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探し物になりましょう!

「僕は魔術家に嫁いでくれるお嫁さんを探しているんだ」


 ――なんて話す魔術師・千里さんに出会ったのは、今から数年前の話。

 当時彼はまだ学生で、うっかり行き倒れている所をみつけてしまったのだ。……だけどどうしても見捨てられなくて、ペットボトルの飲み物と、菓子パンと、ざっくり羽織れるパーカーを、真っ赤な嘘を添えて差し出した。

 ……それが、始まり。






 私、市川仁菜は、物心ついた頃から、精霊や妖怪――人外の存在と共にあり、彼らに似た力――魔力を持ち合わせていた。

 私にとって、これが普通であったけれど、現代社会の普通とはずれていることは把握していた。

 父の死後、母を支えるために長らく黙ってきたが、数年前に病に倒れ、闘病虚しく還らぬ人となってそろそろ1年。

 お母さんがいない生活をようやく直視できるようになった今日この頃、私には一つの悩みがある。

 それは私に付き纏う不審者である。

 近頃は来た時点ですぐに逃げれるカウンダ―にいたのだが、疲労から気が抜けていたのだろう。あれがいないからと、小さなお客様に売り場を案内しようとカウンターから一歩出た途端、見知らぬ場所にいた。

 どこだここは。

 余りの現実味の無さに、2コマ漫画の隙間かな?という感想が頭をよぎった。

 少し頭を冷やそうと辺りを見回す。どうやら屋内のようだけれど、人が住まなくなったお屋敷の感じがする。人の気が微塵も感じられない。

 ……誰もいないね?

 いつもの癖で彼らにそう内心で呟いて――その彼らもいないことに気が付いた。


「……何で……?」


 私は今まで彼らが傍にいなかったことがない。

 同じ個体では無かったとしても、必ず誰か彼がいたのに、その彼らすらいない。

 そのことに「どうして!?」と声をあげてしまった、次の瞬間。


「やっとカウンターから出て来てくれたな、市川仁菜。」


 カツン、と足音がと共に、そんな声が響いた。

 今の私にとっては今一番聞きたく無かった、最近に至っては耳にする前に逃げ回っていた――不審者の声だ。

 全力でお断り願いたかったものの、そんなこと知らないと言わんばかりに、男は「待ってたよ」などと宣った。

 待ってたって何。

 気持ち悪いので速やかに消え失せてほしい。もしくは、接客に戻らせてほしい。

 ……というか。


「店長はあなたに出入り禁止を言い渡したと聞いたのですが?」


 先日、店長がキレて出禁を言い渡したばかりのはずなのである。どうして私がカウンターから出たことを知っているのか。

「何故ですか」と聞くと、「お前がここに来たからだ」と返された。なんだそれ。


「そんなことより、せっかく二人きりになったんだ。話をしようじゃないか」

「お断りします。私がここに来た、というのなら、帰してください。私は勤務中なので迷惑です」


 誰がお前と話をするか。

 半ば食い気味に拒絶してしまったが、男は「つれないなぁ」と笑うだけだ。


「お前の守りを剥ぐのは骨が折れたし、ここは現代社会じゃない。勤務なんかに縛られる必要はないだろう?」

「……は?」


 ……今、この男は何と言った?

 私の守りを剥いだ?現代社会じゃない?こいつ何言ってるの?と思ったが、ふっと千里さんのことが頭に思い浮かんだ。

 彼は魔術師だ。彼らとは違う力――魔力を用いて、魔術と言う不思議を起こすことが出来る。そして、この男がもし似たことを出来る人だったのなら。

 彼らを含めた私以外の排除が可能になる。出来てしまう!

 そして実際にされている今、この空間の主導権――いや、生殺与奪を握られていると考えた方がいいだろう。

 私は、ただ彼らが見れるだけの現代社会の住人でしか無かったのだ――それをどうしようもなく突きつけられて、ひぅ、という変な音が喉から漏れた。


「何で……!」


 何で、の続きはいくらでも出てくるけれど、辛うじて声に出さずに押し留めた。言ってしまったら、何かが壊れてしまうような気がして。

 ……だけど男は、「何で、ねぇ」と口を開いた。


「別に、難しい話じゃないさ。結婚の自由は認めてあげるから、俺と養子縁組を組もうじゃないか!」


 その言葉を噛み砕く前に、一瞬で血の気が引いた。そこから一拍遅れて、千里さんとの言葉の一部が再生された。



[魔力を己の内に所持し、それを扱える技量を持つ人間を魔術師と言い、そして、3代以上続けて先天的魔術師を排出することが出来る家系のことを、魔術家と言う。

 わざわざそんなのがあるのは、魔術師自体が生まれにくいからなんだよね。魔術師同士の夫婦でも、一人の子供の出来ない、というのがあるくらいで、跡継ぎに困る。

 なので、妾養子、という手段で妾を取るんだけど、そこも含めて婚姻扱いされるんだよね。……故に。君は養子縁組の話も気を付けなきゃいけない。]



