古き者達
「母様の血? それで一体なにを?」
「宗教、文化というものは信じていない者達から見れば奇妙なものです。明らかに理由は違うはずなのに、教義の通りに物が進めば理由の如何問わず信じられる。私は元々女神信仰には懐疑的でしたが、今では考えを改めています。恐らく儀式は発動する。教義の通り大地は鳴動しましょう。ですが、教義にある母の血により女神は降臨する。しかし、その余波で大地は鳴動すると言っても別の理由で大地は揺れるかもしれません。そもそもこの南西の地、リョウン地方はよく大地が揺れるのです。ですが、信じた者から見れば結果こそが全て……」
ダオがそこまで言った段階で
『ズガァァァアアアンンンッッ!!!』
「な!?」
「ほ、本当に!?」
大地が揺れる。
ショウサに来て初めての振動。
「レン様!? この振動はまずい!!!」
ピヨが飛び出す。
でも揺れているせいで思うように足が前に出ない。
私は既に地面に手をついて走るどころではない。
「ピヨ!!! この振動は続かない! 今立とうとしないで、いつでも走れるようにしなさい!!!」
叫ぶ。
「レン様のお部屋が潰れたら! 自力では脱出出来ない!!」
ピヨはそれでも足掻く。
後ろから
「……恐ろしい……宗教など信じてはいなかった。女神信仰など、旦那様から聞いた時は思わず笑ってしまった。ですが信仰は正しかった。このタイミングで、レン様の部屋の補強をしている最中に鳴動が起こる……」
ダオの声。
その声に青ざめる。
そうだ。レン様のお部屋。
動物が突撃してきて、壁に穴が空いていたので丁度補強していた最中。
ショウサの街ではよくある事なので気にもしてなかったが
「ピヨ!!! 走るよ!!!」
揺れる。大地が揺れる。
めっちゃ走りにくい。
「いつまで続くのよ!!! これ!!!」
街も大騒ぎ。
というか動物達が暴れてる。
家はそこまで潰れてはいないようだ。
なにしろ動物が当たり前のように突撃してくる。
家はどこも頑丈にしてあった。
だからレン様の家も頑丈であってほしい。
そう願っていたが
「レン様!!!」
ピヨの絶叫。
家が、崩れている。
「レン様!」
私も絶叫。振動は収まりつつある。二人で家に駆けつけるが
「シャオ!!!」
そこにはヤン様と
「後継を正式に決めずに倒れられても困るからな」
コウルがいた。
レン様は女官3人に抱えられている。
「……部屋は崩れたが3人が身を呈して庇ってくれたのだ。そしてコウルとヤンが助け出してくれた……」
ヤン様はともかく、コウルが意外すぎる。
って、そうか。現状はアレンよりも継承権が下だから、点数稼いで上に行こうとしたのか……
うむ。なんてあざとい。
でも、幼いヤン様だけでは救えなかった。この件に関してはナイスとしか言いようがない。
「レン様。今回の件はコウル様が来なければ間に合わなかったかも知れません……是非今後のご考慮を……」
私の言葉を聞いてニッコニッコしてるコウル。
わざわざ進言したのは
「……コウル様は単純ですから……」レン様に小声で耳打ち。
「……そうだな。今回の事、そのままという事にはせぬ」
「そうか! いや、現王は話が早いな!」
愉快そうに笑って去るコウル。
しかし
「……アレンとコウルをショウサに残して無かったら……」
間に合わなかったかも知れない。
本当にギリギリだった。
「シャオ。レン様の体調はよくない。早く次の部屋を決めないと……」
心配そうに言うピヨ。
うむ。
「というか、次の部屋と言いましてもね」
空き家などない。
なのでここしかない。
私とヤン様がいる家である。
「とりあえず手狭ですが、ここにおりましょう」
全部で7人。家は元々広いわけなのだが、それにしたって多すぎである。
「どちらにせよご相談すべきことがあります」
私はダオも呼び寄せ聞いた話を伝える。
「……リジンジョウは?」
レン様。そう、母の血を持ってこちらに向かってるそうなのだが
「儀式は発動しました。そうなればわざわざこちらに来る必要はない。戻っていらっしゃるのでは?」
なにそれ。
「女神信仰の話は分かった。それでだ。具体的にはどうなるのが女神信仰の結末なのだ? ヤンの即位か?」
レン様の問いかけに
「女神は降臨し、世界に平和が訪れる。これが基本です。しかしこの場合の女神とは破壊の女神。現状は滅び、『古き者』が蘇る」
『古き者』? それは初めて聞いた。
「この『古き者』の解釈は分かれます。私やリジンジョウ殿は『ミィンジャオの古い血』と解釈している。つまり初代の血。それがヤン様であり、シャオ様です。しかしトハンの民は違う。女神降臨の結果もたらされる『古い血』の復活とは、自らのことを指しています。つまり、かつてこの大陸の半分を支配したトハンの先祖、『涼』の復活です。もしそれが主流となるならば、ヤン様も排除されましょう。女神復活に伴いどちらの派閥が勝つか。そして我が主、ライディラ様が人生の最後に打たれた博打がこれなのです」
「待て!? 涼の復活!? 1000年前の王朝だぞ!?」
私、涼という王朝自体よく知りません。
ヤン様もキョトンとしている。
「それが好都合なのです。1000年前の王朝の血ですからなんとでも言える。たまたまシャオ様はミィンジャオ初代の血を引いていた。それは西軍やリョウンにいる信者達にはすぐに受け入れられた。次がトハンにいる民族に対してです。ライディラ様はこう吹き込んだ。私の一族は涼の王族の血を引いていると。200年前なら証明を求められますが、1000年前は不可能です。またトハンの民族は純粋。ライディラ様が蕩々としゃべる涼の伝説を聞き信じ込んだのです。これによりトハンは完全に従った。後はこのミィンジャオ派か涼派か? の話です」
「……その決着は、どうなるの? どうなればミィンジャオ派が勝つの?」
私の問いかけに
「それは。どちらがより教義に忠実な結果を出したかです。現状はどちらも教義の通りではありません。涼派はそもそもまだ国土に進出していません。ミィンジャオ派はまだレン様が王になっています……初代の血は帰っていません」
それに頷くレン様。
「よし分かった。どちらにせよ俺の治世は長くない。ヤンに正式に譲ろう。そして今回の件を見てコウルが後継二位だ。すぐに公知しろ」
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リジンジョウはザンリの元に戻ってきた。
「おかえりーっす」
「俺が着く前に儀式は発動した。すぐ戻れて僥倖だ」
「んで? 大地は鳴動し女神は降臨しました。王族は皆殺しにしました。それでどうなるっす?」
「これで終わりだ。戦いは終わり。後はレンが王位を退けばヤンに王都を取り返す気概はない。今の領土で確定だ。ショウサに残っているダオが今頃殺すか説得している。我等は女神の遣いとして歴史に名を残すのだ。血塗られた、呪いの軍団は。この戦で女神に祝福された神の軍団となる」
リジンジョウは、涙を流しながら天を見上げていた。