両親はどう思っているのか。
「お父さんは渋っていましたけど、最後にはわかったって」
「十二歳と言えば成人ッスから、レオ様をしっかりお守りしなさいって言ってくれたッス!」
「え?十二歳で成人なの?」
「そうッスけど……」
まじか。
「け、結婚できたりするの?」
「勿論です。良い人が居ればですけどね」
サラは少し頬を赤く染めた。
あかん。前世なら逮捕案件だ。
俺はサラとニーナに魔人化の未知のリスクについて説明をした。
「はい、ナロウ隊長からも沢山お話して貰いましたから」
「私も将来、親衛隊に入るつもりッス!」
里を守る守備隊と俺直轄の親衛隊を組織していると聞いてはいたが。
守備隊の隊長は戦士長オルダ。
親衛隊の隊長はナロウ。
ナロウよ、張り切るのはいいが、うちの執事はこれからもしてくれるよね?
じゃないとメイド長エナ様が我が家の序列トップに……
数日後、俺は十七人の猫耳族に『魔人化』を行った。
ちゃっかり長老ニャンゴも魔人化のリストに入っていたことをその時知ったのだった。
◇◇◇
更に一年が経過し、俺は十歳になっていた。
「レオ様、里で新たな忌み子が生まれました。これで今年二人目です」
「うん、エナからもさっき聞いたよ」
自宅兼、会議室でニャンゴから報告を受けていた。
去年は一人だった。
今年は既に二人。
「やっぱり魔素の濃度と巨浪とかが関係していそうだな」
「はい、レオ様のご推察通りかと存じます」
エナも俺と同じ見解のようだ。
ニャンゴから忌み子について過去の話を聞いていると、巨浪の周期が近づくと忌み子が増える傾向にある事がわかった。
巨浪の周期は大体五年から七年くらいで必ず発生するらしい。
この里の猫耳族は結界に守られているため、直接的な被害は少ないものの結界の外は魔物で溢れていて全く外に出られない状況が数か月も続くそうだ。
また、他の集落などは人族の長城の城壁を越えて逃げ込むか、村を魔物に蹂躙されて壊滅状態になる所もあると言う。
更に俺が感じている事。
巨浪が近づくにつれ、この地の魔素濃度が上昇し続けているのだ。
また、それに比例して魔物の数が増加している。
巨浪と魔素濃度、そして忌み子の関係は何かあるとしか思えない。
「レオ様。巨浪まであと一年から二年程だと思われます。動くのであれば今かと」
ん? 今? 何が? エナ様。
「そうですな。里の営みは順調そのもの。そろそろかと」
おいニャンゴ。いきなり仙人モードになるなよ。
何がそろそろなの?
「確かに。頃合いかもしれません」
だから何が頃合いなんだよ!ナロウ!
「いよいよですね!」
レイダ、お前もあっち側の人間だったのかーい。
俺は何も知らないのに。
俺、今めちゃ凹んでる。
「レオ様、他の集落へのアプローチですよ」
う。ダリル優しすぎ。
やっと意味わかった。
「……だな」
俺はさも知っている風に答えた。
猫耳族の里から近い集落は二つ。
里から北に三キロ程離れた場所に住む、コボルトの村。
もう一つは里から東へ七キロ先にある同じ猫耳族の里だ。
東の猫耳族はこの里の分家のような存在で、百年程前に手狭になった里から約半数が移り住んだらしい。
代を重ねるごとに繋がりは希薄になり、敵対こそしていないものの親交は薄いそうだ。
俺達の目的は二つ。
我々の強みである忌み子の治療や生活水準の向上を提供し、友誼を結んで連合体というべき存在に加入してもらう事。
そして、互いが協力して魔浪に向き合うこと。
この一年、他の集落との共存については散々議論を重ねた。
それが今だったとは思わなかったが、里の発展が顕著に現れ余裕が出てきた事と魔浪のタイミングを考えればそういう結論になるのだろう。
数は力だ。俺でもわかる。
ならば優秀な配下達と共に進む事が俺の役割なのだ。
第三章から 1~2回/週 となります。m(__)m