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殺人ダービー  作者: 未来叶慧
12/12

第12戒 そんな狂ったエンターテイメントショー。

あなたは本当に人を救えるのか。その言葉に偽りはないのか。


誤字修正 2021/05/24 23:26:53

私はレオ。バーチャル動画配信者だ。色んな人の需要に合わせながら1週間ほどの長期的な生配信を行うことで有名になることができた。いつの日か、その動画の趣旨からレオになぞらえて冷王と名付けられた。私もその名前が気に入り、今では冷王(レオ) として活動している。

 「さあ、今宵からパーティーの始まりだぁ!」


 ここはある都市の地下施設。ドームのように広がったその場所は黄金に輝き、中央には大きなスクリーンが11枚とステージが備え付けられている。その場所を大勢の観客が紙幣やドリンクを握りながら囲んでいる。

 観客の熱狂の冷めぬまま、ステージの中央にスポットライトがあてられる。するとその場所にライオンを模した衣装を来た女性の姿が映し出される。

 「お前ら~!盛り上がってるか~!?」

 その呼び声に観客が応える。また、スクリーン上に流れるコメントの数も滝のように流れていく。女性の映像はにんまりと笑うと、

 「盛り上がってるね~!それでは、改めまして、レオchの冷王だ!よろしくぅ~!」

 再び観客が叫びを上げる。レオはそれに構わず、声を会場に響かせる。

 「さぁ~!初見さんのためにこのチャンネルの概要を説明するよ~!」

 観客の合いの手が休む間もなく入ってくる。

 「このチャンネルは、11人の女の子が危機的状況に陥る様子を見る配信をしているんだ。ただ見るだけじゃない。お金を積めば積むほどその女の子は助かりやすくなる。つ・ま・り!お金が1番積まれた女の子が助かりやすくなるということなんだ!分かったかな~?」

 観客が歓声を上げる中、所々で誰に積むかを話し合って決めている様子が見られる。

 「た・だ・し、注意点もあって、投げ銭が無くなった時点から1時間投げ銭が1つも無かったらその女の子は即脱落!」

 大きく深呼吸した後に、

 「さあ!推しの女の子を見つけて彼女たちを助けてあげるんだぞ!あなたの!手で!」

 そう言い残すと、ステージ上の映像が消え、コメントだけが流れるスクリーンから映像が流れ始める。それに伴い、先ほどの声の主が解説を始める。

 「今回も11人11部屋用意した。各々の詳細はお手元のスマホで確認してね!」

 すると、観客は一斉にスマホや携帯を開き始める。そして、その画面上にはリストが表示されていた。


 やぎ座の部屋 八木(やぎ) 弥生(やよい)

 みずがめ座の部屋 三瓶(さんぺい) (すい)

 うお座の部屋 細魚(さより) 麗子(れいこ)

 おひつじ座の部屋 破魔(はま) 洋子(ようこ)

 おうし座の部屋 丑井(うしい) 牡美(おみ)

 ふたご座の部屋 双川(ふたかわ) 一子(ひとね)双川(ふたかわ) 二子(ふたこ)

 かに座の部屋 虫賀(むしが) (とき)

 おとめ座の部屋 早乙女(さおとめ) 藍理(あいり)

 てんびん座の部屋 秤や 天子(はかりや あまね)

 さそり座の部屋 蝎川 あくび(かつかわ あくび)

 いて座の部屋 射原(いはら) 綱手(つなで)


 「みんな、画面に表示されているかな?今回はこの11人!各女の子のボタンを押すと100円~5万円までの金額がでるから、自分のお財布と自分の愛を天秤にかけてお金を送ってね~。」


 カチッ。

 女性はマイクのスイッチを切る。暗い部屋を9つのスクリーンが照らす。それらを見つめながらイスの背もたれに深々と座る。先ほどとは異なる声の呟きが部屋に響く。

 「はぁ~。やっぱり女の子が走者だと視聴者数多いわ~。」

 溶けるような笑みを浮かべ、画面に流れ続けるコメントを見つめていると、舌なめずりをし、呟く。

 「さぁ~て、今回はどうなるかなぁ~♡」

 

 ブーっ!ブーっ!ガタンっ!

