仲間になった兵士は狂ってるわ、王族は殺し合ってるわ
塔の上から兵士見てたら変な音がするな?
とそっち向いたら、全身真っ赤な男達が奇声をあげて突撃してきました。
なんだあれ?
と見ている間に赤い軍団が大清軍を蹴散らしてしまいました。
なんか一人だけこっちに来てるみたいなんで慌てて降りて会いました。
結果、ヤン様気絶。
なんで? 声がデカいから。
「あ、あのですね。あんまり、そんな大きな声を出さないでもらえますか……?」
「申し訳ありません!!!!!」
謝罪の声までデカい。
ヤン様が白眼剥いてる。
多分あの戦争見ちゃったからだろうなぁ。
遠くからでも迫力満点でしたし。
「とりあえず中にお入りください。私達には味方してくださるというならば歓迎しますので」
現状の私達は、もう手の施しようもない危機にいたのだ。
近くの大都市リョウンは完全に音信不通。
使者を出したところ
「……リョウンのあった場所が、完全に無くなっているのです……燃えかすが多く、また虎が跋扈しており、慌てて帰ってきました。通り道の集落も全て無くなっており……」
というわけで、なにが起こったからは分からないものの、リョウンからの援軍とかはなし。
リョウンの近くにある都市、ジュウレンに使者を出したが、こちらはちゃんと住んでいるものの「男は全員連れ去られました」とのことで。
援軍どころか男性がいない。
他の都市、と言っても今いるショウサはこの辺りでは、リョウン、ジュウレンに次ぐ都市(なのかな、この動物園)なのだ。
要は近くには無いのです。
遠くは現在戦争中。
私達はショウサにいる正規兵1000と、デッカい猫ちゃん300匹が全兵力。
敵の数は分からない。
でもミィンジャオ国は「100万の兵士」と言っていたわけですよ。そこが敗れたわけで。
ショウサに攻め込んだ兵達は数えては無いが、1万どころではない。
多分その10倍はいた。
十万 vs 一千
いくら森に囲まれた天然の要塞と言っても冗談にもならない。
だから味方してくれるなら大歓迎。
なのだが。
「……あの。大西の、敗残兵と仰っておりましたが……」
とりあえずダオと領主さん招いて四人で話し合い。
ヤン様は別室に養生。
「お答えします。我が大西は、主君ハイセンを長兄とし、義兄弟の絆で勢力を拡大して参りました。そして順と別れ、我々は平穏だったリョウンに移動。当時のリョウンは平穏とは申すものの、重い税金と恣意的な政治に完全に疲弊しており、我々の登場を歓迎しました。当初は」
今回はちゃんと小声で喋ってくれる。
それでもデカいんですけどね。
「しかし、長兄ハイセンの政治は上手くいきません。理由は順との仲違いです。順は領土を拡大出来ず停滞しておりました。それに対して我々大西はあっさりとリョウン地方を占拠。元々不仲になった上に順に対して傲慢になった長兄に、順は食糧封鎖、つまり貿易停止をします。これによりリョウンから食糧を奪う以外に食うことが出来なくなった。」
ミィンジャオ国もそうだけど、なんで危機の時に仲間割れするんだろう?
「これによりリョウン地方は反乱が起こります。これを血の粛清で黙らせました。ここからです。長兄がおかしくなったのは」
その人は、淡々と喋る。
「元々はそんなに狂っていたわけではない。穏やかな人でした。ですが一度血の粛清をすると歯止めが効かなくなった。刃向かえば殺す。逆らえば殺す。それは、気に入らなければ殺す。となった。そして、殺して、殺して、殺し続けている時に、満賊が来たのです」
「……そして、満賊に敗れた?」
「いえ。勝てませんでしたが敗れてはいない。相手は一度戦い、その後は城に籠もりました。難攻不落の城で、城攻めの経験のない我等では抜くのは不可能。ですが、相手から攻め込みもしません。そして破綻が来た。殺して、殺して、殺し続けて、我等はリョウンから全てのものを破壊し尽くして、移動しました。満賊はその後リョウンに入りましたが、食糧も人もなにもない荒野に食糧が無くなり撤退しました」
信じられないような、滅茶苦茶な話。
「そして、長兄ハイセンは殺し尽くすものがなくなり自らを殺しました。狂った果てに自らを殺した。そしてその残った兵は、大西の三柱と呼ばれた我々が率いることになった。それがわたくし、リジンジョウ。そしてソンケワン、ウェインの三名です。我等に率いられた兵15000は主君を求めています。この愚かで、戦うことしか出来ない軍隊。罪滅ぼしにもなりません。ですが、散る時には誰かの為に死にたい。この破壊しか出来ない化物達に、正しい道を教えてあげたいのです」
なんだろう。なんというか。
「……あ、あのですね? 私達はとにかくまずは身を守り。出来れば捕らえられた王族の皆様を助け出したいわけなのですが……」
そんな殺すもの無くなったんで身内も殺しちゃいました! みたいな人達と一緒に生活しましょう! と言われましても。敵より怖いじゃないですか
「はい。長い話になりました。要点を話します。まず我々はどうしようもない連中です。仲良く一緒に住むなど不可能です。ですので、ヤン様に襲いかかる敵を事前に攻めるなどをしたいと思います。要は我々は味方です。指令を頂ければ勝手に戦ってきます。我等に必要なのは旗印なのです。そして幸いなことに敵ならばいくらでもいる」
まあ、確かに。
四方敵だらけですね。いつの間にか。
