10.天啓
ジャニィは暫く黙って手帳に何かを書き込んでいた。そして、何か閃いたのか、突然手を打ったりしていたが、しばらくすると、またその表情は渋くなり、手帳を見つめたままペンを回したりしていた。
「なあ、なんとなく分かってきたんだが、どう考えても一つだけ分からないんだよな……」
ジャニィは半目で睡魔と闘っている王子に話かけた。
「うん……、なに?」
王子は目を擦りながら答えた。
「さっき、お前が言ってただろ? 俺の任務のこと」
「うん」
王子はまだ上の空のようだが、ジャニィは構わず続けた。
「たぶんだが、それは合ってると思う。祭事長は俺の任務を知っていた。だから街道で会った時も、王子が北へ向かったって言ったんだと思う。お前じゃなくて、シンクフォイルの方を追わせるためにな」
「えっ? マスケスはそんなこと言ったの?」
「あれ? さっき話さなかったか?」
「いや、初耳だよ。さっきはアルバのことしか聞かなかったと思うよ」
王子は眠気を振り切るかのように頭を振っていた。
「そうか、まあ、それはいいや。で、お前を殺さなかった理由も同じだと思う」
「同じ?」
「そうだな。例えば俺がシンクフォイルを追って見失ったとする。そうすると俺はお前の情報を求めて、あちこちで聞き込みをするはずだ。任務があるからな」
ジャニィがそこまで言うと、王子が「何が同じなの?」と割り込んできた。
「いいから最後まで聞けよ」
ジャニィは王子を制すると続けた。
「聞き込みをしている最中にだ。本物の王子であるお前が、シンクフォイルとは別の場所でフラフラしてたらどなる? 北の村へ行く王子を見た。はたまた西へ歩いている王子の姿を見た。なんて言われたらどうだ?」
ジャニィはペン先を王子に向けて意見を待った。
「そうだね。どっちに行っていいか迷うね」
「だろ? たぶんだが、祭事長がお前を生かしておいた理由はこれだと思う。俺を迷わせることが目的なんだよ」
ジャニィが、そう言い切ると、何か不満があるのか王子が浮かない顔つきになった。
「ジャニィ、あのさ、シンクフォイルの顔って覚えてるよね?」
「なんだ? 突然、そりゃあ覚えてるよ。当たり前だろ?」
「じゃあさ、例え迷ったとしても、シンクフォイルを見つけたら……、ジャニィなら僕じゃないって、すぐ分かるよね?」
「確かにそうだな」ジャニィは黙り込んでしまった。
すると王子は、さらに続けて言った。
「それにさ、ジャニィの任務がなかったら、僕はマスケスに殺されてたかもしれないんでしょ? でもさ、なんでマスケスは、そんなことするのかな?」
王子の言葉にジャニィは反応した。
「そこなんだよ!」
ジャニィはペンを振って、もう一度王子を指した。
「祭事長が、なぜこんなことをしているか、そこが分からないんだよ!」
ジャニィが語気を強めて言うと、王子があっさりと答えた。
「えっ? じゃあ、マスケスに聞いてみようよ」
ジャニィには天啓だった。
なんでもっと早く気付かなかったんだ?
もっとも単純な方法。
祭事長なら王宮にいることが分かっている。明日の朝にでもここを発てば、夜には王宮に着くだろう。殆ど出掛けることもない祭事長なら、王宮に戻ればいつでも捕まえられる!
「お前! 見かけによらず頭いいな!」
ジャニィは王子に向って声を上げた。
「えっ? 何が?」
王子はキョトンとしている。
「祭事長だよ! そうだよな、祭事長なら王宮に帰ればいつでも話を聞けるな!」
「えっ、うん、そりゃ、そうだよね……」
王子は、なおもキョトンとしていた。