 鳴り響く警告音の後にみずがめ座と書かれたスクリーンが暗くなる。女性は目を輝かせてキーボードに飛びつく。カタカタカタという軽快な音と共にマウスが踊るように滑らかな動きを見せる。

 女性はマイクのスイッチの電源を付ける。


 再びステージの中央に冷王が現れると、観客に手を振りながら、笑顔を振りまく。

 「おまたせ~!さぁ~、早速最下位が決まったぞ~!今回の最下位はみずがめ座だ~!」

 冷王はみずがめ座のスクリーンを手で指す。そして、会場に煽りを響き渡らせると、歓声とコメント、悔しがる声が混じあって盛り上がる。すると、みずがめ座の黒色のスクリーンに11位 ¥503,000と白色の大きな文字が表示される。

 「ここでコメントの一部を拾ってくよ~!」

 冷王は流れるコメントを目で追うと、獲物を見つけたように1つのコメントを拾う。

 「え~っと、『必死に電話をかけているのに応えてあげないのはクソだ』。たしかに、あんなに必死に助けを求めていたのにねぇ~。かわいそうだよな~。」

 抑揚のある声で悲しさを演出する。その悲しさもお構いなしに次のコメントを拾う。

 「次は~、『こんな立地の悪い会社に入った方が悪い 自業自得だ』。き~びしい~ねぇ~。でもでも、実際そうだよな~。」

 すると、その拾われたコメントに対して賛否両論のコメントが川のように勢いよく流れていく。

 冷王は口角を上げると、

 「コメントもヒートアップしてきたねぇ。まだまだ面白くなるから、チャンネル登録と高評価、よろしくね~!」

 すると、また冷王が消える。


 女性はマイクの電源を切り、また背もたれに寄りかかると、天井を見つめる。

 「今回は最下位で50万いったか~。幸先良いね~。」


 2日目、夜。

 今日も今日とて会場の配信も活気、熱気は冷めぬままだ。

 「今日は2人!第10位は~、いて座の部屋!¥541,000!そして~、第9位!やぎ座の部屋!¥581,200!接戦だったね~。」

 冷王は一息吸うと、いて座の部屋を手で刺すと、

 「さあ、いて座の方のコメント読むよ~。『スナイパーが暗殺されて草』。『身バレしてるのザコなんか?』だって。相変わらずみんな厳しいね~。まあ、どんな仕事でもミスは許されないよね~。」

 コメントは相変わらず拾われた人に向かって攻撃的なものが多くなる。また、賛同する声も複数流れており、その中には赤やオレンジに彩られた値段付きのコメントも流れている。

 冷王は観客に手を振り、

 「みんな投げ銭ありがと~!じゃあ、次行ってみよ~!ええと、『まだ生け贄とかいう化石残ってるのかよwww』。ふんふん。『俺が親だったら子供と一緒にこんな村出ていくけどね』。……。なぁるほどね~。そうだよね~。生け贄なんて古い古い。効き目なんてないのにね~。でもさ~、その村に住んでたら本当に外に出ることなんて、できるのかなぁ?」

 さっきまで批判していたアカウントは次々と冷王のセリフに賛同を示していく。冷王はその様子をみて、思わず笑いが零れる。

 「ふふっ!じょ~だん、じょ~だん!さてさて、まだ8人もいるんだから、”推し”の娘を助けるために頑張って~!」

 そう言い残すと、冷王は姿を消す。


 3日目、深夜。

 今日は休日。そのため、前日の盛り上がりが継続してる。人々や視聴者は減ることを知らない。むしろ、今までよりも良い勢いに乗って新規層が増えてきている。

 会場で提供されているお酒や食事も相まってショー感覚で利用する客が増えていく。また、投げ銭システムは自身の推しが脱落した時点でまだ生き残っている推しに変更することが可能なことでお客を減らさないように工夫がなされている。