「他の連中は挨拶も出来ないことをお詫び申し上げます。ですが、率直に申し上げたように、我等は狂っております。ヤン様とお会いするのはわたくしだけにします。ですがこれだけは。我々は、我々のために戦いますが、心はヤン様の為に捧げます。それだけをお伝えします」
大西軍の三柱の一人、リジンジョウさんは私達に伝えたとおりにすぐに近くにいた満賊に襲い掛かった。
今私達だが、無人の荒野と化したリョウン市近辺のリョウン地方。そして男達がみな連れ去られたジュウレン。そして今いるショウサ。
このあたりの広大な範囲を掌握出来るようになっていた。
まあ人は殆ど住んでません。リョウン地方は虎、虎、虎。ショウサには牙の鋭いデッカい猫。
兵士は実質大西軍の敗残兵しかいない。
でもこの敗残兵の皆様異常に強く、近寄る満賊軍を片っ端から撃退していた。
おかげで、少しずつ人が流れてくるようになった。
私が婚約破棄され、王宮から追い出されてからちょうど一年。
このショウサ市に来てから9ヶ月経ったころ。
「シャオ♪」
ヤン様は物凄い私に懐いてくれる。
まだ10歳。王宮から命からがら逃げ出し、こんな秘境にまで来た。
そこで会えた兄の元婚約者という顔見知りという私には必要以上に心を許してる気がする。
なにしろ
「ねえねえ、シャオ。今日は一緒にねよう?」
これです。
いや、懐いてくれるのは嬉しいのですが
「……ヤン様。私は破棄されたとはいえレン様の元婚約者でしたし、今は一人の生娘です。未婚の状態で他の男性と一緒に寝るわけにはいきません」
この場合の「寝る」は本当に「添い寝」である。
一回「怖くて眠れない」と言って、抱き枕代わりに私を抱いて寝たことがあったのだ。
それ以来毎日のようにこのお誘い。
まあ心細いし、人の温もりに飢えてるんだと思う。
あとはねぇ。ショウサの人達はみんな良い人達なのだが、食文化がですね。
ちょっと特殊でして。虫食うんですよ。
森に住んでる虫。
それでヤン様はドン引きして、街の女の子達とは話そうともしない。
それはともかく、頭の痛い話が来ていた。
ヤン様に関わる話。
これをお伝えしないといけない。
「ヤン様、我々はこの南西地方から賊を追い払いました。これによって他の王族の勢力と合流出来るところにまで来たのですが……」
他の王族。
今の勢力を整理する。
まずは満賊。こちらは「大清」と名乗っている。
ミィンジャオ国を滅ぼした順賊をやっつけて、元ミィンジャオ国の北半分、そして物産豊かな南東部まで支配を固めた。
続いてこれに対抗する勢力。
元ミィンジャオ国の勢力は3つに分かれている。
まずは元々は北部中央部にいた王族アレン様。
こちらは負けて負けて負け続けて、今は南部の一番海側まで逃げていた。
軍としては純粋な元ミィンジャオ国の軍勢で、家柄ももっともいい。
王位継承権も11位だった。
次は元々南東部にいた王族コウル様。
こちらは元々南部にいたミィンジャオ国の正規兵だけではなく順賊の残兵も取り込み、なんとか抵抗を続けていた。
最初は南東部を守ろうとしたがあっさりと敗北。今はアレン様の近く、南部中央部で戦っている。
次、ヤン様。
こちらはお供含めて5人で逃げてきた。
元々の戦力は0である。
それがショウサを中心とした南西の兵(と言っても1000ぐらい)と、リョウン地方で大暴れした大西軍の敗残兵(15000)を合わせ、南西地方を掌握できるぐらいにはなっていた。
そして問題なのがガリレア様。
3つの勢力と言ったように、この人は勢力ではない。殺されたからである。
殺したのはコウル様。
アレン様とコウル様とガリレア様の三人は、王位継承権をめぐって殺し合っていたのである。
ミィンジャオ国が負けに負け続けた理由はこれ。
敵と戦う前に味方同士で殺し合ってるから。
そんな王族達と勢力がぶつかるようになった。
向こうがどんどん南東から南西に逃げていて、こっちは南西の占拠エリアが広がっているからだ。
そうなるとどうなるか。
「他の王族とどう接するか、という話がありまして……」
領主さんは一生懸命情報集めてくれているのだが、他の二王はこちらを攻める気満々らしい。
なんで? というとだ。豊かだからだ。
ショウサも森の中のワンダーランドな土地だが、作物豊かで飢えとは無縁。またここから更に南西の異民族と交流があり金と食糧は潤沢にある。
そして大西軍。
リョウン地方を滅ぼしたが、その際備蓄食糧や黄金財宝を軒並み持ってきていたのだ。
それをこちらに提出してくれた。
その結果「食糧はあるし、金はあるし、平和だし」で人がなだれ込んできている。という現状。
その噂を聞きつけて二王が狙ってる。
大西軍には「満賊を倒せ」と伝えてはいるが、二王のことは指示してない。
どうするべきか?
ヤン様は少し悩まれると
「……そもそも僕は王位継承権すらない。王位の争いなんてなんの興味もない。それよりも兄様達が心配。助け出しにいきたいよ、シャオ」
ヤン様……
「そうですよね! 勝手に仲間割れして大騒ぎしてる馬鹿共なんて相手にせず! レン様とピヨ達を救いに行きましょう!!!」
そう。こんな連中に関わるだけ無駄。
この期に及んで仲間割れしてる王族なんて、王の資格なんてない。
「領土なんて、財宝なんてどうでもいい。兄様を救いにいこう? あの赤い人達は強いんでしょう?」
そう。兵士の数が少なくて占領は無理。
でも蹂躙ならば出来る。
レン様達が捕らえられたところに攻めいって救出までなら出来る。
「ヤン様! 必ずやこのシャオと! 兵が! お兄様達を救い出しますわ!」
今日はここまでです