第5戒 親しき人こそ無力で
早乙女 藍理
年齢 17歳 職業 学生
プロフィール
ある高等学校に通っていた学生。学園祭までは元気に過ごしていた。
その日を境に侮辱的な行為を繰り返し受け続け、現在は引きこもり生活を続ける。
備考
学園祭以降、女装が趣味になる。
順位 7位(¥643,200)
死因 自殺
僕の名前は早乙女 藍理だ。僕は学園祭の時から女装をするようになった。今までなにもなかった僕がお世辞でもかわいいって言ってもらえるようになってとても嬉しかった。それから女子とはよくお話をするようになった。陰キャだった自分が自分じゃなくなったように思えた。そして、それからここにいていいのだと、生きてていいのだと思えるようになっていた。
しかし、現実とは非情なものだ。
女子と仲良くすることを良く思わない男子が僕につるむようになった。
暴行、かつあげ、パシリ。
どれも若さを象徴するようないたずらだ。僕は暴行に反抗できる力を心身共に持ち合わせていないので言われるがまま、されるがままだった。反抗してさらに脅されたり殴られるよりも従う方が楽だった。心が落ち着いた。
そんなある時、彼らは学園祭の衣装を持ってきた。僕は言われるがままにそれを着た。すると、彼らの内の1人がこんなことを言い出した。
「お前、女装すると他の女よりいくらかましだわ。」
その男は力が強かった。僕は抵抗できる間もなくレイプされた。そいつは僕に女子と仲良くしていたことに腹を立てながら強姦を続けた。そして、そいつが他の奴らに勧めると他の奴らも乗り気になって強姦し始めた。
僕は犯され続けた。彼らが飽きるまで。
その時からだ。僕は部屋に引きこもった。毎日泣いた。毎日吐き気をもよおした。考えないようにするたび余計に思い出してしまう。漫画や動画、SNSを見ていると、男性や女性や性的な描写が目に入る度にフラッシュバックが起きた。
結局、僕はなにも見ないようにした。
それでも、どうしようもなく思い出してしまった。寝ているとき以外、幸せはなかった。
「藍理、ご飯、ここに置いておくね。」
母は僕の早乙女の部屋の前にご飯を置く。早乙女は暗い部屋の中を1歩1歩踏みしめるように歩いていく。
カギを開け、扉を開けると少食になってしまった早乙女を気づった量のご飯とおかず、汁物、飲み物がお盆の上に乗っていた。早乙女はそれを見ると、その場に座り食べ始めた。そして、食べ終えると手首で口元を拭き、立ち上がる。その後、扉とそのカギを閉めて、よろよろと左右に揺られながらベッドまで歩いていく。ベッドに着くとすぐに横になり、布団に潜る。
早乙女は目を閉じて祈る。
早く眠れるようにと。
早乙女は最近、死んだように眠れるようになったため、10時間程寝ることが多くなっていた。
(もう午後3時か。)
枕元に置いてある目覚まし時計を手に取った後に上半身を起こす。その後、再び横になる。すると、扉のノックされる音が聞こえる。早乙女はそのノックに返事する。
「は~い。」
すると、刷り込まれた声が扉越しに響く。
「こんにちは~。藍理ちゃ~ん。元気にしてる~?」
早乙女は一瞬にして心臓が縮こまる。呼吸が整わない。頭を両手で押さえて痙攣する。扉の向こうの人物はこちらの様子など気にかける様子もなく、話しかけてくる。
「藍理ちゃ~ん。俺、会えなくて寂しいよ~。早く学校に来てくれると嬉しいな~。」
声が聞こえなくなる。足音が遠くなる。
早乙女は足音が聞こえなくなっても呼吸が荒いまま痙攣がおさまらなかった。
「うっ!」
早乙女は息の吸いすぎと不快感で口元を両手で抑える。微かに射しこむ日の光を頼りにゴミ箱を探し出し、それに急いで駆け寄る。
「おええええっ!」
我慢できなくなった早乙女は嘔吐する。幸いにもゴミ箱には袋が掛けてあり、ゴミ箱本体に吐き出すことにはならなかった。
「はぁ、はぁ、どうしてここまで来るんだよ。」
早乙女はゴミ箱の縁を掴みながら声も吐き出す。その後、ゴミ袋を包んで取り出し、近くに投げ捨ててある新しいゴミ袋を手に取り、ゴミ箱に掛けておく。
再びベッドに戻り、力強く目を閉じる。
あれから奴は時々早乙女の家を訪れては学校に来てほしいと言い残し、それを伝える言葉は徐々に暴力的に、目的を直接的にエスカレートしていった。発言の内容には「俺ががもてないからヤらせろ。」や「テストで赤点取ったからヤらせろ。」など、とにかく早乙女を気分発散のために犯したいというものばかりであった。
掃除機が物を吸い込む音が遠くから聞こえる。視界が少しずつ開けてくる。
「おかあ、さん?」
早乙女の視界に真っ先に映ったのは掃除機を掛けている母の姿であった。母は早乙女が起きたことに気付くと、掃除機を止めて急いで上半身を起こした早乙女に近づく。
「藍理、おはよう。よく眠れた?」
早乙女は名前を呼ばれただけでフラッシュバックしてしまった。過去の侮辱的な行為に最近の奴の脅しが重なり、
「その名前で呼ばないでっ!」
と大きな声を出して、母を突き飛ばす。そのことに気付くと、
「お、お母さん、ごめんなさい。」
様々な感情がごちゃごちゃに混ざる。藍理はパニックになりカーテンの開いた明るい部屋を見渡す。鏡に自分の姿が映る。ぼさぼさに伸びた脂の浮いた髪の毛、垢のついた顔、鋭く伸びた爪。早乙女はそんな自分の姿を信じ切れず、両手で頭を押さえ足を身体に寄せてて、丸くなった状態で痙攣し始める。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
母は早乙女の異常を見ると、再び駆け寄り早乙女の両腕を掴む。
「藍理、何があったの?」
必死に問いかけるも早乙女は謝ることを止めない。そんな早乙女n様子に母は強く抱き締める。
「藍理、気付かなくてごめんね。ごめんね。」
早乙女が落ち着くと、母は早乙女の頭を撫でて立ち上がる。
「今、ゼリー持ってくるからね。」
早乙女は軽く頷きながら
「うん。」
と答えると、母は部屋を後にする。
早乙女はベッドの上で座りながら午前の白く透き通った光が射しこむ部屋を見渡す。そして、床に足をつけると、勉強机に向かう。机の引き出しに入っているカッターを取り出すと、刃を出して首筋にあてる。
「藍理~。ゼリー持ってきたよ~。」
母の姿が部屋の入り口から見える。刃が光に煌めく。早乙女は母が普段穏やかな母からは想像もできない表情で自身を掴もうとする姿が目に映る。ゼリーとスプーンが床に落ちていく。不思議と笑みがこぼれる。
そして、赤色が視界を遮る。