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原罪者探し

第6回書き出し祭り提出作品です

「尊厳も何もありはしない延命治療で生存ではなく、意思を持って前を選んで生きていたい?」


 あまりにも絶望的に死に向かう中、死にたくないと足掻く俺――好恒道行に誰かがそんなことを投げかけてきた。

 現代技術では既に延命治療すら絶望的で、残る救いは死しかないということから全力で目を背けながらただひたすら生を望んだ。


「それが罪であろうとも?」


 この人が上に立つ現代社会において、現代技術以外に頼るのは罪であり、禁忌だ。そう刷り込まれて生きてきたが、この死に向かう現状では意味を成さなかった。

 死にたくない。生きたい。歩きたい!

 出ない声で出した意志に、身近な溜息と覚悟を決めたような声が返ってきた。


「……そう。確認は、したからな」


 罪であるはずなのに全く恐怖を感じず、ただぼんやりと上手く見えないその人を見上げていると、するりと刃が胸の中に入ってきた。


「生きろ。生きることを諦めるのを許さない――そう呪ってあげるよ」


 声が発せられた途端、刃が急に熱を持つ。反射で声を上げるも、下がってくれるはずもなく。

 熱が引くと同時に視界や思考、全ての機能を取り戻すと仕事は終わったと言わんばかりに刃が俺の身体の上を滑り落ちた。


「生きろ。生きることを諦めるのを許さない。そう呪ったからな。……死んでくれるなよ」


 祈るような声があまりにも苦々しくて、糸を手繰り寄せようと手を伸ばして――ぶつりと意識が途切れた。








 沈み込むような不安から脱出を図るように瞼を開ければ、そこには安全を象徴するような天井が広がっている。また今日もあの夢だった。


「おはよう、好恒君。その調子だとまた例の夢を見たようね。今日の朝の報告書は朝食食べながらにしましょう。カフェオレ入れてくるから、着替えて顔洗っておいで」

「わかりました、来夏さん」


 今日はパンだよと言うこの女の人は、雲越来夏。禁忌を犯した俺の監視者のようなものだ。

 カフェオレを入れに行った来夏さんを見送り、俺は身支度を始めるべく着替えを手に取った。




「さて、定時報告書の作成を始めましょうか。対象は大罪者・好恒道行、担当は重罪者・雲越来夏」

「よろしくお願いします」


 ここは現代技術が効かない異形が跋扈するこの世界において、抵抗手段を持っている団体――所謂対異形ギルドの各国地方支所だ。

 現在対異形能力を持っているのは、血筋や点で現れる先天的な保持者と、人とヒトならざるものが交わる禁忌を冒して発生する後天的な罪人の2種類。その前者の保護と後者の制御も担っている。罪人の内の大罪者と原罪者の監視・報告も仕事の内だ。

 俺は罪を犯すことで死を覆してしまったため、確定していないので仮だが大罪者となっている。

 ちなみに禁忌を行使した側を原罪者と言うそうだ。


「今日の夢の内容は?」

「いつもの、呪われた時の夢です」

「見え方や色を含めて、何か変化は?」

「全くありませんでした」

「そっか……」


 俺はあの夢の通り、俺を生かした人――俺の原罪者を見ているはずなのに全く覚えていないのだ。

 何度思い返してみても、話した内容は覚えているのに顔を一切思い出せない。手掛かりになりそうなことは全て黒くてざらっとしたものがそこに在るだけだ。


「いくら覚えていても呪いの文言だけはあまり言わないようにね」

「……はい」


 この人にそう言われて真っ先に思い出すのは、この人との出会いだ。

 あの時のカラクリに気付いていなかった俺は、後日強盗殺人未遂に遭った。

 恐怖で死にたくないと思った時には呪いが暴発し、その時に助けてくれたのが来夏さんとその夫。

 今お世話になっているのはその時の縁なのである。


「それにしてもなかなか身分確定にならないわよね……嫌がらせかしら?」


 遅いと文句を言ったとき、カチャリと鍵を使った音がした。


「ただいま」


 聞こえてきた男の人の声に、来夏さんは弾むような声で「お帰りなさい!」と迎えの言葉を言いながらぱたぱたと駆けていく。俺が行っても夫婦の邪魔なので、いつも通り戻ってくるのを待つ。