 モニター部屋ではアイマスクとヘッドホンをつけた女性がイスの背もたれを倒して横になっている。

 大きな歓声が聞こえると身体を少しばかり震わせ、起き上がる。

 外部に映していないモニターを確認すると、様々な編集ソフトに埋もれた自身のチャンネルページを引っ張り出す。

 目を疑った。

 勢いよく立ち上がり、その勢いでイスが後方に滑り出す。

 「登録者数295万人突破!?ふ、ふふっ。この調子なら、300万も夢じゃないわ!」

 そして、その朗報に花を持たせるように2つの通知が届く。女性は目を凝らして通知を確認する。口元が緩む。

 「あ~っ、はっはっはっはっは!」

 お腹の底から笑いがこみあげてくる。体を震わせ苦しそうにお腹を抱えこむ。

 「あ~、おっかしい~。笑いすぎて涙出てきたよ~。」

 時々肩を震わせながら、肘掛けイスを掴み、モニターの前まで押していく。その後、イスの前に立ち、跳ねるように座り込むと、キーボードを奏でるように叩き始める。


 スクリーンが暗くなってから数分が経ち、会場やコメントではどよめきが波ように少しずつ広がる。

 キィーン。

 マイクのハウリングが会場に響き渡り、どよめきが一瞬にして静まる。すると、ステージにスポットライトがあてられ、冷王が出てくる。

 「みんな、ごめん、ごめん。ちょっと寝ちゃってたわ~。」

 冷王はマイクのことなど気にもせずに平謝りで乗り切ろうとする。会場は静まり返ったままで、配信も困惑したコメントに溢れかえる。冷王は観客に手を振り続けると、観客はスローモーションのように口角が上がっていく。

 「なんだよ~!寝てただけかよ~!」

 次々と野次や色付きのコメント、寝ていたことを可愛がる声が飛んでいく。

 「えへへ~。ごめんね♡」

 冷王はあざとく返すと再び元の熱気を取り戻していく。そして、勢いがついたところで恒例の行事を始める。

 「それじゃあ、さっき決まったランキング発表とコメント拾いしていくよ~!まずは、第8位!うお座の、部屋。金額は~、¥630,700!ここから60万代に上がってきました!コメントはと言うと、『金持ちが落ちぶれた姿見るの最高なんだがwww』。たしかにそうだよね~。みんな苦しい思いしてるのに偉い人は悠々自適に暮らしてさ~。ずるいよね~。そして次は、『そんな生活してて優しく温かい国は無理がある』。ほんとだよね~。お偉いさんにとって優しく温かい国作りするに決まってるよね~。」

 「この調子で次も行くよ~。第7位!おとめ座の部屋!金額は¥643,200!これはあれかな?可愛ければなんでもいいって人たちに受けたのかな?」

 今までの配信ではなかった男の娘が参加していたことで会場、配信では笑い声や身内あおりをして楽しむ。

 「さあ~、最初のコメントはこれだ!『ガチの引きこもりおるんやwww』。引きこもりって外に出ないから初めて見る人もいるよね~。そういう人にはちょ~と刺激が強かったかな?次のコメントは『メンタル弱すぎぃ!そんなんだからいじめられるんやぞ』ドストレート!でも的を射てると思わない?いじめる側も悪いけど、いじめられる方も悪いよねっ!?」

 すると、会場からは「性格悪いぞ~。」といた野次が次々と飛んでくる。

 「性格悪くてごめんね~。それが売りなもんで。」

 と応えると会場が笑いに包まれる。

 「それじゃあ、6位以降決まってからまた来るよ~。」

 そう言って姿を消す。

冷王のショー配信は特別だ。他の配信者は自分の姿を映したまま配信を進行するが、冷王は必要な時だけ姿を表す。むろん、ショー配信以外では最後まで姿を映してはいる。そのため、すでにそういうものとして扱われるようになった。この5年の活動の中で一度もそのことに言及したことはない。


 「後半戦の始まりね。」


 3日目、昼を越えて、再び夜。

 ステージのスポットライトに注目が集まる

 「だんだん人気が寄ってきたね~。一気に3人も脱落しちゃったよ~!まずは6位!ふたご座の部屋。¥646,400だ!この部屋では毎回姉妹や双子なんだけど、今回は6位だったか~。コメントは~、『姉こじらせずぎぃ!』。確かに~、結構重たかったよね。でも、みんなはそういうお姉ちゃん欲しいんじゃないの~?」

