ヤンの決断
ミィンジャオ国の残党は一度崩壊状態になったが、南西に逃げた王族のヤンが、西賊の手を借り兄を取り返し、一気に他の王族の勢力を取り込んだ。
その勢いは最初は懐疑的に見られていたが、南方を一気に解放。そして大河を挟んだバレル占拠までくると北方で捕らわれた王族や重臣はどうにか南軍に連絡をとろうとしていた。
自身の解放もそうだが、王朝の行く末。
レンは脚が破壊され、体調が優れず王としての執務が難しい
弟のヤンはまだ幼い。
今の南方の体制がそのまま復興した王朝で採用されることはない。
であれば、今のうちに手を打っておこう、という思惑。
そんな中、王族ではなくあくまで臣下のため警戒が緩かった重臣の一人、オウコモラが監禁先から脱出に成功。
南軍に逃げ込んできた。
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「……このオウコモラ、王を守ることも出来ず、ただただこの無能さを世に晒し生き延びて参りました。毎日、毎日、北国での辛い生活ではありましたが、それ以上に己の罪に身が苛まれておりました。そんな日々の中、レン様が南にて王朝を再興されているとお聞きし、この老身。ただその姿を目に残すべく、駆けつけて参りました!」
話が長い。
お爺ちゃん。その話はさっきしたでしょ?
みたいな。
なにしろずっとこんなことを延々と言っているのだ。
私だってオウコモラさんは知ってる。
お父様、もとい父ちゃんと仲の良い人だったのだが。
「オウコモラ。よく来てくれた。心の底から歓迎する。今は緊急事態だ。身体が不自由な私と、まだ幼いヤンの二人で内政を見るのは限界だ」
「レン様! そのご期待はこの身には過剰ですが! この老身、燃え尽きるまで尽くして参ります!」
気合い十分。
なにしろうちに内政やる人いなかったのである。各街の領主に任せっきり。よく回ってたよね。
「今までの内政はシャオが見ていた。シャオと相談しろ」
はい?
「よくこれで回っておりましたな」
「私もそう思います」
何故か私が内政の面倒見てた事になりました。
もちろんそんなもの見てもないので、聞かれても答えられません。
オウコモラさんは少し怪訝な顔をしながら
「……しかし、本当に不思議です。なぜこの体制で軍が言いなりになり、内政に混乱が無かったのですか……?」
軍は聞きました。私のお父ちゃんがとち狂ったことを言ったからです。
まあ口には出しませんけど。
内政は意味が分かりません。
「……噂がありました。ライディラ殿に秘策があったと。それを実行されているのでは? と」
秘策。
「その秘策とやらは知りませんが、西軍からは父が話をしていたそうです。ただ内容は分かりません。内政に至っては私なにもしてませんし」
オウコモラさんはまだ納得のいく顔はしてない。
まあ私も不思議でしたし。各領主さんが優秀だったんですよ。ええ。
とは言え内政部門に人が来た。
もう私はお役ごめんで良いだろう。とちょっと愉快な気持ちになっていると
「シャオ様」
リジンジョウさんが来る。
「どうされました?」
「はい。ご報告が2つあります」
なんだろう? と首を傾げる。
「一つ目はウェインです。奴と部下は元々トハン出身。リョウンの問題もありますので、一度ウェインをトハンに戻そうかと」
へー。あの人トハン出身なのか。というと民族違うのね。なんか蛮族とか言って申し訳ない。
でもあの顔中に書いてあるお経は一体なんなんだ。
「はい。分かりました。その間守りは大丈夫ですか?」
ウェインさんの部隊は動物に跨がって移動するので移動速度が速い。攻め込まれても駆けつけられそうなのだが。
「ええ。トハンに戻るのは500だけです。2500の部隊いれば、河を守るのは容易い。ただ問題がありまして」
それが2つ目かな?
「ソンケワンが勝手に河を渡り、バレルを占拠しています。奴は常に人殺しをしていないと理性を保てない男なので仕方ないかな? ぐらいに思っていたのですが、ゼンウラ地方に攻めあがられると勘違いした清軍が攻め込んできます」
????????
「はい?」
話がビックリするほど分からない。
勝手に占拠? 人殺ししないと理性が保てない?
