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魔導書に名前を付けようとしたら全力で拒否られた件について

第22回書き出し祭り提出作品です

 暗けれど「それ」が無ではないように。影は必ずしも裏ではないように。宇宙色(コズミックラテ)が濃い色ではなく淡い色であるように。その海に浮かぶ星々を受け入れ守るように。

 初めて見たその時から焼き付いては消えない言葉がある。


 それは軽率に口にしてはいけない気がして、一度も声に乗せることなく心の奥底にしまい込んで大事にしてきた。それに泥を塗ってはいけないと、日々の鍛錬を欠かさなかった。

 そうして二十歳の誕生日の今日。継承した魔導書(人生を変えた憧れ)を手にし、希望があれば名前をつけていいと言われ。その言葉を初めて口にしたところ。



 当の魔導書に全力で拒否された。



 いっそ拒絶反応と言ってもいいような反応で、俺・中湖晴人は走馬灯の如くいろんな人の顔が浮かんでいく。

 視ることに特化した母。何の力も持たず視ることも出来ない父と弟妹。養父の中湖 仙一郎。金髪金目の背の低い少女。同じ大学の同い年の好きな人。そして、継承を祝うために集まって来てくれた人たち。

 俺は一人で魔導書を手に出来た訳ではない。

 のに。俺は。

 俺が魔導書を継ぐために費やされた時間を、爺さんの残り時間を、養子縁組することで途絶えてしまった家族5人の時間を、だめにしてしまったんだろうか。


 急に地面が割れたような気がして、膝から崩れ落ちた。浮遊感のない痛みが変わらず地面があることはわかったが、それしか認識できない。

 ふわりと浮く長髪の女性――継承したばかりの魔導書の化身に心配されている気がするのだが、うまく頭が働かない。

 冷や汗が頬を伝う。今この場には俺と魔導書の一人と一冊しかいないけれど、別の部屋には爺さんが待っているし、魔導書の継承をやると聞いた爺さんの知り合いが集まってきている。

 ……どうしようと固まっていると、浮いていたはずの彼女がふわりと俺の前に座った。


「私も仙一郎も、あなたが大事にしている何かがあるとは気づいていたし、そこまで大事にしているのなら、その言葉かそれに似た言葉を名前として登録すればいいんじゃないかって話になってた。

 ……でも、どんなに遠回しでも聞き出して確認すべきだったわ」


 それは落ち着いた上で頭を抱えていることがわかる声で、今までずっと大切にしてきた言葉は魔導書につける名前としては致命的なのだ、と突き付けられた。

 再起動しつつある頭をほんの少しだけ恨みながら、俺は諦めるための口実を探すべく口を開いた。


「……そんなに駄目だった?」

「えぇ。あなたを養子縁組するときに結ばれた約定が、最悪な形でだめになる。

 だって彼の書は既に存在してるんだもの」

「……え」


 彼の書は既に存在している。

 既に存在している。

 もうある。

 もうある?!?!?


 既に使われているから使えないってこと!?!?!?!?!

 先ほどまでとは違う衝撃に、思わず顔を上げる。

 これほど大切にしてきた言葉なのだから、誰かが先に使っていたとしてもそれは全くおかしなことではない。それならそうと言ってくれればよかったはずだ。

 なのに。

 告げた瞬間の恐怖で発狂したような叫び声が反響して離れてくれない。


「もしその言葉じゃなかったとしてもね、既にある名前と被ったり似てたりしても結果は同じだったわ」


 彼の言葉じゃなくてもダメな理由がある。ならばそれは諦める理由になる。そう判断して聞く姿勢をとれば、「すでにある名前を付けられない、とかの理由だったら話は早かったんだけどね」と説明を始めてくれた。


「昔、同じ名を付けられることを悪用してその書とその家を乗っ取ろうとした例が出てね。多発して、常套手段になったわ」


 いつの世も、偽物やなりすましは出現する。そう名乗ればいいわけだから。

 けれど、乗っ取りとは、なんだ?

 意味が分からないし分かりたくないが、彼女は説明を続けていく。


「戦争で大きく数を減らしたり、国家形態が変わったことで主流ではなくなったけれど、なくなったわけではないのよね」

「……うわぁ」

「そして数が減った分、昔は暗黙の了解として行われなかった一切の関係のない者への干渉が確認されているなど蠱毒と厄介が煮詰まってると聞くわ」


 周囲を巻き込んで普通に血を思わせる情報に、顔が限界まで引き攣っているのを感じる。

 だからこそ発生が確認されれば速攻で対処しなければいけないし、発生自体を阻止したいと思うだろう。

 ――さっきの発狂みたいに。


 あぁ、俺はそういうことを自らの手でやろうとしたんだ。

 それは、発狂するほどに拒絶して当然だ。


「止めてくれて、ありがとう」


 最悪をやろうとしてごめんなさいと、その言葉を魔導書にしてはいけないことへの納得と、最悪の阻止への感謝と。

 それらが合わさって行きついた先の結論を口にすると、彼女は意外そうに瞬いた。


「……その言葉が出てくるとは思わなかったわ」

「そう? 同じ理由で諦めることになってもやんわりと止められるより禍根が残らないし、たとえ人前だったとしても同じように止めてくれたでしょう?