 会場はたどたどしいような初々しいようなむず痒い空気になる中、コメント欄では『なぜわかった』などの隠さないコメントで溢れていく。そんな立場の違いによる雰囲気の違いに気持ちが高まると、

 「ふふっ♡次は~、う~ん、パス!」

 すると、コメント拾いを待ちわびていた観客や視聴者は一斉にブーイングを始める。

 「も~、そんなにブーイングしないの!!!第5位!おひつじ座の部屋で、¥681,100!一気にグレード上がったね~。コメントの方は、『こんなところにもクソ化石伝統残ってて草』。そうだね~。魔女裁判なんて本当にとっくの昔だもんね~。そして、そして、『こんなに頑張ってるのに殺すとか村人無能か?』。これにはみんなも納得するよね~。あと少しで不治の病がただの病になるところだったのにね~。知識って大事だねっ!続いて第4位~!」

 ずっと話し続けていたせいか、2,3呼吸置いてから次のランキングに入る。

 「さそり座の部屋!金額は¥692,200!70万も近くなってきたよ!さてさて、コメントは、『そりゃあ、家族殺されて許せるわけないよな』。分かるよ~。大切な人を失って平常心でいられる人はいないよ。強い強い理性で押さえつけているだけ。」

 拾ったコメントからは呟くように低い声でコメントの感想を述べる。その声はマイクによって大きく拡散される。観客は冷王が珍しくまともなことをしていることに感心を表す。

 「みんなもいい勉強になったよね!それじゃあ、また今度~。」

 冷王は今回、観客の反応を顧みず、さっそうと消える。

 

 4日目の昼。

 「今日は日曜日だよ~!第3位決まったよ~!第3位は~、おうし座!金額は、なんと!¥704,000!ついに70万越えた~!コメントは~、『ちゃんと懺悔できて偉い!』。ふんふん、次は、『女のこういう陰湿な所マジ嫌い』。目の付け所いいね~。女って怖いよね~。陰湿で、いっつも群れてね。ふふっ♡」

 スクリーンに映る人数が減るごとに観客が増え、同時接続数も増えていく。

 「さてさて、いつの間にか残るは2人になったね~。」

 観客のボルテージは最高潮まで高まる。それもそのはず、残り2人、ということは次生き残った方が1位になるということだ。

 実はこのショー配信、1位には投げられた分の金額全てがその娘の寄付にあてられる。しかし、このショー配信の欠点としてその時生き残っても、配信終わりの生死は定かではないということだ。

 そして、これは主催者である冷王とそのアルバイトしか知ることはない。

 「さあ~、歌え!騒げ!感動のクライマックスをその目に焼き付けろ!」

 冷王は手を振り上げると足元からゆっくり消えていく。


「今回も5日か~。まあ、平均的ね。ただ、金額は過去最高だから別にいっか。」

 女性はモニターを見つめながら垂れる涎を手の甲で拭きとる。その後、天を見上げ溶けるように口元が緩む。


 5日目、夜。

 大勢の観客と歓声に包まれて冷王はステージに立つ。スクリーンはコメントのみ表示されており、ライトはステージにあてられたスポットライト以外ついていない。

 ステージに1人立つ冷王は大きく息を吸う。その音が会場を包み、緊張感が漂う。

 冷王は噛みしめるように話し始める。

 「みんな。今回のショー配信、今日まで見てくれてありがとう。ここまで言ったら、みんな、もうわかるよね。」

 大きく息を吐く。その後、マイクに乗らない音でゆっくりと息を吸い込むと、

 「今回のショーの優勝者はかに座の部屋!なんと金額は異例の¥1,064,200!」

 ライトが一斉に点き、会場を黄金に輝かせる。盛大なクラッカー音と共に銀や金のテープが宙を踊る。そして、1つのスクリーンには鮮やかに彩られた優勝の文字と¥1,064,200の文字が、もう1つのスクリーンには今までと同じフォントで第2位と¥709,000の文字が表示され、色とりどりのコメントは光のごとく流れていく。

