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クオリアの書

  この世界では、世界に民になったことを認められると生涯を共にする本を手にすることになる。


 本と言っても、表紙も何もついていない中身を簡単に綴じられたものであることが多く、大抵の人は最低限の表装をして、木箱などに入れて持ち歩く。私、ラヴィもその一人だ。


 私にはこの本はまっさらにしか見えないけれど、文字が書かれていて読むことが出来る人もいる。

 読める人達のことを指して“クオリア持ち”なんて言ったりするが、クオリアが何かは全く分かっていない。


 一度失ったら二度と入手できなかったり、本人以外には使えなかったり、命にかかわるようなダメージを負った際にページが減ったりするなど、明らかに本じゃない挙動をすることがあるけれど、日常生活を送る分にはただの身分証代わりだ。


 私はいつも通りブレザーの内側で揺れていること確認して、改札を通り階段を駆け下る。そうしていつも通りの地下鉄に滑り込むと、グレープ色の髪をした少女が私を見つけて声を掛けてくる。


「おはよう、ラヴィ」


 彼女はララ。同じ学校に通う、同い年の女の子だ。……と言っても、学科と校舎が違うため、学校で会うことはないと言っても過言ではない。


 他愛のない会話をしていると、いつの間にか地下鉄は次の駅に到着していた。開く扉の前にいたので、乗り降りする人たちの邪魔にならないように移動し、そのまま人の流れを見ているとカナリア色の髪をした少女――フィーが乗り込んできた。


「おはよう、フィー」

「……ごきげんよう、ララ、ラヴィ」


 挨拶をすると、とても疲れ果てたような挨拶が返ってきた。多少の事なら気にしないと言うような強気な表情を見せる彼女が、まだ学校に着いてはいないとはいえ疲れ切った顔をしていた。


「どうしたの? 顔色が酷いよ?」

「学校に着いたらまたあの人たちがうるさそうですわ。今ならサービス付きで聞くことができますわよ?」


 どうする? と問いかけてみると、「よろしいのですわね?」と弱々しく口にした。

 どうぞ、と私とララに促され、フィーは一つ二つと呼吸を重ね、声に出した。


「……“クオリアを持たない有象無象など、所詮生きているだけの人形だろう? 何故クオリアを持つ我々人間が、人形の飯事に合わせて予定を考えなければならない?”」


 何をもってクオリアとされたのかがわからない以上、人々は好き勝手に考える。あまりにも長い間不明でい続けたため、それは主義思想となり、人間社会に溶け込んだ。

 思想の自由が確保され守られているのでどんな思想を持っていても頭ごなしに否定されることはないが、そこは人間。違いすぎる考えは、ストレスの素だ。

 フィーは余程ストレスを溜めていたのだろう、死んだ方がマシな目をしていた。


 が、次の瞬間、電車の連結部のドアが荒々しく開き、「おはようございますお姉様!」と言う声が辺りに響き渡った。

 挨拶、もといサービス担当のスイ。私たちの一つ下なのだが、ララの事をお姉様と呼び慕う崇拝者である。


「今何だかとてもお姉様を侮辱し否定する思想を差し向けられた気配がしたのですがどれからシメればいいですかお姉様!」


 まるでラスボス絶対殺すマンのような気迫で言い切るスイの姿に、フィーの目が少しずつ戻りだす。そんなフィーの様子に気付かず、さあどれから仕留めますかと流れるように聞き出そうとしたスフィアの後ろに、 ヒヤシンス色の髪をした少女が近づいて来て――頭をぺちりと叩いた。


「スイ、いきなり気配だけで競歩もビックリの速さですっ飛んでいくのやめてくれる!? ビックリしたんだけど!

 おはようございます先輩方。スイは何をやらかしましたか」

「ス フ ィ ア ?」


 その言い方はどういうこと、と言わんばかりの視線をものともしないこの子はスフィア。スイと同じクラスで、暴走した彼女を止めてくれる頼れる保護者ちゃんである。


「ごきげんよう、スフィア。ララに愚痴を聞いていただいていたところにスイが来ただけですから、何の問題もなくってよ。むしろ待っておりましたの」


 スイならこの手のことを怒ってくれるでしょう? と言うと、「つまり限界だったんですね?」とスイがジト目になった。

 フィーが限界になり、サービスを受けるのは今回が初めてではない。スイも辛いのは直接言われる本人なのだというのはわかってはいるが、最近はかなりの頻度である。


「お姉様ではないですけど、一度シメてしまった方がいいんじゃないでしょうか? フィー先輩ならサービスしますよ!」


 無駄に笑顔でそういうスイに、「思想迫害にならない程度にね」と釘をさす。それでも何だか今日は効果がないような気がして、今日は何があったか知らない? と言う視線をスフィアに向けてみた。


