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アンスロポスは大嫌いだ

 後悔とは取り返しのつかない絶望で、

 後悔が晴らせないというのは未来永劫許されることのない地獄なのだと、


 ――全部、佐渡亮良(さわたりあきら)になってから知った。





 俺、佐渡亮良には今の世界の物ではない人生の記憶がある。

 最近流行りの転生モノというジャンルでは前世に該当するのだが、俺はあれが大嫌いだ。

 既に持っている後悔を元に、新しい後悔を増やさないようにすることは出来る。

 ……けれど、既に持っている後悔を晴らすには、その後悔への理解が必要であり――全否定され、存在を許されない後悔はどこにも行けやしない。

 それを捻じ曲げ、己以外の全否定を世界の救いだとのたまうのが、どうしても受け入れられなかった。


 受け入れられないと言えば、現在の担任もだ。

 以前は徹底的に避ければ済んでいた。が、今年のクラス替えで担任になってしまい、ついでにクラス替え後早々に起きたいざこざの結果、致命的なまでになったのだ。

 本当はその時点で退学したかったが、それにはまずあの担任の顔を見なければならず、それすら嫌で登校拒否を決め込んでいる。


 思い出してしまい苛ついていると、足元が何か音を立てた。どうやらガラス片を踏んだようだ。

 丁度手で持ちやすくて、首を掻っ切るのに良さそうな感じの。


 ……今ここでこのガラス片のお世話になったらあの担任の顔を見ずに学校を去れるだろうか。


 ふっと浮かんだ考えのままに、ゆらりとガラス片に手を伸ばす。それが首の高さまであと少しのところまで行ったところで。


「待って神さま待ってこれ聞いてない僕空飛べないんだけど!!!!!!!」


 八つ当たりの悲鳴が、耳に届いた。

 上を見上げた次の瞬間には俺の目の前に激突し、まるでそこら辺で石に躓いて転んだかのように勢いよく起き上がった。


「ちょっと神さま僕他の人と違って空飛べないんだけど!!!」


 少年とも少女ともとれない性別の判断を下しにくい声が、起き上がりざまに神さまへの文句を零す。

 重ねた無色のガラスの中に一枚だけ緑色を紛れ込ませたような銀髪と質の良い麻色のフード付きの外套が、科学を追い求めるこの世界では非常に浮いているはずなのに、元からそこに在ったかのように馴染んでいた。

 ……それと上から落ちてきて生きていることはイコールにならないのだが。


「良く生きてるなお前」

「そりゃあ僕は■だからね。あの高さくらいじゃ死にはし……うん?」


 銀髪のそれは不意に言葉を止め、くるりとこちらを向いた。宇宙を吸い込んだような深緑色の眼が、俺を捕らえる。


「あれ、僕のこと、見えてる?」

「……あれだけ騒いでおいて視界に入らない訳ないだろ」

「……そこから聞こえてたの!? でもそれはおかしいな。僕はこの世界の■じゃないから、適応できるまでは同類でもない限り僕のことが見えないはずなんだよね」


 ――だからどうして見えているの?