 「さあさあ!投げろ!投げろ~!」

 配信はおろか、会場の観客までもが紙幣や硬貨を投げていく。そして、ステージに投げられたお金は星になってステージに吸い込まれて消えていく。

 「みんなの想いが届いたよ~!」

 叫ぶように語尾を伸ばす。会場は熱気と歓声で溢れかえる。

 「ここで!今回係わってくれた全ての皆様に!感謝の印として!歌を歌いまぁ~す!」

 観客の高い歓声が冷王のライブと一体感を生み出す。

 「それでは聞いてください!”貴女に捧ぐ詩”。」

 会場は歌に溶け込むように一斉に静まり返る。

 「~♪」

 冷王の歌う、その姿は透明なガラスのようであった。


 「みんな、ありがと~!また明日から普通に配信するから、よろしくね~!」

 冷王はめいっぱいに手を振り続ける。静かに消えるその姿が見えなくなるまで。観客もそれに応えるように手を振り続けた。


 会場は最小限の灯りで観客を出口を導く。この場所にはゴミだけが残っている。スクリーンは既に全ての電源が落とされ、1つずつ撤去されていく。

 嵐の後の静けさ。この場所にはその言葉がとてもお似合いであった。


 「ふぅ~!おわったああああ!今回は大成功だ~!」

 女性は背もたれに寄りかかり悦に浸る。興奮で全身がとろけそうだ。すると、思い出したように身体を起こし、画面に向かう。

 「優勝した子に賞金送っておかないとね♡」

 口座内容の書かれたページを開くと、キーボードで打ち込み始める。

 「えっと、虫賀 解っと。金額は1,064,200円だね。」

 針に糸を通すかのように慎重に、丁寧に金額や振込先を確認していく。

 「送信っと。」

 送金完了の表示が出てくると、頭の後ろで手を組んで背もたれに寄りかかる。

 「よし!面倒ごと終わった~。」

 女性は目を閉じながら、つま先でイスを回転させる。それはゆりかごに揺られる子供のように穏やかな気持ちに。それは生い茂った草原を抜ける風のように心地よい気持ちに。

 ウィーン。

 その快感を、幸福を、壊す音が聞こえる。

 女性はイスを回しながらその音の下に声を届ける。

 「ここは私以外立ち入り禁止ですよ?」

 「分かってる。だから来たんだ。」

 低い声が部屋に響く。女性はその声に反応を示すと、イスの回転を止めて声の聞こえた方に向ける。

 「久しぶりですね、安住さん。」

 女性の視線の先には青を基調した服に防弾ジョッキを着た男が出入口に立っていた。

 「ああ、久しぶりだな、レイ。」

 レイと呼ばれた女性はイスから立ち上がると、安住と呼ばれた男性は銃を構える。

 「安住さん、まだその名前覚えていたんですね。」

 顔は笑っている。しかしその奥には冷たさを感じる。そして、こちらを足元から探るような恐怖感。安住は冷や汗を1つかきながら応える。

 「当たり前じゃないか。だって君はさー。」

 「僕の好きな人だから、ですか?」

 「なっ……。」

 安住は目を大きく見開く。言葉が出ない。レイは構わず話を続ける。

 「いいえ、違いますね。ストーカーさんですね。」

 安住の呼吸が深くなる。触れられていないのに喉元を締め付けられるような苦しさ。

 「私のことを想う度に心が踊り、私のことを見るたびに身体が震える。そして、果てには私に少しでも近づこうとショー配信の短期アルバイトにも参加し始めましたよね。」

 レイの口は止まらない。レイは少しずつ安住に近づく。その様はライオンが捕食するために近づいてくるようなものではない。じわじわと殺す毒のような得体のしれないものだ。

 「そして、ついには私の活動に痺れを切らして警察官ですか?あなたって昔から正義感にあふれていましたもんね。夢を叶えられて幸せですか?私のことを見つけられて幸せですか?どうしてなんにも言わないんですか?もしかして、警察官ともあろうお方がおじけづいたんですか?」

