第8戒 膨らむ憎悪。
蝎川 あくび(かつかわ あくび)
年齢 16歳 職業 学生
プロフィール
とある高等学校に通学している学生。家族構成は父、母、妹の4人家族。
この日は自分だけが外出(通学)していた。
備考
交通事故で自分を除く家族全員を亡くす。
順位 4位(¥692,200)
死因 首吊り自殺
私の名前は蝎川 あくび(かつかわ あくび)。
私は学生だ。そして、私は1人だ。1人になってしまったんだ。
私が学校にいる時にそれは起こった。その日は平日だった。だけど、父、母は共に仕事で休みが取れて妹は午前中には幼稚園から家に帰ってきていた。
私の学校は携帯が禁止されていなかったので、休み時間の間に3人でお出かけに行く連絡を貰った。私も一緒に行きたい気持ちはあったが、それよりも家族の団欒が微笑ましかった。その日は晴天で、なにもかもが気持ちよく感じられた。
午後2時を過ぎた頃に担任の先生が青ざめた顔で教室に入ってきた。クラスがざわついた。私もなにが起きたのか分からず、ただ呆然としていた。担任の先生が私を見つけると素早く何度も手招きをした。私は私が呼ばれていることが分からず、自分の顔を指さした。先生が頷くと、私は静かに立ち上がり、後ろの扉から出ると、先生は険しい顔で
「僕も信じられないが、蝎川のご家族が、事故に遭われたそうだ。」
先生は口を動かしているが何も聞こえない。時間が遅くなったように感じる。全身に力が入らず、足が棒のよう固まる。
事故の内容は追突事故で、原因は加害者の急用による速度違反、歩行者無視。私の家族は即死。父と母が妹を守るような形でぶつかったが、間に合わなかったようだ。
私は加害者が憎い。殺したいほど憎い。
後日、加害者は私の家を訪れた。父、母、妹の遺影の隣で、床に着くように頭を下げて、そこに座っている。
蝎川は座りながら鋭く冷たい目線で加害者の後頭部を見つめる。加害者は一向に頭を上げる気配はない。しばらく沈黙が続くと、十あるに耐え切れなくなったのだろうか。加害者が頭を下げながら口を開く。
「本当に申し訳ありませんでした。ちゃんと働きます。お金も、払いますから。」
「払います、から?」
蝎川は加害者の語尾が癪に触り、思わず聞き返す。その威圧的な態度に加害者は目を閉じる。墓穴を掘ったと言わんばかりの様子だった。もちろん、蝎川から加害者の表情は分からないが、手の震えや頭の下げ具合でそう感じ取れた。再び沈黙が訪れた。先ほどとは比べ物にならない程の重い空気がのしかかる。
蝎川の内に秘めた気持ちが少しずつ少しずつ大きく、鋭くなっていく。そして、ふと口から零れ落ちる。
「許せない。」
小さくもはっきりと耳に届く呟きだった。それはじわりじわりと燃え広がる炎のように加害者を追いつめる。
加害者は謝ることしかできない。慰謝料を払うことしかできない。そして、その事を忘れずに生きていかなければならない。
でも、みんながみんな、そのように生活していくわけではない。皮肉なことに、人間は忘れることのできる生物だ。だから、この不幸もこの人にとっては忘れてしまうことの1つなのかもしれない。
そう思うと、許せる日なんて一生来ない。
勝川は加害者の後頭部を見つめ続ける。蔑み続ける。見下し続ける。この人が家族を殺したことを忘れてのうのうと生きていることを想像するだけで吐き気がする。
「頭を上げてください。」
蝎川のナイフのような言葉が加害者に刺さる。加害者はその言葉に従い、蝎川の表情を確認しながら少しずつ少しずつ頭を、上半身を上げる。しかし、蝎川は両手を背中に隠して俯いており、髪で表情が隠れている。
加害者が完全に上半身を起こすと、蝎川が口を再び開く。
「私、やっぱり決めました。」
加害者の表情が晴れる。口元が緩み、嬉々とした声が漏れる。
「ほんとですか!」
対して蝎川は平静を装って答える。
「ええ、本当です。」
加害者はその返事を真に受けると、
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
と何度も頭を下げる。ついには地面におでこを付けて土下座をして感謝を伝える。勝川はその様子を見て立ち上がる。
そして腕を下ろす。
鋭くとがったものがたちまち加害者の背中に沈んでいく。加害者は勝川を押し飛ばすと、赤色に染まりながら後退する。蝎川の手には赤く染まった刃物が握られており、加害者は壁に向かって逃げていく。勝川が近づくと加害者は頭をきょろきょろと動かし、逃げ道を探し始める。キッチンへ繋がる扉に向かって慌てて駆けこんだ、その時―。
加害者のふくらはぎに刃物が刺さる。
大きな声を上げ、悶え苦しむ。柄が足に付くほど深く刺さり、逃げ出すことができない。すると、後ろの方から声が聞こえる。
「私、決めたんです。あなたを殺すって。」
小さくも力強いその言葉に加害者はうっかり本音を漏らす。
「お金を払えば、許してくれるんじゃ。」
すると、ふくらはぎから刃物が抜き取られ、再び背中に突き刺さる。そして、蝎川の心からの叫びが部屋中に響き渡る。
「あなたを!許せるわけない!私の家族を殺しておいて、この先のうのうと生きていくなんて、許せない!どうせ事故のことなんてすぐに忘れるくせに!だから今殺す!裁判なんて、待てるわけない。」
加害者は涙を流して蝎川を見つめる。蝎川は息を荒くして加害者を見つめる。目線が合うと加害者は弱弱しい声で
「お、俺が悪かったから。……もう、やめてくれよ。」
と伝える。その瞬間、蝎川は刃物を抜き取り、加害者の顔に向かって刃物を突き立てる。
蝎川は目の前の死体を見つめ、涙を流す。
「お父さん、お母さん、伊吹……。私、一人じゃ生きられないよ。」
首元の縄を触り、足を後ろに動かすと足元の椅子が倒れ、蝎川は宙に浮いたまま動かなくなる。