プロローグ
初めまして。初めての投稿で素人です。
文章もストーリーも全然だめなのは自覚してます。
気持ちだけで書いています。立志編は書き上げます。
色々なご意見、ご指導をよろしくお願いしますm(__)m
鬱蒼と生い茂る森の中を彷徨う少女。
漆黒の闇の中で微かな月明かりが白いフリルの付いたカチューシャをぼぅっと映す。
灰色の頭陀袋を背負う彼女はその重さからなのか、上半身を前かがみにしながら歯を食いしばるようにゆっくりと歩を進める。
彼女は裸足だった。
足の裏にはいくつもの裂傷で血にまみれ、森の黒い土がその傷に入り込んで血の赤と化膿の紫、土の黒色がまだら模様のようになっていた。
想像を絶する痛みだろう。
しかし、彼女は激痛に声を発することなく、そのしかめっ面だけで耐えてみせた。
そして一際大きな木を見つけると、複雑に絡み合った根の間に背負っていた頭陀袋を大事そうにおろす。
彼女はその横に座りながら頭陀袋に向かって声をかけた。
頭陀袋がもそもそと動き出すとその口元から金髪の少年が顔を出す。
「レオ様、お身体に異常はありませんか?」
「う、うん。少しだけ気持ちが悪い」
少年は暗闇の中を見渡しながら声のする彼女のほうを見る。
月明かりの下なのではっきりとはわからないが彼の瞼が腫れているようにレイダには見えた。
多分、恐怖と悲しさで頭陀袋の中で泣いていたのだろうと彼女は推測する。
しかし、これは現実なのだ。
いつものように甘やかすようなことは言えないし、この状況ではそれは許されない。
少年には現状を理解させなければならないのだ。
だからあえて厳しさを交えて彼と会話する。
「森の中を走りましたので多少の事は我慢してくださいね」
「うん、わかってるよ、レイダ」
瞼を腫らしている割に思ったよりも落ち着い声で答えるレオを見てレイダは少しだけほっとする。
元々、屋敷で彼を世話していた時も変に子供らしくないと思うことがしばしあった。
妙に大人ぶって見えたり、自分には理解できない絵や図を描いていたり、聞いたこともないような言葉を呟いたり。
それを彼は意図的に隠しているような素振りさえあった。
確かに不気味な子ではある。
王妃からは 『レオは少し変わった子だけど頭も良いし、気味悪がらずに接してあげてくださいね。 ほんの数年の事ですから』 と言われ、この二年ほど彼の世話をしてきた。
彼の世話係は過去に何人も辞めたと聞いていたが、レイダは仕事だと割り切ることが出来たし、レオの謎の行為も意識的に無視すれば他には特に問題は無かった。
むしろ、言うことを素直に聞いてくれるので『変わった子だけど素直で良い子』といった認識だ。
「ここはどこなの?」
不安そうなレオはレイダに聞く。
ここが森の中なのは見ればわかる。
彼はそれを聞いたのではない。
「ここはお屋敷から北の森の中です。あれが見えますか?」
レイダは屋敷からの距離や位置を言うよりも指差す方を見せた方が彼が理解しやすいと考えた。
彼女が指を差したのはここから遠く離れた南側、少し小高いこの位置からその光景は見ることが出来た。
「燃えている…」
「…はい」
轟々と燃え盛る炎。
そこにはつい三時間ほど前まで過ごした屋敷があった場所だ。
ハァハァと大きく息を吐いたままのレイダがそっと息を抑える。
すると森の静寂が周囲を支配し、同時に燃え上がる屋敷の方から微かに人の声が聞こえてくる。
しかし、何を言っているのかまではわからない。
無数に見える人馬の影、悲鳴に似た女性の声やドン! といった爆発音などが少しぼやけた感じで耳や目に入ってくる。
「……」