 「だ、黙れ!近寄るな!」

 安住は肩を大きく縦に揺らしながらレイに銃口を向ける。身体のするとレイは笑顔のまま立ち止まる。

 「私を、殺しますか?」

 安住は焦点が定まらない。銃口が左右に揺れる。そして、少しずつ降りていく。

 「殺さないんですか?それとも、殺せないんですか?」

 レイは少し首をかしげる。

 「まだ、私のことが好きなんですか?」

 安住は頭を前に傾けて表情を隠す。そして、弱々しく呟く。

 「そう、だよ。」

 そして、歯を食いしばり、声を大にする。

 「君のこと、簡単に忘れられるわけないじゃないか!……でも、君は!」

 震えた小さい声で呟く。

 「お金のためなら、なんでもするようになってしまった。」

 小型犬が恐怖におびえる。

 「どうして人をそんな簡単に殺せるようになってしまたんだ。君は、どこで間違えてしまったんだ。」

 レイは再び歩き始める。安住は慌てて銃を前に構えなおす。レイは止まるどころか銃口が胸に当たるまで近づく。そして、前かがみになり、顔を近づけて囁く。

 「私、変わってませんよ?昔から、何一つ。」

 レイは顔を遠ざける。取れない仮面が不気味さを際立てる。

 「少し、昔話をしましょうか。」

 

 あれは私が小学生の頃、安住さん、あなたは既に私のことが好きでしたよね?今ならわかります。私に向けられる好意が他の女子よりも多かったですから。そして、中学。小学生から上がりたての子はどこか大人になりたがって私をいじめてましたね。あなたも見ていたでしょ?でも、その時のあなたは小心者で私を守ると冷やかしを受けてしまうのではないか、と怖がっていた。だから、私を助けなかった。

 一度も。

 小学生だった頃はあんなに私の前に立っていたあなたも、結局は自分自身のことを優先してしまうことを知って、私分かったんです。

 どんな人も結局は自分が一番大切だってことに。

 当たり前ですよね?だって生存本能なんですから。

 あなたが助けなかった間、私はずっと耐えていました。来る日も来る日もいじめを受けていた。でも卒業するころにはクラスの人になんて、教師になんて、親になんて期待してませんでしたし、何も考えなくても勝手に気分が晴れてやめてくれますから楽でした。

 次は高校。あなたは私を守れなかった罪の意識からかまたついてきましたよね。同じ学校、選びましたよね。クラスの男子はいつも品定めしてますし、女子も女子で陰口が多いの多いの。

 そして、高校になると一番大きな存在ができました。

 そう、お金です。

 お金があれば欲しいコスメが買えました。お洋服も買えました。綺麗な雑貨に、素敵な漫画も買えました。でも、私の家は貧乏でした。私に賭けられるお金は学費と食費だけ。それだけでも幸せだと、あなたは思いますか?

 私は思わなかったです。周りの子はどんどん綺麗に可愛くなっていくのに私はそうなれない。その疎外感に私はどんどんどんどんどんどん飲み込まれ、

 いつしか身体を売りました。

 すごかったな~。一度相手にするだけで夢のような金額が貰えました。当然、欲しいものが増えれば売る回数も増えました。でも、私は楽しかったですよ?黒い部分を隠せば、なりたい自分にいつでもなれる。素敵なことじゃありません?

 私は学校に行かずに身を売るようになりました。そして、次の相手をひっかける時に、もっと手早く大金を得られる方法を道端で見つけたんです。

 それが今の配信です。

 私はレオという新しい名前と新しい体を手に入れて、画面の向こうの人の幸せと引き換えにお金を貰えるようになりました。身を売るより簡単で時間もかからなかった。みんなが私を見てくれて、私は虚無な時間が無くなった。素晴らしいことじゃありませんか!

