第1戒 深く沈む
三瓶 水
年齢 27歳 職業 OL
プロフィール
某水道会社勤めのOL。大の水族館好きで1番好きな海中生物はヒトデ。
人当たりの良い性格で、誰に対しても好感を持って接することができる。
備考
今週末に水族館へ行く予定有り。
順位 11位(¥503,000)
死因 洪水による溺死
私は三瓶 水。都会の某水道会社に努めているOLです。趣味は水族館巡りで、休日はよく距離問わずに行きたい水族館に出かけています。
「三瓶さん、電話繋ぐから対応お願いね~。」
「はい、分かりました。」
このように電話対応が基本な私です。文句を言われたら落ち込みますし、丁寧に対応していただいたら嬉しくなる、そんな普通の人です。
三瓶は椅子の上で背伸びをした後にデスクの上にあるヒトデ型の置時計で時間を確認する。
短い針は5の数字を指している。
三瓶はそれを見て身の回りを整頓し始める。
(これでよしっと。)
必要な書類を鞄に入れ終えると、入れ忘れがないかを確認する。その後、デスクの上を小さなほうきで綺麗にする。そして、指さしチェックをした後に立ち上がる。
「お先に―。」
言い終える前に異変に気付く。社内を見渡すと、既に自分以外の社員の姿が見えなくなっていた。
(ちょっと不気味だけど、みんな先に帰ったのかな?挨拶なしに帰るような人たちじゃないんだけどな~。)
電気のついたままの社内を出入り口まで歩き、ふ~っと大きく息を吐き、ドアノブを強く握りる。そして、ドアノブを回しながら体重を乗せて扉を開ける。
すると、どうしたことだろう。三瓶の身体が扉にぶつかる。
三瓶はパニックになりドアノブを何度も回しながら身体を扉に押し付ける。扉は容赦なくガタガタという音が鳴るだけで開く気配はない。
(もしかして、閉じ込められちゃった……?)
三瓶の顔は血の気が引いていき、身体に力が入らなくなり、その場に座り込む。
不幸にもこの建物には警備員はいない。そして、この建物の扉の反対側には流れの急な川が流れている。つまり、扉や壁を壊す以外では出ることができないということだ。もちろん三瓶にはそんなことができる力はないため、結果的にこの部屋で1日過ごす以外、助かる道は残されていない。
三瓶は外から小さく聞こえる音に音に耳を澄ます。ぽつぽつと窓を叩く音。
これは、雨だ。
三瓶は身体を支えながらゆっくりと立ち上がり、川の見える窓へ向かって一歩、また一歩と社員のデスクに手をつきながら歩いていく。自分が窓に近づくたびに雨音が大きくなっているのを感じた。そして、窓にたどり着いた時には既にまるで台風が直撃したような豪雨と化していた。
三瓶は冷たい窓に手をあてながら川の様子を見つめる。
(こんな豪雨、初めて。川の水もすごい勢いで増えてる。)
見つめている川の水のように不安が募る。そして、この部屋が浸水していく様子を想像し、直観で感じる。
私、このままだと死んじゃう。
そう思うと再び足元がおぼつかなくなり、その場に座りこむ。自身の死を目前にして動悸が早まる。呼吸が乱れる。
(ここから逃げなきゃ。逃げないと死んじゃう!)
手が震えだす。
三瓶はパニック状態になり、冷静に対処法を模索することもできない。そして、そんな時、緊張の途切れる音が鳴り響く。
ぐうぅぅぅ。
三瓶は唖然とする。自身の身体から聞こえたその音は一瞬で思考を切り替えた。そして、音のなった部分を優しく撫でながら呟く。
「おなか、空いた。」
人間どんな時でも空腹は訪れる。三瓶にはそれが今だったのだ。
三瓶の思考は食べ物を求める思考に切り替わると、すぐさま立ち上がり、食べ物がありそうな場所を目指して歩き出す。
(まずは給湯室の棚と冷蔵庫。緊急時だから、避難できたら後でちゃんと食べた分は返そう。)
三瓶は給湯室に着くと、ガスコンロの下の収納スペースの扉を開ける。すると一瞬目に映ったものを疑った。そこにはまさにこの時のためにあったと思われる程の量のカップ麺がこれでもかと言うほど敷き詰められていた。
(こんなにいっぱい。しかも、醤油、シーフード、カレーって3種類もあるなんて。)
三瓶はシーフード味とカレー味のカップ麺を取り出し、悩み始める。
どちらを最初に食べようか。
緊急事態ではあるが、これは大事なことだ。
三瓶は手に取った2つを何度も見比べながら悩む。雨音など気にしている暇もない。
目を閉じ、悩みぬいた末に選んだものは、カレー味だった。そして、
(シーフード味はおいしいけど、今はカレーの気分、かな。)
と目をつむりながらシーフード味のカップ麵を収納スペースに戻す。その後、立ち上がり、ガスコンロの隣にある電気ケトルを見つめる。
(水道はちょっと怖いから、冷蔵庫探しに行こう。)
給湯室を出ると、係長の横にある冷蔵庫へ向かう。三瓶は冷蔵庫の目の前に立つと、目を強く瞑り、
(係長、失礼します!)