「バスに乗ろうとしたらクオリア上位思想の隣の住人に絡まれ、バスに乗り損ねたそうです。これでも大分落ち着いたのですが、本当に酷かったです」

「その場で抹消しなかっただけでも褒めてください」


 言われた内容を口にせず、耐えたことを褒めてというその瞳は、光ではなく殺意が煌めいている。

 あまりのヤバさに、フィーは「駅前のカフェの期間限定メニューを奢りますから、一先ずその殺意を収めてくださいませ」と告げた。


「私だけじゃなくて、ララお姉様とラヴィ先輩、一緒にいるスフィアにもですよ!」

「それ位ならお安い御用ですわよ。何時であれば都合がよろしくて? わたくしは今週ですと明日ですわ」


 フィーの提案に、後輩二人はどちらも大丈夫と返したが、私とララは「どうする?」と思わず顔を見合わせてしまった。


「あら? 何か予定を入れてましたの?」

「明日は一緒に献血に行こうってことで予約入れてたんだよね」

「献血? いつでも出来るのではなくって?」

「私達は血液型が縁で出会いましたの。珍しい血液型ですから、一回でも多く行っておきたいのですわ」

「そう言うことでしたの。では、今週の金曜日はいかがかしら?」


 フィーは納得し、次の候補を提案してくれた。今度は特に問題はなく、そちらに決まった。

 それ以降は特に何もなく、とんとん拍子で決まっていく。

 やがて最寄りの駅につき、学校に着いたと言っても過言じゃないほどのわずかな距離を歩いていく。私達は完全に油断していた。

 突如として振ってきた陰に反応が遅れ、何が起こったかを把握したスフィアの悲鳴に報いることも出来ず。


 状況が理解する隙も無く、私の意識は地面へと叩きつけられた。






 地面に散らばった欠片をすべて拾い上げたように、ふわりと意識が浮上した。そのままゆっくりと瞼を上げると、見慣れたラズベリー色が飛び込んできた。


「ラヴィ? 目が覚めましたのね! 良かった!」

「ララ……?」


 今にも泣きだしそうな顔で私の顔を覗きこんで来るララにどうしたらいいかわからず返答に困っていると、「貴女は数日意識が戻らなかったのですわ」と声を掛けられた。


「貴女は月曜の朝、落ちてきた看板が直撃して病院に運ばれましたのよ。覚えてまして?」

「……えっ?」


 それは一体どういうこと、と言おうとして、意識が途切れる直前にスフィアが叫んだ言葉を思い出した。

 “先輩、上!”

 おそらくあれは、落ちてきた看板を知らせるための物だったのだろう。けれど私は、それを生かすことが出来なかった。


「他の怪我人はいませんでしたけど、貴女が倒れた時にララが錯乱っぷりが酷かったですわ。ねぇ、ララ?」

「貴方だって十分パニックになったと聞いてますわ」


 お互い妙に隠したり誇張したりするのでどこまでが正確なのかがわからないが、その言い合いの中で引っ掛かる言葉が一つ。

 “私の血を使っても構わないから”……?


「……もしかして私、輸血を受けた?」

「ええ。今回貴方は輸血を受けたわ」

「……そっか」


 輸血。

 それは今まで避けてきた事態だった。というのも、輸血や臓器移植を受けたことがあると、献血することが出来なくなるからだ。

 命が助かったことに喜ぶべきなのはわかっている。けれど、ララとの大事な繋がりに罅が入ったような気がして、私は素直に喜べなかった。

 フィーが気付いたかどうかはわからないけれど、「あぁ、そうですわ」と何かを思い出し、話を変えてくれた。


「病院に搬送される前、四人で本の移植を試みましたの。 ちゃんと出来ているか確認していただいてもよろしくて?」


 本の移植。

 命にかかわるような大ダメージを負い、ページが減っている時に他者の本からページの提供を受けることで、減ったページを回復できることがあるというものだ。仮にページを移植できたとしても、大元が何とかならなければそのまま命を落とすし、持っても数分の足ししかならないという効率の悪い代物だ。


 私は自分の本を受け取って見て見ると、四枚ほど違う紙が継ぎ接がれていることが確認できた。

 本能的に、この四枚の紙が私を生かしてくれたのだと感じる。


「出来ているよ。ページ、ありがとう」


 これは早く元気になって学校に行けるようにならなければ。

 自然とそう思え、治療に意欲が湧いた。……湧いた、のだけれど。


 何かさっきからまっさらだったはずの本に文字が浮かんでいるような気がする。ララとフィーがクオリア持ちだからかな? と思ったが、自分のページでも文字が浮かんでいる。


 ……おかしい。私はクオリアを持っていなかったはずだ。

 なのにどうして、本に文字が浮かんでいて――その文字が読めるんだろう?


 あまりの意味の分からなさに、私は一瞬にして背景に宇宙を背負った。



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