 その後はあなたもご存じの通り、この殺人ショーをやらせと勘違いした人たちが、私にコメントを拾ってもらえるように次々とお金を投げるようになった。私に構ってほしくて次々とお金を投げた。

 ああ~、なんて素敵なの。こんなにも世界が素晴らしいことを知れてよかった。

 だから、私は月一でこの企画を行うんです。

 そのためなら私はたくさんの光の当たらない一般人を巻き込みます。彼女らも注目されて、私はお金を貰える。win-winじゃありません?

 そういえばあなたは死体処理班のアルバイトしてましたよね?私、人の顔と名前覚えるのだけは得意なんです。だから、今まで辞めていったアルバイト含め、私に係わった人はみんな覚えてますよ。もちろん、私のために死んでくれた人も。

 話を戻しましょう。あなたが死体処理班だったなら、ダービーに賭けられる子たちの変遷、分かりますよね?視聴者ってほんっとうに分かりやすいですよね。特に男性は。

 女の子が目の前で死んでいくのにお金投げるんですもの。私の可愛さにお金を投げてくれるんですもの。対象が可愛い清楚な女の子であればあるほど投げられる金額は大きくなる。だから、今回は腕によりをかけて選んだんです。その結果がこれですよ!もう、この身が溶けるようなあま~い気持ちでいっぱいです。

 ……安住さん、私は死ぬまで辞めませんよ?どうしますか?今すぐ捕まえますか?今すぐ撃ち殺しますか?ねぇ、安住さん。


 安住は銃口をレイの胸元にあてたまま大きく震える。正気の沙汰じゃない。自分への、周りへの恨みとも思える鋭い想いと、持っていなかったものへの粘つくような執着心。

 そんな人がこの世に居ていいのか。

 「君は、もう、この世にいちゃいけないよ。」

 レイは笑ったまま答える。

 「どうしてですか?あなたも共犯者ですよね?それに、私のアルバイトは時給が高いですから、ショー配信目当てに参加してくれる人もいます。その人たちをどう救うんですか?正義で救われる人もいますが、そうじゃない人もまた、多くいますよ。」

 安住は顔を背ける。レイは安住に背を向ける。レイの毒は少しずつ濃度を増していく。

 「私のショーに出る11人は毎回1か月後に無名で報道されます。それはまあ、私が根回ししてるからなんですけど。その報道を見るたびにネットが荒れるのを見て思うんです。

 あなたのその言葉は本当に偽りじゃないんですか?

 って。だってそうでしょう?自分たちで見殺しにした子たちですよ?いじめはいじめを見て見ぬふりにしている人たちも悪いんでしたよね?それが正義なら、あなたが裁かなくてはいけない人は山ほどいますよね。」

 レイはイスまで歩き、そして足を組みながらイスに腰を下ろす。まるで玉座だ。この国を見下す王の座。

 「話は終わりですか?安住さん。」

 レイはイスを半回転させ、モニター側に向ける。

 「それなら、もう帰ってください。」

 そう安住に吐き捨てる。

 プルルルルルルルル。

 毒の蔓延した重い部屋に軽快な音が鳴り響く。レイはマイク付きヘッドホンを被り、緑色のボタンを押す。

 「もしもし~。宍戸です。お世話になっております。はい。はい。あ、そうなんですね。お疲れ様です。今回はご協力いただきありがとうございます。それでは失礼いたします。」

 レイはヘッドホンを取ると、大きく息を吸い、大きな独り言を呟く。

 「今回、優勝した女の子、亡くなったみたいですよ。」

 すると、金属が床に落ちる音が鳴る。それと同時にカタカタという軽快な音が鳴り響く。

 安住は歯を食いしばり、声を絞り出す。

 「人が、死んだのに、どうして、そんなに軽々しく言えるんだ?」

 イスの横から開いた口がぼんやりと映る。

 「まだ、いたんですか。」

 レイは溜息をつく。嫌気のこもったナイフのような溜息。すると、8つのモニターに呟きSNSの画面が表示される。それらは全て様々な検索の結果であった。

 「これ、今回のショー配信の視聴者の感想ですよ。見てください。こっちは2位の子。刑務所でぼこぼこにされてましたよね。でも、あの子、本当は捨てられた子なんですよ。そして生きるために万引きを繰り返したんです。そんなことも知らずに『犯罪者は許されるべきではない』とか『やっぱリョナは幼女に限る』とか。こっちは11位の子です。誰とも気兼ねなく話せる普通のOLさんです。会社でも信頼がないわけではありません。むしろ信頼のおける方でした。それなのに『みずがめ座、信頼無さすぎwww』とか、『諦め早すぎで草』とか。言いたい放題ですよね。」