どこか他人事のようにボーっとそれを見つめるレオとレイダ。
なんの言葉も出ない。
暫くすると周囲の湿って冷えた空気が昂った気持ちをなだらかに静めてくる。
レオはようやく闇に慣れてきた目でレイダを見た。
…スンッ… という鼻をすする音、そして涙が頬を伝っているのがわかる。
思わずレオはズボンのポケットからボロボロに割れたクッキーを取り出すと彼女に差し出した。
「レイダ…食べる?」
レイダはギョッとしながらレオの持つクッキーに視線を送る。
すると、何とも表現できない複雑で大きな感情が彼女を襲う。
いつものように感情を抑えることは出来そうになかった。
「は、ははは。レオ様、それを私に?ははは、はははははは!は…は…うっ…うぅぅ…うわっ…うわぁぁぁぁぁん」
レイダはレオを抱きしめると大声で泣いた。
レイダは成人したばかりの十五歳。
心は未だに少女から大人へは変わってはいない。
こんな状況だというのに、やけに冷静なレオがそっと言葉をレイダに投げかけた。
「レイダ、大声出したら魔物が来ちゃうよ…」
「ぁっ…」
レイダはハッと口を押えて目を剝きながら辺りを見回す。
そして周囲が安全であること確認できるとその手を口から外した。
その滑稽な姿を見てレオが口を押えてクスリと笑う。
「くっ…っっ、ふふ」
「へっ…あはッ」
二人はひとしきり声を押し殺しながら深い森の中で笑い合うのだった。
☆☆☆
ユーダラス大陸北部地方。
七つの小国と八つの地方勢力が争う紛争地帯である。
その更に北側には強力な魔物が跋扈するトガの大森林がある。
ユーダラス大陸の中央以南にはいくつもの大国や小国家群が為政を行っているが、どの国家も北部地方には手を出さないことで長く合意されていた。
数百年にも及ぶその合意の理由は明確で、トガの大森林からの魔物の流入を防ぐための防波堤として紛争地帯を許容したのだ。
要するに『北部地域内の国獲り合戦は自由に認めるから魔物の流入だけは防いでくれ』という単純にして明快なルールである。
北部地方の小国家や地方勢力においても倒した魔物の素材は高く買い取りされるし、必要に応じて北部以南の同盟国家から支援も受けれるため、表向きはウィン-ウィンの関係と言えよう。
そういった経緯から北部以南の国家が移り変わろうが、国境線が変わろうともその合意だけは守られ続けた。
そのくらい北の魔物は強力でひとたび相手にすれば莫大な費用と人的被害を被ることになるからだった。
その北部地方で一つの事件が発生した。
北部以南の国々にとっては些末な話なのだが、北部地域内では大きな出来事として伝えられた。
北部地方では比較的長い歴史と軍事力を備えていた小国家の一つ、ヨルム王国が領土を西に隣接するバンナ族の裏切りによって一夜にして壊滅。
領地と領民を接収してバンナ族が新たな国家「バンナ連合」を唱えたのだ。
バンナ族はいくつもの少数部族が集まった集合体で多数派のバンナ族がその代表の役割を担っていたたため、北部地方ではバンナ族として総称されていた。
バンナ族の裏切りを予想できなかったヨルム王国は国内に紛れ込んでいた多数のバンナ族の商隊や冒険者、出稼ぎ人夫などにより同時多発的に各要所を攻撃された。
ヨルム王国は十数年来、小競り合いを続けていた東の勢力「ダマノ王国」との国境線に大部分の兵力を展開しており、突然起こった国内の多発的な襲撃に全く対応が出来なかった。
更にそれに呼応したようにダマノ王国の侵攻が東側国境線から始まり、西から流れ込んだ大量のバンナ族の兵力に挟まれる形でヨルム王国の国軍も簡単に瓦解したのだった。
バンナ族は国王をはじめ全ての王族とその家族を捕らえ、その場で処刑。
