異世界観光はぬいぐるみと希望とともに
第25回書き出し祭り特別枠参加作品です。
第25回特別会場レギュレーション:パートナー必須
パートナー:べにやま しん 様
私はぬいぐるみが好きだ。
一方的に愛でる格下の相手ではなく、魂の伴侶として愛している。
だが、それは“普通”からは程遠いらしく。せっかく健康になったんだからと“普通の人”を装おうと努力したことはある。
けれどその結果、絶望しか齎さないのなら。
私には必要ない。
健やかな時も病める時も、それこそ死の淵を彷徨った時も共にいてくれたのだ。これからも共に在りたいと思うし、対等な存在として同じ存在になりたいと願ったこともある。
でも、ぬいぐるみの綿、というか、未来永劫逃れられないような絶望に隷属させるための器としてのぬいぐるみになりたいということではない。決してない。
……何を急にって?
それは私、内村 舞波は異世界人狩りに目を付けられ、狙われているところだからである。
異世界人狩り #とは
肉体を持った人間から意志を持つ器なきエネルギーを持った魂だけの存在に転化し、隷属させ、空の器に中身として入れ、誰でも使えて高性能で違法なぬいぐるみを作る行為、あるいはそれをする人。
だそうだ。
そう、素材として狙われている。私は今、異世界人なので!!
筆頭は、電撃系統の魔法を放つ小柄な狸のぬいぐるみと、非常に違和感を放つ眼鏡をかけたスーツを着た野郎だ。
ふざけんのもいい加減にしろ?
そうだね、ここが現代日本であれば。けれどここは動くぬいぐるみや精霊たちと人間がいて、魔法がある世界。冗談であってはくれない!
些細な救いは、この世界の人間に魔法が使えないこと、異世界人狩りで作られてぬいぐるみも欲しがる人も異常なこと、正しく動くぬいぐるみにはもっと自由があること、そして居合わせたぬいぐるみたちが私に情報を添えて逃がしてくれたこと……くらいかな!!!!
そのテンションは何だって?
現実逃避だYO!!
そもそも、私は転出届を出そうと役所に足を踏み入れたはずだった。なのに、違う世界の石畳を踏んでいた。ふざけんな。
異世界転移って、もっと、希望に満ち溢れたものだと思っていたんだけどなぁ。
転出届をぶちこんだ緊急脱出セットが重い。
ここにも希望はなかったらしい。
彼のぬいぐるみ曰く、こういう時にはまず神殿に行くべきとのことで、教えられた通りの道順を走っていたはずだった。
けれど、いつの間にか油膜が張ったような色味が広がっていて、道もわからなくなった。
一度立ち止まって考えてもいいが、嫌な予感がして走り続けた。――そしたらこれだ。
撒いても撒いても現れる眼鏡やぬいぐるみたち。何回目かのエンカで私はぬいぐるみと魔法の読みあいに失敗。ついに被弾した。
しかも麻痺系統。掠めた左腕は接着材がしみ込んでいくように固まり、じわりと動かなくなる。
それに気を取られた隙に、視界の外から飛んできた蹴りをまともに喰らう。
跳ね転げ、壁に激突。蹴りの主がクツクツと嗤う。
「よくここまで逃げ回れたな」
褒めてやるよ、と嘲るは異世界人狩りの一人、眼鏡のノヴァクだった。
「良い素材になろうで楽しみだなぁ? 異世界人よぉ?」
「誰が素材になるか、××××!」
それなりに汚いスラングで明確な拒絶を返したものの、ノヴァクは鼻で笑うだけだ。
「私にはまだやることがあるんでね、帰らせてもらう」
「本当に? 元の世界の縁が薄れる程に嫌なことがあったのに、本当に元の世界に帰りたいのか?」
冷笑というより正気を疑うと言わんばかりの視線に、私は元の世界の嫌なことを思い出す。“普通の人”を装おうとしたときに作った元彼と、それに加担する私の母を。
転出届が入ったままの鞄が、鉛と化す。
いつも見られていたのは、私の皮だけ。私を見ない。見ていない。
「よく考えろよ。絶対に覆せない、絶縁を願うほどの、絶望が煮詰まった地獄に帰るより、ぬいぐるみの一部となって縁切りを叶えてしまう方が、幸せじゃないか?」
癇癪を起こす子供を諭すような声が脳に木霊して――一体の、守れなかったぬいぐるみの姿がはっきりと蘇る。入院生活の支えであった子たちの一人だ。
ぬいぐるみを軽蔑する母は、元彼にあの子の居場所を教えた。
元彼は躊躇いなく原形を奪った。私の中の一番になれると思い込んで。
――私のいない、私の部屋で。
なんとか元彼と別れ、同学年の子たちに逃がしてもらったけれど、手遅れだった。
私の皮に執着する元彼と、私の皮を手柄としたい母は、逃げる私を許さない。逃げても逃げても探し出す。
でも、この世界から帰らぬことで、絶対的な絶縁が叶ったのなら。
ぬいぐるみに縫い込まれて、未来永劫、あれらを見ることがないのなら。
それは、それで。
心の底の奥底でぱちりと弾けた毒は、じわりとこの身を蝕む。厳重に隔離して隠し、元の色さえ忘れてしまったが故に強く。
「だから、ぬいぐるみになってしまえ」という声にも、何の音も返せない。
私の人生は。ただただ他人に隷属するもので、それのお気に入りの皮でなければいけないものだったのだろうか。自由を求めることが許されない運命だったのだろうか。
心が握り潰されそうになった、その時だった。
ぱきん、と何かが割れる音がして――私の頭の上にぽすんと何かが着地した。
[間に合ったー!]