 純粋な疑問とそこから生まれる警戒が差し向けられる。……が、「知るか」の三文字以外に返せる訳がない。


「幽霊の一つも見たことない奴に聞くな」

「……そうなの? じゃあ情報を読み取ってみてもいい?」

「……それでわかるならいいけど、どうするんだ?」

「こうやって」


 そう言うや否や、そいつは俺の手を自身の額に押し当てる。

 ぐるり、と何かが蠢いた途端、そのまま体がぐらりと傾いた気がした。

 そのまま背中から自由落下を始め、その景色の中にぽつりぽつりと今まで言われたことがある言葉やその場面が混ざり始める。

 みるみる内に自分の人生が巻き戻っていき、ほぼ巻き戻った……と思いきや。


 それで終わっては、くれなかった。


 朧げで真っ白な光景から、炎が踊り狂う光景に変わる。

 これは佐渡の記憶ではない。けれど知っている。忘れられる訳のない、最大の後悔。


≪滅んでしまえ≫


 綴じられた紙束を抱えて、終わりの言葉を告げる少女に合わせ、世界が終わりだす。

 それ以上見たくないと振り払うように拒絶すると、派手な音と共に一瞬にして視界が砕け散る。

 砕けた先の現実は、何も変わりはしてなかった。


 今のは何だ。そう問い詰めようとしたが、緑眼はもっと想定外だったらしく、逆に何が起きたかを聞かれた。

 一通りと答えると、すごい不可解そうな顔をしてきた。


「今の情報の読み取り、■■■■■■をしたときに確率で発生する物なんだけど、読み取り自体は相手に影響を与えるモノではないんだよね」


 これはおかしい。そう言い切って見せる緑眼に、強い意志とほんのわずかな困惑が浮かんでいた。


「こんなことを起こせるとしたら、相当力の強い神や世界そのものやそれに近い存在からなにかしらの干渉が考えられるんだけど……心当たりはある?」


 今の貴方じゃなくても構わない。

 その言葉に真っ先に結びつくのは、一つしかない。あの滅んでしまえの続きの光景だ。

 世界が滅んだその瞬間。確かに一つ、声を聴いた。


≪ありがとう、生きてね。≫


 聞き覚えのない声だった。多分誰に聞いても聞いたことのない声だったと思う。


「世界が滅んで、誰も生き残れないような状況だったのに、生を願われた」

「……生を願われた、ね」


 緑眼は一つ息をつき、いくつか確認をしてきた。


「貴方は世界から干渉……ううん、加護をかけられていると見て間違いなさそう。

 それも後先考えない、転生を前提とした加護。強すぎて世界の住人に向いてないレベル」


 それは最早加護ではなく呪いの範疇では?

 全力でドン引いていると、緑眼が「ところでさ」と口を開いた。


「最期の方にさ、滅んでしまえって言った女の子いたでしょ? あの子と面識、あった?」


 あの場面でちらっと見ただけだとか、一言二言喋っただけだとか、ほんの些細な事でもいいんだけど、と続ける緑眼に、無い訳が無い、と心の中で呟いた。

 俺の後悔の根源で、佐渡じゃない俺にとっての始まりの子。

 それらは全て、彼女が齎したものだ。けど、何故そんなことを聞いてきた?

 「なんで彼女?」と口にすると、「僕があの子に会いに行く旅をしてるからだね」と返ってきた。


「あの子は僕を人にしてくれたんだ。その時はあの子が僕がいた世界に来たから、今度は僕があの子のところに会いに行くつもり」

「……なぁ、ついて行きたいと言ったら行けるのか?」


 あの子に会いに行く。

 その言葉に口をついて出た同行願いに、緑眼は一瞬奇妙な視線を向けてきたが、首を横に振った。


「まだ無理かな。

今の貴方では二世界を渡るので限界かな。それ以上は耐えられない」


 ならその二世界だけでも、と食い下がろうとしたが、無理だねと一蹴された。


「発端の記憶を所持しながら単純計算で二、三百年以上生き、無数の世界間転移に耐えうるだけの加護がないと話にならないかな」


 緑眼は淡々と最低条件を上げるが、ちょっと待ってほしい。

 ……単純計算で二、三百年以上?


「……生きていることすら辛いのに、更に生きて繰り返せ、と?」

「そうだね。時間がかかるし不確定だ」


 だから諦めろ。

 そう続けられるのかと思いきや、「でも」という声が続いた。


「その前に一つ聞いておこうかな。

 “どうしてあの子に会いに行きたいの”?」

「……どうして、」


 どうして会いに行きたいのか。反射に近かった以上、それを答えられるわけがなかった。

 緑眼もそれがわかっていたのだろう、特に咎めず続きを口にした。


「僕の理由は、あの子が生きていると知ってしまった以上、あの子と会わない限り先に進めないから」


 貴方は? と緑眼が問う。

 いつもの言葉を言おうとして、口を噤んだ。これは俺ではない人生から引き継がれたモノであって、今の俺自身が考えたものではない。


「今の貴方にとっての彼女の答えが出せて、その上で狂気に足を突っ込んででも彼女に会いに行きたいのなら。

 加護を一つ、あげてもいいよ。」


 もちろん他にも条件つけさせてもらうし、あげた後でも彼女が貴方に会うことを拒否したり、危害を加えかねないと判断したら■の能力でもって存在を抹消するけどね。


 「どうする?」と問いかけてくる視線に、「当然だ」と頷き返す。

 何故かほっとしている様子の緑眼に何故だと聞こうと思ったところで、こいつの名前を聞いてなかったことに気が付いた。

 それはまずいと、名前を聞くと。


「僕の名前は、■■■■■■■■■■」


 という、聞き取れない何かが返ってきた。本来はこんな感じで姿も認識できないはずだったらしい。そう言えば所々聞き取れていない時があったが、気のせいじゃなかったのか。


「なので、貴方が呼びやすくて、貴方が行動する範囲で違和感なく馴染む名前。付けてくれる?」


 この世界ではそれを名乗るから。

 そう言われた途端、考えるより先に「ショウ」という言葉が口から出た。


「ショウ。……ショウ!

 では、今からこの世界ではショウと名乗ろう。貴方のことは……とりあえずアンスロポスと呼んでおこうかな」


 今なぜショウという単語が口から出たかはわからないが、本人にばっちり聞かれた上に気に入られてしまったのでそのままにしておくことにした。

 ……あとで字面を考えなければ。

 そんな俺を見てるのか見てないのか、「早速だけど時間が大丈夫なら条件とかいろいろ詰めたいんだけど、どうだろう?」と言ってきた。


「転移してきた直後だから、おいしい物も一緒だと助かる!」


 お腹空いてるんだ、と何事もなかったかのように追加で飯を強請ってきたショウにデコピンを食らわせ、「望むところだ」と短く返した。

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