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咲いた花は散るは覚悟、

第18回提出作品です

桜の花は血で染められている。


 都市伝説、フォークロア、ネットミーム。自分とは関係ないから――存在しないと思っていたから、一方的に娯楽として楽しんでいられた。

 だけど僕の目の前で、今。

 

 それらは物理法則の通用しない歪んだ街並みにて。質量を持って存在していて、僕らのお命頂戴をしていた。


 この場において、人間は2人。

 僕、神庭 静と彼女、国後 さきだけだ。

 彼女は年上のクラスメートであり、僕の好きな人でもある。


 秘密なんて言えたら格好良かったが、本人どころが学校中に知られている。

 というのも、彼女の悪い噂に対処しようと思ったら自爆したのだ。本人の目の前で。


 …そんなやらかしより、今はこの異常事態が先だ。

 初手は辛うじて避けた。しかし、逃げてるはずなのに行く先を潰され、硬かったはずの地面が急にぐにゃりと歪む。

 受け身をとることも敵わず、また繋いだ手を放すことも出来ずに派手に転んだ。何とか起き上がれた時には怪異は目の前、というか待っていたかのようにそこにいて。


 ガパリ、と口を開けた。


 身体が動かない。彼女だけでも逃がしたいと思ったところで、呼吸すらうまく行かない。それの口が迫って来るのを、黙ってみていることしか出来なかった。

 ――何かに弾かれるような音がするまでは。


「――えっ?」


 自分たちを食おうとしていた怪異が、何かに弾かれていた。混乱していると、ポケットから何かが零れ落ちた。

 先日友人たちからもらった石だ。

 何故か光をふわりとはらんでいて、幻想的ではあったけれど、今はきれいだと思う心の余裕もない。これは一体何だろう。首をかしげていると彼女から貰っていいかと聞かれた。


「それ、他人からのもらい物だけどいいの?」

「えぇ。今、これがいい」


 "今"これがいい。

 よく考えればおかしな言葉の響きに気付かず、それをそのまま彼女に差し出した。

 ふわり、と桜の花びらがよぎったような気がして、それが来た方向に目を向ければ。覚悟を決めたような国後さんの目と、目があった。


「ここから先は、私のことは見なくていいよ。ううん、見ては駄目。見ないで」

「国後さん?」

「あなたにこれを差し出させた私と違って、あなたは助けが来れば助けてもらえる。悪いのは、あなたに差し出させた私で、あなたは悪くない。

 悪いのは、私」


 まるで言い聞かせるかのような響きにどうしたのかと聞こうとして――トン、と頬に柔らかいものが触れた。

 その正体に気づいた時には、彼女が下がった一歩分の距離が出来ていた。


「私を好きでいてくれて、ありがとう」


 歳不相応なほどに幼く笑うその顔が最期の別れのようで。


「彼を守るために必要な対価をくれてあげるよ」


 だから起きろ。

 国後さんがそう言うや否や、あの石は強い光を放ち、脇差へと姿を変え、それを手に立ち向かう。

 いつもなら黒く塗りつぶした重い色の前髪で隠したさそうにしている桜色の瞳を、爛々と輝かせて。

 先ほどまでとは一転して、危険が少しづつ剥がれていく。けれどそれは国後さんと引き換えで。一歩間違えれば自身もその血の一部になってしまうのに、それすら美しくて目が離せなくなる。


 見ないでって言われたけれど、目を離した隙にいなくなってそうで怖かった。そして、それを見ているしか出来ない自分が、どうしても嫌になっていく。

 ……わかっている。この場において何の力を持たないのは僕だけで、抵抗手段を持つ彼女に守ってもらうほかないということは、どうしようもなく分かっている。

 それでも。好きな人に身を守らせること受け入れるしかないこの状況が、ふざけたくらいに情けなくて悔しい。


 結局、周囲の一層が終わっても、言葉を交わしても、ハイビスカス色の助けが来ても、あれらへの警戒と守ることへの執着が消えることもなく。重力が彼女の体ごと引き摺り落とす方が、先だった。






「検査の結果は異常なし、後は意識が戻ってからだな」


 あれから2日。

国後さんの意識はいまだ戻らず、僕と彼女はハイビスカス色の助け――ローゼリアさんに連れられ、検査を受けていた。


 あの歪んだ街に何の備えもなく走り回った事、あれらの体液に触れてしまっているからだ。特に国後さんは意識もない上に首筋に桜の花が咲き始めていた。

 診断名は花咲病。身体から直接花が咲いたり、身体が花に変質する奇病なんだそうだ。


「これ以上はすることもないし、暇だろうから帰ってもいい……だが、待つんだろう?」

「はい。ここで僕が出来ることは何もないですし、物理的に1人になるわけではないんですが、彼女を一人にしたいと思えませんし。」


 ローゼリアさんが「だろうな」と溜息をしながらハイビスカスティーを入れてくれた。

 花咲病の人はよく自分の花でお茶を入れるらしい。

 ……そう言えば、だ。


「ローゼリアさん、その石って何ですか?」


 歪んだ街に迷い込むまでは友人から貰っただけのただの石のはずだった。けれど。あの場所で国後さんに躊躇いはなく、使い方を知ってるかのように使ってみせた。

 なら、同じ花咲病であるローゼリアさんは知ってるのでは、と思って質問してみたが、「それは、」と言葉が詰まった。予想外の反応にどうしようかと考えようとしたとき、「核だよ」という声でぶった切られた。

