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助けて私のチート様!

 どの世界だって降り注ぐ純粋無垢で透明な陽の光が、大地が慈しんで育ててきた色とりどりの宝石を通過して、色鮮やかな洗礼された光として降り注いでくる。


 その光だけでも綺麗だけれど、その光が辿り着くその先だって美しい。

 単調にならないように模様を編み込まれた壁、その光が入って来ぬ時にこの空間を照らす役割を持つシャンデリア、彫刻に溶け込むように宝石が埋め込まれた柱、複雑に光を反射して新たな彩りを添える床。

 どれか一つだけが突出していることもなく、一つの空間として調和していることも美しさに拍車をかけている。


 そして美しいのは空間だけではない。

 よく手入れされているとわかる髪と肌。まるで宝石をそのまま糸にして織り込んだかのような豪華絢爛なドレス、宝石をそのまま使ったかのような美しい輝きを放つ瞳。その場に集う人も美しいのだ。

 実に美しい。完璧だ。


 ……この私の目が脳に伝える視覚情報だけは。


 聴覚と嗅覚と五感以外の何かが、それを台無しにしている。その最たるものは聴覚だ。

 私が今こうして美しさに癒しを求めている間も、


・お前を異世界から呼んだのは我々だ

・今この世界は滅亡の危機にある

・突然灰が発生し、それに触れたもの全てが灰になってしまう灰化と言う現象が起きている

・一度灰となってしまうと触れたもの全てを灰にしてしまうため、世界の九割以上が立ち入れなくなった

・これを止め、世界を救うことが出来るのは異世界から来たお前だけだ

・この世界を救ってくれるなら何でも好きなものをくれてやろう


 ――などとさも世界を救うことが良いことで名誉なのだと印象付けるような演説されている真っ最中だったりする。

 異世界から召喚され、説明を聞く側である私は話を半分も聞いていない。……と言うか、聞き取れていない。

 先ほどの要約も、断片的に聞き取れた言葉を継ぎ合わせ、過去の経験則と照らし合わせ、推測したものだ。


 だんだん機能しなくなりつつある聴覚情報を解読するのを諦めだした頃、


「異世界から来たる者よ、どうかこの世界を救ってくれまいか」


 この空間こそ我が背景、そしてこの場のいる他の人は我が美しさを引き立てるオブジェを地で行っても平然と許されそうな男No.1が、疑問の態を擁した命令文を飛ばしてきていた。

 そんなもの当然答えは決まっている。



「やだ」



 誰が“救い”に命をくれてやるものか!





 *:;;:*:;;:*





 どの世界でも変わらずに降り注ぐ純粋無垢な陽の光を、そのまま受け取れる幸せをかみしめながら、私はとある場所に足を運んでいた。


 目的は一冊の本。だけどその本は、風雨に曝され、焼け跡や虫食いの痕があり、手入れをされているように見えない。手に触れた感触が、本のダメージが装飾ではなく大切に扱うべき人が大切にしてこなかったのだと教えてくる。

 それがどうしても苦しくて仕方なくて、それ以上ダメージが入らないよう細心の注意を払いながら抱きしめた。


 暫くそうしていると、ふっと人が近づいてくる気配が一つ。念のためそちらを向くと、ここ数日せっついてくる住人の青年の姿があった。


「昨日も都市が一つ灰化で壊滅したってさ。」

「そっか」

「異世界から人を召喚したらそれで世界は救われるって聞いてた。なのにお前が召喚されても灰化が止まらない。

 ……何で?」

「私はこの世界にうっかり召喚されただけで、世界を救ってないからね」

「……世界を、救ってない?」

「うん」


 私は先日、世界を救ってくれとほざくあれらに召喚された。

 この世界の説明を受けはしたが……世界を救わないと決め、あの場から脱走した。

 私は体質が特殊なのであれらの言う“救い”では世界を救えないが、それを差し引いても救いたいとは思えなかった。


「青年はさ、一方的で偏見に満ちた歪な説明や、頭を壊すような甘ったるい臭いを纏わせながらの説得に見せかけた時間稼ぎとか、気付け薬かと言わんばかりの過去の怨嗟と彼らによる真実の暴露とかさ、

 そんな出迎えを受けて世界を救いたいと思える?」


 そう、怨嗟。

 召喚を行ったあの場所には、過去にこの世界を“救った”人達の怨嗟が満ちていた。それも一人や二人じゃなく、両手の数を何度も越える数の。

 それが最初から聞こえていたのだから、あれらの話など聞き取れるわけがない。


 こう、世界滅亡の危機と言うのなら、真っ先に聞こえてくるのは世界の悲鳴とかそういった類のものなのだけれど……それより先に、世界を救った人たちの怨嗟が聞こえてくるのはさすがにどうかしている。しすぎている。


