本日の世界は低予算サメで救えるようです
ところで最近、私はとある場所から熱心に招待状をもらっていた。
最初の一通目こそ差出人が違ったものの、二通目からは一通目の差出人を〆る様子だったり、とあるシステムの解説、時には全く関係のないこの間食べた美味しかったものの話などの他愛ない日常の話だったりと、色んなことが綴られていて。
返信したことこそなかったものの、暇を持て余した私にはちょうど良い娯楽だった。
「それで、何か言いたいことはあるかな、君」
「招待状を持参して土下座キメるとは思わなかった」
その招待状の最新号は。たった今。
目の前で、差出人の土下座を添えて、更新された。
そんな土下座付き招待状から一月。
私とその場に居合わせた我が君は、招待状を手にとある場所に来ていた。
「この度は当世界にお越しくださり、誠にありがとうございます」
そう言って頭を下げているのは、あの時招待状を手に土下座を決めて見せた彼女だ。
私達が今いる場所は、彼女の世界のとある劇場――“世界を救うためのシステムを組み込んだ”劇場。招待状に応じ、世界を救う手伝いに来たのだ。
……ちなみに、彼女が招待状を持ってきたとき、我が君にはまだ何も言ってなかったためばちクソに怒られた。というのも、私は世界救済のみならず素材として強すぎた余り、狙われ過ぎて抹消されかけたことがあるからである。
なので我が君に排除されそうになったが、奥の手を使って止めた。
それは彼女の構築した“特定の範囲内に一定以上存在したプラスの余剰エネルギーを用いる”、楽しんで世界を救うシステムに、興味を持ったからだ。
見てみたかったからと言ってもいい。
「事前の取り決め通り、この子の身に危険が迫った場合、私の判断で許可を取り消し、身を守る行動をとらせてもらう」
「はい、勿論です」
とはいえ、無条件にやって来れたわけではない。
警戒を崩さぬ我が君が、事前に下調べや現地調査、話し合いなど、私の安全を確保するためにいろいろと動いている。過保護では? と思わなくもないが……おねだりまで決めた身だ。何も言えることはない。
「では、邪魔が入らぬうちに縁切りの事前設定を行います」
「ええ」
縁切りの事前設定という言葉に、我が君は躊躇いなく頷く。というのも、この縁切りは二人にとっての最大の目的だからである。
特に急に我が君が賛成してきたので何かあったっぽいが、藪蛇になりそうで何も聞いてない。
二人の指示に従い、事前設定を行う。
「設定が完了しましたので、こちらのカードキーをどうぞ。
ご滞在頂く部屋の鍵になっている他、私の方で事前にある程度チャージさせていただいたので、買い物などにもお使いいただけます」
流れるように差し出されたカードを手に取ると、メニュー画面が出てきた。部屋番号らしきものやお金らしき数字と記号が見えたが、カードネームという空欄の項目が目についた。
「この項目、空欄だけど大丈夫なの?」
「はい。縁切りに必要な範囲指定とは関係のないので大丈夫です。
ですが、このシステムの時にはお祭り感覚でくじ引いて変えてらっしゃる方が多いです。引いてみますか?」
気に入らなかったら引き直してもいいし、連想して思いついたものを使ってもいい。
あくまでネタの提供程度、とのことで、二人揃って引いてみることにした。
「Sora、ね。ならカントにしておこうかな。」
即興で決めて見せた我が君――カントに「君は?」と聞かれ、私は慌ててmetállevmaと書かれていたくじを見る。別に今しか使わないのだから、これを使ったっていい。だがちょっと変えてみたい気分。
metállevma、メターレマ……メタ―レ、ターレ。
「ターレにしようかな」
「カント様とターレ様ですね。それでは以後そのように呼ばせていただきます。
私のカードネームはパーリとなっておりますので、そのように呼んで頂けると助かります」
それはパーリと呼んで欲しいというよりも、名前を呼ぶ必要があれば、位のニュアンスだった。
「それでは移動しましょう。少々裏道を通りますので、ついて来て下さい」
彼女の先導で、到着地点であるこの部屋を後にする。
カントがあまりにも躊躇いなくついていくと思ったら、実はこの部屋。システムの心臓部の一角で、ここで見つかったら一発アウトのヤバい場所だったらしい。
いくつかの扉を抜けて、色んなカウンターや店が立ち並ぶエリアに紛れ込む。持ち込みが許可されてる飲食物を買ったりしながら、異世界人の指定席――VIP席に向かう。
買ったものを食べたり、雑談したりして待っていると、すぅっと照明が暗くなる。それと同時にマイクを通さぬ声が、どこかから聞こえてきた。
エネルギーが、言葉にあわせてぐるりと駆け巡る。その後を追うように熱が生まれ、そして光へと変じていく。
夜空に咲く花のように一際強く輝いて、そこに在り続ける星屑のように細かな光となってその場をゆらゆらと漂う。
写真や絵だけで見るのならばただの幻想的な光景で済むだろう。けれど、その中にいるとよくわかる。
彼女の世界を救うためのシステムが、起動したのだ。
「――君」
焦ったような声と共に、ぐい、と腕を引っ張られた。無論、引っ張ったのは我が君だ。
「……そんな顔をしなくても、どこにもいかないのに」
「行きそうな顔をしてたよ」
それは一体どんな顔だったんだ。そう聞こうとしたが、一本のライトが、ステージをくりぬいた。
「お集りの皆々様!