 さすがの安住もこれには耐えられなかった。

 「それは、君がそういう風に検索したからだろ!」

 それを聞くとレイの口角が上がる。

 「……そう、ですね。でも、この言葉たちは嘘ではないんですよ?むしろこっちの方が目に付きやすくありません?」

 レイはモニターから離れて背もたれに寄りかかる。

 「人って面白いですよね。死ななきゃその人が分からない。なにをされたか、事の重要さも分からない。そのくせ、記事を読んだだけでその子の全てを分かったかのような口ぶりで『俺だったら助けられたのに』とか。『私だったら子供の命を優先する』とか。本当にできるんですか?今だってウイルスの影響で実名報道されないが死亡者が何百人といるのに、誰も悲しんでいませんよね。本当は自分に係わる人以外、人として見てないんですよ。通り過ぎる人へ想いを抱きますか?遠くの国の苦しむ子供へ想いを馳せますか?今にも死にたい人へ想いを寄せますか?抱きませんよね?なんなら、そういうことをする人たちに嫌悪感すら抱きますよね?それって、自分勝手だと思いませんか?本当に皆を救えるのですか?どうして声だけ大きくて、なにもできないんですか?声を上げれば誰かがやってくれると、本気で思ってるんですか?誰も、何もしてくれませんよね。」

 レイは立ち上がる。そして、安住に振り返る。安住はそれが満面の笑みだと、見ただけで分かった。これが本心なのだと心の底から感じた。

 「だから、私の配信は身勝手な私たちへ向けた警鐘であり、余興でもあるんです。愛だと言って汚い想いを押し付ける。優しさだと言って弱みに漬け込む。自分の信じたことから外れると怒る。好きな人ができたと言ったら悲しむ。人それぞれ好きなように生きてほしいと言う割には自分のことを見てくれなくなることを恐れる。人はありふれた死をすぐ忘れる。人身事故を迷惑だと言い捨てる。私はあまりにも身勝手だと思うんですけど、あなたはどう思いますか?安住さん。」

 レイはいつのまにか安住の前に立ち、安住に銃口を向けている。安住はレイの笑顔に恐怖を感じながらも、必死に抵抗する。

 「僕は、それでも、人々を、守るんだ!」

 安住は向けられた腕の横にまわり、その腕を退くと、足をかけてレイの態勢を崩し、手で支えながら床に押し倒す。安住は息を切らすが、レイは頬を赤らめ微笑みを向ける。

 「ちゃんと、警察官になれたんですね。」

 安住は好きな子の妖しい笑顔を前に一瞬胸が高まる。

 ピッ!

 機械音と共に部屋が爆発する。レイはその隙をついて出入り口から出ていく。安住は精一杯腕を伸ばすも掴んだのは熱気のみ。遠くなる背中を見つめることしかできなかった。


 その後、彼女を見たものはいない。

 SNSと配信サービスのアカウントが消されており、SNSでは引退配信を望む者の声が目に余るほど拡散された。また、動画配信サービスでは様々な引退考察の動画が瞬く間にアップされた。

 僕は後を追うために最近アルバイトに参加した子たちを事情聴取した。僕が面接を受けた時はレオの姿だった。そしてその面接の方式は変わっていなかったようだ。

 「手がかりなし、か。」

 青空を仰ぎ、深く息を吐く。空に消える息が自分の無力さを示しているように感じた。

 死にゆく人にお金を賭けて競う、通称殺人ダービー。 

 その開催主である彼女は今、どこでなにをしているのだろう。

 きっとこの世界のどこかで懺悔することなく、なに不自由のない中で生きているに違いない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 恐ろしいお話でした。 妙にリアリティーがあるところが特に。
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