と強く念じ、勢いよく目を開く。そして、そっと冷蔵庫の縁に手をかけ、扉を開ける。すると、こちらも冷蔵庫めいっぱいに2Lのペットボトル水が敷き詰められていた。
三瓶はそれを見て驚くことはなく、むしろ納得とドン引きした様子だった。
(水、こんなに溜めこんでたんだ。……係長、いつもいっぱい水飲んでるし、補給も欠かさないからな~。それにしても、心配性にも程があるでしょ。)
顔をひきつらせつつペットボトルを1本取り出し、扉を閉める。その後、立ち上がり電灯を見て電気がまだ通っていることを確認すると、給湯室に戻る。
電気ケトルに水を0.5L入れ、スイッチを入れる。お湯ができるまでに携帯を開き、先にタイマーで3分計る用意をすると、その時に気付く。
(救助の電話した方がいいかも。)
急いで仲のいい同僚に電話をかける。発信音が無駄に長く聞こえる。そして、ガチャっとした音が聞こえると、
「あの!三瓶なんだけど―。」
「あ、三瓶さん!ごめん!私、今彼とのデートで忙しいの!また今度、電話しよ?」
プッと言う音と共に携帯を持つ手が重力に沿って落ちていく。電気ケトルがお湯を沸かす音が嫌になるくらい耳に障る。
カチッと言う音と共に沸騰する音が静まっていく。あれから気の合わない同僚、係長など手あたり次第に電話をかけるも、皆ゲームで忙しかったり、既に寝ていたり、果てには私の話が作り話のだと信じて疑わなかった。最後の頼み綱である110番に電話をかけてみるも、交通渋滞で到着までに気の遠くなるような時間かかってしまうようだ。
三瓶はカップ麺にお湯を注いでから3分待つ間にドアノブを壊せるような鈍器を探し回る。しかし、どこにもそれらしきものは見つからない。工具の1つも見つからない。
明らかにおかしい。この異常な状況に冷や汗が止まらない。雨による気温の低下により、寒気を感じ始める。
携帯のタイマーが3分経過したことを告げると、三瓶はすぐさま給湯室に駆け込む。引き出しから社員がコンビニ買いで溜めていた割り箸を取り、口の中にカップ麺をすする。ラーメンのスープが服に飛び散るも気にしていられない。ここから出て生き延びる。今はそれと空腹を満たすことだけを考える。
三瓶は麺を全て食べきり、スープも飲み干す。温かいものを食べたことにより、体も火照る。ポケットティッシュで口元を拭きとると、
「これなら、まだ頑張れる。」
と呟き、ごみを全てゴミ箱に入れ、仮に浸水した際に溢れださないように袋をしっかり締める。その後再び社内を歩き回る。しかし、これといって使えそうなものは目につかない。
三瓶は固唾を飲んで給湯室に入る。すると、口の開いた2Lペットボトルが目に入る。すると、電撃が走ったような感覚を覚え、急いで冷蔵庫の前に向かう。そして、扉を開ける。
冷蔵庫の中にあるものを確認すると、口をつぐんで2本手に取る。それを養生テープでくっつけた後に、それを持ち上げて出入り口の扉の前に立つ。ドアノブの上までそれを持ち上げ、勢いよく振り下ろす。激しい振動が伝わる。三瓶はただ必死に振り下ろす。すると、ドアノブが大きな音を立てて床に落ちる。
三瓶は床に、養生テープで巻かれた2本のペットボトルを置く。すると、歓喜の声が漏れる。
「はぁ、はぁ、やっと、はぁ、取れた。」
扉に体重を乗せる。するとどうしたことだろうドアノブのない扉は壁のようにピクリとも動かない。力強く押してみるも全く動かない。
それは希望が絶望に変わる瞬間だった。
足元に冷たさを感じ、後ろを振り向く。気付いたころには濁った水は既にくるぶしまで上がってきており、心臓が締め付けられるような気持ちに襲われる。思うように呼吸が続かず、両手を胸の中心で強く握りしめる。自然と涙が頬を伝う。視線が足元から離れない。
(私、ほんとに死んじゃうんだ。)
が足元から姿勢崩れていく。水しぶきが上がり、全身が泥にまみれる。しばらく死んだような目で水位が上がっていくのを見つめ続ける。
ふと、顔を少し上げると、窓の外は既に黒に染まっていた。そして、叩きつけるような雨が降り続いていたことも今気づいた。
三瓶はまた視線を落とし、突然ふふっと乾いた笑いがこみあげ、心の声が漏れる。
「私の人生、なんだかあっけないな~。」
そして、天井を見上げ祈るように呟く。
「最期くらい、水族館に行きたかったなぁ。」