「おはようございます、遼さん」

「おはよう。ようやく身分が確定したぞ」


 戻ってきた来夏さんと一緒に来たこの人は雲越遼。来夏さんの夫である。

 長かったな、と言いながら遼さんは鞄から何かを取り出し、俺の目の前に置いた。


「本日付で好恒道行の身分を大罪者から原罪者探しに変更とする。異論がなければその許可証を手に取ってくれ。確認後、認証を行う」


 今から始めていいか? と聞かれ、はいと答えて手にとった。

「ではまず確認だ」と言いながら違う紙を出し、俺に問う。

 氏名、生年月日、原罪者名や呪いの内容、その他特記事項などだ。


「間違いはないな?」

「ありません」


 特に問題がなく俺自身について終わり、続いて原罪者探しに関する説明をする、と告げた。


「原罪者探しの説明をするのは規則だからな。確認だと思って聞いてくれ」


 これが終われば認証に移れるぞと言いながら遼さんは説明を始めた。

 要約すると、

 原罪者探しとは自分を大罪者にした原罪者を探している人を指す身分である。

 大罪者にさせられた時の呪いを解かせるか、相応の罪を贖わせるまで適応される。

 完遂すると身分が重罪者に変更になる。

 別途犯罪を犯すなどで剥奪があった場合は大罪者に変更される。

 異形討伐・災害派遣義務有り。

 身分の貸し出し・悪用は禁止。

 などだ。

 一つ一つ確認し直し、頷いていく最後に質問の有無を問われ、考えてみたが今の所は思い付かなった。


「もし分からなくなったり、細かいことを知りたいと思った場合、この手帳を読むと良い」

「はい」

「では認証作業に移ろう。手帳を開き、Mi esperas komenciと言ってくれ」


 ぱらりと開き、「Mi esperas komenci」と口にした。

 するとふわりと光って文字が浮かび上がった。次々に情報が増えていき、次いで手から腕にかけてに何かの模様を描きながら光が走っていく。

 模様が描き終わると同時に手帳が溶けて消え、さっきまでと変わらぬ手だけが残された。


「これで認証は終了だ。これで外に出ても原罪者探しとして保証されるぞ」


 そう言われても終わったと言う実感が持てずに曖昧に返事をすると、来夏さんが笑いながら言った。


「体内に埋め込まれても実感湧かないよね。設定済みの言葉でいつでも呼び出しが出来るわ」

「初期設定だとMontriだ。言ってみろ」


 オウム返しの要領で「Montri」と言った次の瞬間、認証の時に描かれていた模様が浮かび上がり、溶けて消えた手帳が出現した。


「出している間は紋章がずっと浮かび上がっているぞ。長期間浮かんだままだと身分剥奪を疑われて捕えられる事になるから、盗難紛失した場合はすぐに届け出てくれ。

 ああ、しまう時はFinoだ。やってみろ」

「Fino」


 言われた通りに言葉を口にすると、手帳がするりと消え、浮かび上がっていた模様も消えた。面白がって何度か出し入れしていると、何となく感覚が掴めてきた。


「慣れてきたら、次は武器だ。armilaroで出るぞ」

「armilaro」


 今度は別の色で模様が浮かび上がり、身長の半分越え位の両刃の西洋剣が出てきた。

 手にとってみると何の違和感もなく、むしろどこか見守られてるような感じがする。


「弾かれるような感じとか抵抗されるような感じとか、何かあると思うが、どうだ?」


 何かある前提で聞かれたが特に思い当たらず、ないと答えると「え?」と驚かれた。


「珍しいな。そんなことを言う奴なんて滅多にいないぞ?」

「別に条件があるのかしら? 今は不明とだけ報告しておくわね」

「しまう時はこちらもFinoだ。何度か出し入れしてこちらも慣れておいてくれ」


 不思議そうにしている二人にわかりましたと返し、言われた通りに口にした。

 手帳の時と同じように剣が消え、浮かび上がっていた模様も消える。

 慣れるために何度か出し入れしていると、見ていた来夏さんが「直しなのかしら?」と呟いた。首を傾げていると、理由を説明してくれた。


「リカッソがかなり長めに取られているし、この模様が途中で終わっているでしょう? 本当はもっと大きい剣だったんじゃないかしら?」


 そう言われ、本当はどれぐらいの大きさだっただろうと考えようとした時、ぱちりと何かが弾かれたような気がした。


「元の大きさがどれくらいだったにせよ、原罪者に関する記憶がない今、最大のヒントと言えるでしょうね。……ようやく原罪者探しの身分になったし、施設を見て回って専用通貨での買い物もしてみようと思ったのだけど……ハルさんはどうする?」


 疲れを察した来夏さんが寝てる? と聞くと、いや、と首を横に振った。


「ついていくさ。手帳渡された時に気の毒そうな顔されながら夫婦共々2週間の自由勤務を言い渡されたから、つまりはそういうことだろう。……出来れば少し、休みたいが」

「私たちに丸投げしたい、と。買い物、少し休んでからでもいいかしら?」

「はい、休んでいてください。食器洗ってきますね」


 大罪者なので行けなかった買い物に行けるという事実が、ようやく原罪者探しになったことに実感を与えてくれた。

 これで堂々とあの人を探しに行けるのだと思ったら、少しの待ち時間くらいは気にならない。


 準備を整えたら、俺の原罪者を探しに行こう。

 あの時掴めなかった糸を、今度こそは掴むのだ。


 そう思いながら、夫婦の時間を邪魔しないように食器を洗い始めた。


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