 妾養子の可能性が高い、だっけ?正直、妾養子の話がされた時には意味が解らなかったし、ウィキのページを見せられた時にはドン引きした。けれど現実として突き付けられると、ぶわり、と嫌な汗が噴き出てきた。


「どうしてそんな顔をするんだ?誰も損をしな

「嫌です。妾養子は、嫌……!」

 …ほう?妾養子と言う単語を、わざわざ知ってるんだな、お前?」

「……っ!」


 気持ち悪さのあまり、口を滑らせてしまっていたことに気付いたが、もう遅い。男の楽しそうな顔に、顔が歪むのが止められない。


「その言葉を知ってるのであれば、結婚の自由を許してやるわけにはいかないな。だが、そうだな。30分逃げ切れたら、俺の妾養子じゃなくて、弟の正妻にしてあげよう。もちろん、途中でやめても構わないぞ。

 ……どうする?」


 正直どちらも嫌だ。けれど、最低でも逃げなければ、この男の妾養子になってしまう!

 わたしは声の代わりにベチンと己の頬を叩き、身体強化魔術を行使し、男に背を向けて走り出した。


 それからひたすら逃げ続け、さすがに疲れ始めたころ――階段で思いっきり踏み外してしまい、足をくじいてしまった。

 ……これではもう、上手く逃げられない。


 迫り来る最悪の事態に、いっそ扱いを良くする交渉をしたほうがいいのではないか。そんな後ろ向きな考えが頭を過った時、ぱぁん、と何かが弾ける音がして――こちらに来ようとしていた男が、突然吹き飛ばされた。

 何事?と思っていると、「ごめん、遅くなった」とここにいるはずのない人の声が降ってきた。


「異界に未婚の女性を引きずり込んでおいて、何の真似をする気だったのかな、お前」


 ゆっくりと顔を上げてみれば、いつもより明るい髪色の千里さんが、そこにいた。何で?と混乱していると、男が「その異界に力技で介入してきた貴様には言われたくないな……!」と苦々しい声で呟いた。


「少なくとも異界に連れ込まないと何もできない犯罪者が言える台詞でもないよな、それ。

 ……それで?彼女に何の真似をしてるの?」

「オニゴッコをしていただけだ」


 本当に?と確認すように千里さんが私の名を口にしたので、妾養子の話を添えると、地獄を這うような「……へぇ?」が返ってきた。


「市川仁菜が嫌がったから代替案を出しただけだ」

「あの体勢ではその代替え案に同意があるとは思えないが?」

「オニゴッコの提案に身体強化魔術を使って逃走を選んだんだ、同意があったでいいだろう?」


 男はそこで一度言葉を切り、「それとも、なんだ?」とぐちゃりと笑った。


「お前も参加するか?市川仁菜の同意が得られたらの話だがな……!」

「お前……!」


 声が武器になるのならば、確実に何度も殺れていそうな声が、分家当主から放たれた。……というか、私の扱いは景品か何かなのかな。あなた私のことを妾養子にしようとしてたよね?

 ……って、「何があっても文句話言わせないからな」って、あの、千里さん?

 あれ?これ何の流れ?と思っていると千里さんは私のところにやってきて、私の前に跪いた。


「僕の家系は異形の家系。

 その分家の当主たる僕とその伴侶の最大の役割は、血の継承。何をどう言い繕っても、産む側の女性に著しい負担をかけてしまうし、危険にさらすことになるし、不自由を強いることには変わりない。

 ……それでも、大切にするので、仁菜のことを一番守ることの出来る権利を、僕にください。」

「……、」


 まさかの千里さんの言葉に、何か返さなくては……と必死に選ぼうとしたが、目があった瞬間、選びかけていた言葉が全て吹き飛んだ。

 千里さんは、こんな状況でも、私のことを守ろうとしてくれている。

 あの嫁発言以来、魔術家の婚姻だけではなく、魔力の使い方や魔術家の社会について、よく教えてくれるようになった。良いことも悪いことも、私に向かないだろう、ということも。

 それでも、私のことを守ることを選んでくれた。

 そう思った瞬間、ふっと腹が括れ――衝動的に、千里さんの唇を奪っていた。


「権利だけじゃなくて、身分もあげるよ。あなたがずっと探していたものになろうじゃない」

「――は、仁菜、僕は」

「しょうがないじゃない、腹が括れてしまったんだから!」


 千里さんは数秒固まった後、「そっか」と小さな声で呟いた。


「絶対に大切にするね。だから、ちょっと待ってて。あれを片付けてくるから」


 そう言いながら、ふっと目を向けた先にいた男は、展開が付いていけない顔をしていた。


「えぇ……?」

「どうやら同意以上の物が貰えたようなので、この空間自体を壊して脱出とさせてもらおうかな!」



 にっこりと笑いながらそう宣言する千里さんの髪色は今までで一番明るくて――何よりも頼りになる色をしていた。

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