よかったー、と明るい少女の声が、辺りに響く。
「何の用だ、くそうさぎ」
[博打のお誘いと、お前の邪魔かな。]
頭の上の何かはノヴァクの威喝を軽く流して、私の前にぴょこんと飛び降りた。
それはうさぎのぬいぐるみだ。白を基調とした布地に、青い目、そしてそれらを邪魔しない透かし編みのケープ。胸には後付けしたらしい小ぶりのブローチを輝かせていた。
[お姉さんお姉さん、ブローチ取ってもらえる?]
前足で私の手をてしてしされる。言われるがままに動かせる右手を伸ばす。少し時間をかけて外せたそれを差し出せば、うさぎは[それじゃあ先に邪魔を済ませようか]と前足を重ねた。
[『senenslosi』]
告げた言葉に呼応して、ブローチが私からほんの少し何かを吸い、それに見合わぬ閃光を放つ。光は上へ上へと延びて一定の高度にたどり着き、今度は水平に散っていく。
ぴし、ぱし、とひびが入る音がした後、ガシャンと音を立てて――空が割れた。
割れた空の奥には澄んだ紺碧色で、建物や路地裏、地面から油膜が張った色味が消えていく。目の前には元凶がいる以上、嫌な感覚は完全には消えてくれなかったけど、だいぶ楽にはなった。
「――てめぇ」
[お前、三日前の件と言い、異世界人狩りの暗黙の了解破りすぎじゃない?]
バカなの?
自分より遥かに小さいうさぎのぬいぐるみから言われたのが相当気に障ったのだろう。殺気のこもった罵声が放たれたが、うさぎはそんなものには慣れ切っていると言わんばかりに一瞥もしない。
異世界人狩りに暗黙の了解なんてあるんだ、という現実逃避じみた感想が思い浮かんだが、後回しにして別の言葉を紡いだ。
「あなたは一体…?」
[通りすがりの観光客だよ。
そして、あなたに博打の誘いに来たぬいぐるみ。まだ何も契約していないお姉さん、私と契約しない?]
わたしをまっすぐに捉える青い瞳は、まるで一人の人間として尊重されているような。それとに更なる地獄に連れていくためなのか。
もう誰を信用したらいいのかわからない。
頭を巡らせようと数拍の時間を費やしていると、「てめぇふざけてんのか?」という声が割り込んできた。あの男、こちらの話は聞いていたらしい。
「異世界人は強いぬいぐるみを作る素材だ。神殿の連中が邪魔してくることもあるが、どちらも契約は人間が相手だ。既にぬいぐるみのやつはお呼びじゃない」
[どうして?
この世界の人とこの世界のぬいぐるみだけじゃなく、異世界の人とこの世界のぬいぐるみの契約だってできる。なら、異世界のぬいぐるみと異世界の人だって契約できると思わない?]
契約を持ち掛けてきたのは私が異世界人だったからだろうか。そう聞けば、それも条件の一つ、と帰ってきた。
[お姉さん、異世界人狩りや神殿が使う世界に隷属する契約じゃなくて、私と世界と敵対しない契約を、しない?]
「……! それは、ぬいぐるみにならなくていいってこと?」
「それの支配下にならない、という意味ならイエスだけど……」
絶望以外を見た気がして食いつけば、曖昧な答えが返ってきた。
[契約時の文言の解釈違い、力量差の問題から、お姉さんが人間のままであるとは言い切れない]
つまり、人間でいられるかもしれないし、いられないかもしれない。
ぬいぐるみのほうがまだマシってこともあり得る。即答できないのはうさぎもわかっていたのだろう。一呼吸おいて[だから]と続けた。
[後払いにはなるけども、私と博打を打ってくれるのなら。
住む世界の自由をあげる]
元の世界に戻って元の生活に戻ってもいいし、元の世界のあれこれを片付けてこの世界に居ついてもいいし、全くの新天地に行ってもいい。
世界は一つじゃない。生きる世界など、一つでなくてもいい。
[どうする?]
住む世界の自由。
それは人間以外に転ずる可能性を孕んでいても、魅力に溢れるもので。全くの新しい希望だった。
天秤が傾くのは、すぐだった。
「博打を打つわ」