老いも若きも、性別の有無も、生存状態の一切も関係なく楽しんでくれてますかー?」
くりぬかれたライトの中にいた人物が、ステージの上からそう呼びかける。不特定多数に向けられたその言葉は、やはり不特定多数から返事が返される。一つ一つの返事はもはや混ざり合って聞き分けることも出来ないが、それだけ多くの人が返事しているのがわかる。
「効率だけで見るのならば、外からエネルギーを略奪し、犠牲になってもらうのが一番良い。
だが、それは我々は世界を救ったと胸を張れるのだろうか?
あぁ、同じ世界を救うのなら、笑って救わなければ意味がない。
胸を張って救ったと言えないのならば、それは世界の滅亡から目を逸らしたのと変わらないのだ!」
笑って世界を救えないのなら意味はない。
その断言は、遠い昔に置いてきた心残りを少し埋めてくれた気がして、じわりと胸が熱くなった。
「さあ今回も始まりました世界救済システム!
この舞台上で繰り広げられる劇を見るもよし、飛び込むもよし、お題に沿った音楽を楽しむもよし、おいしい料理に舌鼓を打つもよし!
思い思いに楽しんで世界を救っていってくれ!」
反対意見もなく好意的な反応が飛び交う様子に、私は思わず笑みがこぼれる。
ああこれは、いつか私が見たかったものだ!
来て良かったと思っていると、「今日はVIP席にお客様がいらしてるぜ!」と存在を告知された。それと同時にウィンクが飛んできたような気がしたので、私は笑顔で大手を振ってやる。
プラスの感情で世界を救うというのなら、私は喜んでその燃料を投下しよう。
VIP席の存在から流れるようにシステムの概要の説明に入り、一通り説明が終わった頃。「今回のテーマを設定するぜ!」と司会者が告げた。
「いつもならお集りの皆々様からランダムで選ばれた人がくじを引くが、今日はVIP席のお客様にお願いするぜ!」
司会者がそう言う否や、パーリがすっとくじを差し出してくる。カントの許可を得てくじに手を伸ばすと、結果はすぐに司会者の手元に送られた。
どうやら司会者が発表するスタイルのようだ。
「発表するぜ!
本日のお題は“低予算サメ”!」
低 予 算 サ メ 。
なんだそれ。耳を疑っていると、司会者の背後にサメが出没していた。
舞台の上に海なんてないのに。
海どころが、一滴の水だってないのに。
サメが、大口を開けて、司会者の頭に狙いを定めていた。
何一つ意味が解らない。だが、司会者は咄嗟に右に飛び退いて左腕を喰わせ、無事な右腕でサメを殴り、爆発させた。……何で今爆発したの?
「今日のサメはいきなりだったな! 噛まれるとサメのオーラが出るが、システムが終われば原状復帰するので安心してくれ!」
「……サメの……オーラ……?」
発言の通り、喰われたはずの左腕には壊れたエアブラシをかけたみたいな赤い何か――サメのオーラとやらが漂ってるだけだ。
もう訳が分からない。否定が欲しくて話しかけようとした、のだが。
隣に座っていた我が君は、既に虚無っていた。
待って置いてかないでと思う間にも、ステージのサメはしれっと復活して頭が増えていた。
何一つ追いつけない。
「なんで今サメの頭が増えたの……?」
「見た目が分かりやすいからじゃないでしょうか? 怪物なサメも悪魔なサメも、遠目ではわかりませんし」
「…………待て どの サメを 混ぜた」
目が虚無の彼方に行ったまま、カントが話に割り込んできた。
虚無の中にあってでも話に割り込ませる“サメを混ぜた”って何なのか。そう思っていると、虚無に沈んだままの目がこちらに向いた。
「サメとは虚無だよ」
「虚無。」
「その虚無が癖になる、失敗の免罪符になる、関連料理がお得に食べられる、と人気のお題です」
「人気の虚無。」
……あの、これ世界を救うシステム起動してるんだよね?
世界救うんだよね??大丈夫???
サメって世界救えますか――????