宰相をはじめとした閣僚全ても王族と同じ畑の肥やしと化した。
しかし、領地と大森林を隔てる長城の城壁に駐屯する『トガ防衛隊』はバンナ族への投降、及び肉親1名以上のバンナ族支配地域への移住の条件を呑めば命の保証がされ、殺されることなく従来の警備に就くことが出来た。
これはこの北部地方独特の暗黙の了解であると言えよう。
そういった意味で大森林と領地との長城城壁の守備という仕事はどこの国や勢力でも薄給ながらも希望者は多い。
魔物との戦いは基本大人数で組織的に行うため、数年に一度発生する魔物の大氾濫「巨浪」の時以外は比較的死ぬリスクが低いからだ。
国が変わろうと支配者が変わろうと、大森林の警備という仕事は様々な条件はあるものの、命の安全は得やすいと考えられているようだ。
トガの大森林はユーダラス大陸最北部にある大陸最大の森林地帯である。
古代よりどこの国にも属したことの無い手つかずの魔境だ。
そこには古代遺跡が点在し、森全体が強力な魔物の住処となっていることから『人類未踏の地』と一般的には言われている。
しかし、実際には一部の犯罪者や盗賊、魔族、亜人部族など、それぞれが小さな集団となって魔物と戦いながらも生活を営んでいた。
古代遺跡ではアーティファクトの発掘が冒険者集団を中心に度々行われており、その拠点となる北部地方の国々は北部地方以南からの『冒険者の流入』という点でも非常に活気を見せていた。
☆☆☆
やべぇ…
この一言に尽きる。
俺がこの世界に転生して七年と五ヶ月。
ようやくこちらの言語を覚え、ある程度自由に動き回れるよう身体が成長したと思ったらこれだ。
変わり者だと陰で言われながらも大人しく生きてきたのにこの仕打ちかよ。
このまま死んだら俺の転生は全く意味が無いことになる。
まさかこのまま俺の人生ジ・エンドは流石に無いよな? などと、誰に言うわけでもなく独りごちた。
深夜、突然何者かに襲われ屋敷に火を放たれたのだ。
皆が寝静まったころ、日課である魔術の研究を大好きなクッキーを摘まみながら部屋でやっている時だった。
外から聞こえる突然の奇声と爆発音。
屋内から聞こえる使用人や兵士たちの慌ただしい足音。
俺は床に散らかしたクッキーをポケットに放り込んで何故か布団の中にもぐり込んだ。
「レオ様!」
レイダの叫びと同時に部屋の扉が勢いよく開かれる。
何が起きたのか全くわからないうちにレイダに袋詰めにされながらこの森の中まで来た。
と言うよりも運ばれた。
酷い揺れで吐き気を少々。
いや、状況を良く観察してみれば気持ちが悪いなどと言っている場合じゃない。
レイダが指差す方向を見ると、遠くで俺が住んでいた屋敷が燃えていた。
レイダに背負われながら聞こえてきた絶叫と悲鳴が頭の中に再び呼び戻される。
心の中はおっさんでも、身体はまだ子供。
怖いものは怖い。
間違いなく身内が大勢死んだのだから。
暫く燃え盛る屋敷を眺め、あれこれ考えながらもふとレイダを見ると彼女は俯いていた。
俺はズボンのポケットに入れたクッキーを思い出し、手探りで一番大きな欠片を取り出した。
「レイダ…食べる?」
レイダは驚いた感じで俺の顔を見る。
そして少し強張った笑顔のあと、俺を抱き寄せ大声で泣きだした。
レイダの柔らかくも弾力のある胸の感触が俺をドキドキさせる。
恥ずかしさと照れ隠しもあって俺は『レイダ、大声を出したら魔物が来ちゃうよ』と彼女を窘めた。
レイダの泣き顔が止まる。
この後訪れるであろう地獄のような未来を前に、この一時だけはそれを忘れようと俺たちは声を押し殺しながら無意味に笑い合った。