 だから止めてくれてありがとうでいいのでは?」

「過程をすっ飛ばしすぎよ、それ」


 それを外で繰り返したらモテないからね?と呆れたように付け足された言葉にさくっと刺されるも、過程をすっ飛ばしすぎたことは事実なので「はい。」と小さく返した。

 若干顔が引きつったが、先ほどまでとは違うのがよく分かったのだろう。彼女は軽く息をついて切り替えた。


「晴人。彼の言葉は、諦めたと取っていいのね?」

「うん。

 これからもその言葉は大事にするけれど、だからこそ泥を塗りたいとは思えない。……かと言って、今は他に何も思いつかないけど」

「わかったわ。今日のところは保留、というところにしておきましょう」


 ひとまず彼の言葉が出たこと自体を隠して、思いつかなかったことで行くようだ。書的にはあってもなくてもいいらしいので、そこは安心。

 ……爺さんはちょっとがっかりするかもしれないけど。



「それにしても、あの言葉っていつから大切にしてたの?」


 ここから出たら当分聞くことは出来ないだろうから、と雑談を兼ねて聞いてきたそれに、俺はふっとあの髪色を思い浮かべながら答える。

「魔導書という存在と出会ったとき、かなぁ」


 昔、爺さんと養子縁組する前。逃げることしかできなかった頃。ふとした油断から妹の手を引いたまま怪異と遭遇した。

 妹を逃がすことには成功したけれど、もう逃げられない。死を覚悟して目を閉じて、あとは死ぬだけになった時。

 それが現実になる直前。

 

 割って入った金色が、全てを覆した。


 それは今まで逃げるだけしかできなかった自分には大きな衝撃で、強い憧れとなって焼き付いた。


「助けに来てくれたあの時にそう思ったんだよな。名乗られたわけじゃないのに」


 あの衝撃と共に何故かすっとそう思った。

 あれは一体何だったんだろうかと不思議に思うのだが、雑談として振ってきたはずの彼女のほうが何故かぐるぐると考え始めた。


「晴人。その時のあの子ってどんな見た目をしていたか覚えていて?」

「金髪金目の背の低い女の子、かな」

「……書の機能を使って確認してみてもいいかしら?」

「いい、けど……」

「よく思い浮かべて。あの時のことを。あの時の子を」


 ゆらりと何かが通過して、思い浮かべていたあの日の光景に急速にピントが合っていく。それに従って当時の感情も見た物も鮮明に蘇る。

 髪と目が金だけじゃなくて橙も入っていて、鮮やかできれいだ。でもあの言葉は変わらない。

 不思議に思っていると、確認した彼女の顔がギャグといったほうが早いような引き攣りかたをしていた。


「……その時に見た子を、その方をそうだと思ったことは褒めてあげる」

「?」

「その方は彼の家の当主で、その方が持つ書こそ彼の書、よ」

「……えっ」


 えっ???


「名前、聞いてないけど……?」

「でも、その上でそう思ったのなら、魔導士としての資質と言ってもいいわ。……会ったことを誰かに言ったことはあるかしら?」

「? 爺さん以外には言ってないかな」

「……そう。仙一郎以外に言ってないならそれでいいわ。後で仙一郎は〆るけど。」


 私は一切聞いてない。

 どす黒い呟きが聞こえた気がしたが、俺は何も聞かなかった。


「あの方とどうこうなりたい、とかは思ってはないのよね?」

「どう、とは、」

「憧れ以外に変なものが混ざってない?」


 変なもの?

 恋とか、愛とか?


「ない! それはない! あの子はちゃんと憧れだけど、好きな人はちゃんといる!!」


 高校の時に出会って大学で再会した、同い年の女の子で、ちゃんと違う人だよ!

 あの子と違うことを並べ立てていると、一緒に最初のお酒飲まないかと誘われたけど継承を優先して断ったことまで思い出した。

 ……二杯目は一緒に飲もうって約束したし。


 勢い余ってとち狂った方向へ考えが滑るも、「ちゃんと青春してるようで」という揶揄い交じりの声で急停止した。


「まぁ、あの方とどうこうなろうという気がないのならそれでいいわ。

 晴人。いつかあの方に、彼の家と彼の書に挨拶に行きましょうね」

「えっ?」

「今は魔導書を継いだばかりで、魔導士としては何もかもが足りていないわ。だから新しい目標にしましょう」


 誰かに悪意をもって使われるくらいなら、正々堂々正面突破して、持ちネタに昇華してしまえばいい。その言葉に成程、と思っているうちに、彼女は驚きを口にした。




「そして、挨拶することが叶ったなら、名前を願いましょう?」

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