「ソンケワンは、新鮮な兵士の臓物を食うことで若返ると信じているのです。現にソンケワンはウェインより年上ですが、とてもそう見えないでしょう? まあ奴に年齢のことを聞くと暴れるのですが」
いやいや。なんですか、それ。それよりも
「あの。バレルを占拠って。それって凄いことなのでは……?」
大河を挟んで睨み合うことになったから南方に平穏が来た。
つまりこの大河は簡単には渡れないと言うことです。
それをあっさり渡って向こう側に拠点を作ってるというのは、何気に重大なのでは?
と思っていると
「バレルから攻めあがるのは不利です。バレルは平地。どこからでも攻められる。本命はリョウンからのルート。リョウンを抑え、北西のリャン族との交易ルートを占拠する。こうなれば満賊は食糧と財政不足から現状の領地維持は不可能になる。そうなってから始めてバレル経由のゼンウラ占拠でしょう」
なんか色々考えられていた。
これも父ちゃんの策なのでしょうか?
「それでバレルの状況なのですが、ソンケワンは300しか兵を連れてないので、満足したら帰ってこいと伝えていたのですが、どうもゼンウラで大規模な反乱が起こったようで。そちらにも兵を取られてしまっている。ソンケワンの部隊はまだバレルにいて暴れています」
反乱? オウコモラさんも逃げてきたし、北方も乱れてるのかな?
「まあそこまではどうでもよくてですね」
どうでもいいの?
「ゼンウラに王族が逃げてきたと。そしてその王族が問題。レン様の弟で、ヤン様の兄、フワン様なのです」
フワン様。
その名前に私も顔が青ざめた。
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シャオは青ざめた顔でレンとヤンに報告する。
フワンがゼンウラに逃げてきた。
このままだとこちらに来るかもしれないと。
「シャオはどう思う?」
レンは冷静に聞く。
「フワン様は王の器ではありません。暴君として君臨する未来しか……」
兄であるレンに王位継承権はあるのに、同じ血族のヤンに王位継承権がない理由の一つ。
それがフワンだった。
レンの弟で、ヤンの兄にあたるフワンは幼い頃から奇行を繰り返し、問題行為を繰り返し行っていた。
特に街中での辻斬りが問題となり、拘束に近い形を受けた。
それが理由でフワンより後の弟達に王位継承権は見送られたのだが。
「拘束するにもな、相当兵は必要だろう。この状況でそれをするにもな」
憂鬱気に言うレン。
「……フワンお兄様は、その……」
ヤンが怯えている。
フワンはよく無意味にヤンを蹴ったり殴ったりしていたのだ。
そんな破綻した性格だが、レンが病気、ヤンは幼い。そうなるとフワンという選択肢も出てきてしまう。
「積極的に救い出さないにしても、こちらにたどり着いてしまった時を考えるべきです。なにしろ体力バカですから」
フワンは常に身体を鍛えていた。
清は、他の王族にやったように、フワンの脚も砕かれたのだが、痛みを気にせず鍛錬を続け、筋肉で砕かれた骨をサポートし、普通に暴れるようになっていた。
清としても拘束するだけ大変だったので放置されていたのだ。
「ヤン。この件はおぬしは判断しなくていい。他の王族はともかく、実の兄は……」
決断は無理だろう。とレンは言おうとしたが
「これ以上の身内の殺し合いは決してするべきではありません。それをすれば私達に対する信頼は失われます。ですが、フワンお兄様をそのまま受け入れる訳にもいきません。その為に今序列を決めたら如何でしょうか? レンお兄様が即位。私が二位。そして今囲っているアレン、コウルを三位、四位。それ以外の王族は順位に入らないと。そうすればフワンお兄様は王位を目指す気にもならないかと……」
その答えに絶句するレンとシャオ。
答えを間違えたかな? と怯えるヤンだったが
「素晴らしいぞ! ヤン! そう! その決断だ! やれば出来るではないか!!! 王位の順番に異論はあるが、殺し合いを避ける。そのためにどうするか? というお主の意見は素晴らしいぞ!!!」
喜ぶレン。
「さすがですわ! ヤン様! 順位はともかくそうしましょう! これ以上の身内の殺し合いなんてするべきではありません!!!」
喜ぶ二人を見ながら
(……単に、フワンお兄様が嫌いなだけだったんだけどなぁ……)
心で苦笑いをしているヤンだった。