 青年は生真面目に一度想像してみたらしく、いくらか遅れてうわぁ、と言う顔をした。


「思えないよね?」

「……」


 絶句した青年からの返事はない。いつもならこの会話が途切れたタイミングで立ち去り、会話を打ち切るのだが……今日はちょっと魔がさした。


「青年。ここに一冊の本があるね」


 青年に掲げて見せたのは、先ほどの本。何の修復もされていないので、一目見ただけでダメージが酷いとわかるだろう。


「もしこの本をさ、誰が読んでも大丈夫なように修復するのに、青年を使う必要があるって言われたら、青年はこの本を直す?」

「そりゃあ本を直……ん?」


 本なんだから読めるように直した方がいい。青年は気軽にそう言おうとし――ピタリと口を止めた。


「本を直すのに“何”が必要?」

「“青年”が必要」

「……俺の“何”が必要?」

「青年の全て。その物理に存在する身体から、目に見えない魂まで。

 ――青年の“命の全て”が必要」


 青年は何度かオウム返しのように呟き、そして理解が追いついたのか、真っ青になって「本を直すのに死ねと!?」と声を荒げた。


「そうだよ? でも青年でその本を直せば青年は名誉を得られるし、青年以外は本を読むことが出来る。青年以外はハッピーエンドだ」


「違う?」とつついてみると、「違う!」と言う剛速球で返ってきた。


「ではどう違う? 青年」

「……人の命を消費して、それでハッピーエンドになるはずがない」

「……では、消費される先が世界であっても?」

「世界であっ……、…………待て、何で今世界に飛んだんだ」

「なんでだと思う?」


 急にスケールが変わったことに気付いた青年に、私はにっこりとだけ笑ってみせる。私が笑ったまま待っていると、青年からぷつりと表情が消えた。


「…………世界を救うのに、要るのか? ……命、が」

「うん。あれらがやろうとしている“救い”は、命を消費するタイプ」

「うそだろ」


 嘘だったらよかったのにね。

 そう呟きたかったけれど、それはさすがにのみこんだ。


「なんでわかったんだ?」

「怨嗟たちの言葉と、今までの積み重ねの勘かな。世界救済素材目的の召喚は、初めてじゃないからね。

 なんとなくわかるよ」


 そしてその度に逃げ出した。

 逃げて追われてまた喚ばれて、そんな生活をもう何年送ったかさえわからない。外見が少女と呼べる頃のままで止まってしまったので、手掛かり一つ残っていない。


 お前良く生きてるな……? と言う青年の呟きは、褒め言葉として受け取っておくことにしよう。

 そう決めた瞬間、急にぞわりと嫌な予感がし――ただ純粋に大きな炸裂音が、辺りを駆け抜けて行った。

 音が駆けてきた方に目を向けると、硝煙が立ち上がっている。


 硝煙。煙。火が存在しないと存在しないもの。

 つまりどこからか火種になり得るものが飛んできたということになる。……本に効率よくダメージを与えられるものが、近くに存在する。そしてそれがいつこちらに来るかわからない。


 ……それは、マズイ!


 この本の正体を知っている私にしてみれば非常事態だが、何も知らない青年にとってはただの本。……だから今、この本は私が守るしかない!

 盛大に歯ぎしりしながら青年に最寄りのシエルターの位置を聞き、案内を頼む。

「今は別に灰化は起きてないけど?」と渋る青年に、もしかして灰化していないとシエルターが使えないのか? と聞いた。もしそうであれば他の手段を考える必要がある。


「いや、シエルターは何時でも空いてる。開いてるけど……何で今行く必要があるんだ?」

「青年、説明は後じゃダメ? 異世界に頼らない世界の救い方も幾つかつけるけど」

「……仕方ないな!」


 説明をして欲しそうな顔をされたが、時間が惜しかったので先手を打たせてもらった。……いいのを見繕っておかないと。

 走る青年の背を追いかけるように、私も出来る限り走る。


 そしてそのシエルターまであと少しとなったその時。新たな嫌な音が聞こえてきた。

 私は咄嗟に本を庇うように持ち直すも、体勢を変えるまでは間に合わず。


 先ほどより大きな炸裂音と衝撃に煽られ、私の身体はいとも簡単に宙を舞った。


 助けて 救って

 救え 滅ぼしてくれ

 生きてくれ 殺してやる

 許さない 名誉だろう

 死んでくれ ごめんなさい

 ――何の因果か、かつてかけられた言葉が一瞬にして頭をよぎる。


 ああそうとも。

 私は世界を救う素材になれと召喚された回数など憶えていないし、滅んでいく世界を見送った回数などもっと憶えていない。

 今でこそチート様がくれた小さな部屋に住んでいるけど、かつてはこれが日常だった。


 でも、うっかり召喚に巻き込まれ、再び素材扱いをされた今。チート様がくれた、あの部屋に帰りたいと思った。

 …帰りたい。そう、私は帰りたいのだ。

 生きてあの部屋に帰りたい。



 ……だから早く迎えに来て、


「助けて私のチート様!」


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