 思わずそちらを向くと。さっきまで閉じられてた国後さんの目が、開いていた。


「未加工なら、対価さえ、払えるのなら、奇病を発症する必要なく使うことができる核。

 ……雑な対価の払い方をした覚えはあるよ。守れるのなら、それで良かった。使った後しばらく意識があったのも、今こうして意識が戻ったのも想定外ではあるんだけど。

私、何が残った?」


 ――私のことを好きでいてくれてありがとう。


 最後の別れのように聞こえたあの台詞は、僕の錯覚でも思い違いでもなく、彼女はそのつもりで言っていた。そのことに打ちのめされていると、「では私から言ってやろう」とローゼリアさんが、皮肉たっぷりに声を出した。


「五体満足異常なし、花咲病であること以外は完璧な健康状態だ、この格好つけ。」

「……は、」


 面食らって固まる国後さんに、ローゼリアさんはすかさず名乗らせた。


「それで? 未加工ならだれでも使えるとはどういうことだ?」


 皮肉気から一転、シヴァが庇っても尚ずたずたにするような気迫に代わる。僕に向けられたわけではないとわかっていても肺がつぶされたように呼吸ができなかった。けれど、向けられた側の国後さんは、「12年前のあの日に見たわ」と侮蔑の笑みで返した。


「能力に耐え切れず産廃となり果てて辺りにまき散らしたもの、使いたい能力と差し出した対価が噛み合わず焼け爛れたもの、能力を行使できたもののその場で対価を取り立てられて消失したもの」


 覚えがないとは言わせない。そういうかのようににっこりと笑って見せた国後さんに、僕は血まみれの彼女を幻視して、とっさに顔を背けて力任せに口を抑えた。


 国後さんに。

 一人、血まみれの状態で見つかったという噂はある。近所の人に拉致監禁されたという噂はある。年齢的に一致はする、

 だが、それは一人だった、はずだ。

 他の何かと一緒に見つかったという噂ではない。


「私の流れている悪評の一つの、近所の人に手籠めにされたというやつ。あれはお互いに冤罪。

 本当は。12年前のあの日、今回みたいに襲われた。大人十数人と、子供一人、それから、あの核が一つ。明らかに子供の私を、身を挺して守り、そして足を対価に転移能力を引き当てた人に逃がされた。」

「だが子供を逃がしたという話は……ああそうか、誰も生きてなかったな」


 生存者ゼロ、かつ思念を読み取れるものもなし。情報断絶だ。

 静まり返った空気に、沈黙が流れる。その間に何とか吐き気を抑え込み。力任せに抑えた手をはなす。何度か深呼吸をしていると、ふっと国後さんと目が合った。その目が、あのセリフを言った時と同じような気がして、ぞくりとした。


「国後さん、」

「神庭はこれを核だと知らず、私は核だと知った上で彼から奪い、使用した。罪があるのは私だけだわ」

「全てを被るから見逃せって?」

「ええ。今なら記憶抹消処理をすれば神庭だけなら平和な日常に帰れるでしょう?」


 当然のように己を対象に入れない国後さんに、ローゼリアさんはぶつりとキレ――「お前は花咲病で、我々の保護下に入る権利がある!」と言いながら何かを押し付けた。

 それはペーパーウエイト位の透明な石で、中には桜の花が咲いていた。


「それから、神庭。お前もおそらく花咲病だ」

「……な、」

「言っただろう。花咲病は虹彩の色が変わると。その桜色の虹彩色は花咲病のものだ。

 故に、記憶を消しても平和な日常に帰れるとは言えない」

「――っ」

「国後の望み通り、記憶を消してもいい。だが、これからも近くにいるつもりなら、お前も我々の保護下に入れ。」


 もしも花咲病でなかったとしても、何らかの手は打つ。お前がどうしたいかを決めろ。そう言いながら、今度は僕の目の前に置いた。誰も触れていない石は、ただの透明な石だ。

 国後さんは、僕がどうなっても巻き込まれる。その時に僕はどうしたい?


 守ってくれるから好きなのか? 守りたくなるから好きなのか?

 ――違う。


 そう思った時、自然と答えが出た。


「咲いた花は散るは覚悟、同じ散るなら隣が良い」


 目の前に置かれた石を、手に取る

 透明だった石の中は。桜の花が、浮かんでいた。

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