2.年輪の仮面
「そっか、この馬車、御者席には、風よけがないんだね!」
王子は、吹き付ける冷たい風に目を細めていた。
「それは、そうですぞ。王子の長旅に備えて、荷台を広く取ってありますからな」
「だよね……でもこれじゃ顔が寒くてたまらないよ」
「そうですかな?」マスケスがチラッと横目で王子を見た。
「そうだよ、マスケスは髭もあるし、帽子もあるから平気なんじゃないの?」
「ふむ、まあ、そうかもしれませんな。では、王子、少しの間、本当に運転を代わって頂けますかな」
「もちろん! そのために出てきたんだからね」
王子はマスケスから手綱を受け取った。
すると、マスケスは、先ほど王子がやったように、客室の小窓に体を突っ込みだした。
「うわっ、何やってるの? マスケス? 危ないって!」
自分の行いを棚に上げ、王子が不満を漏らす。
マスケスは構わず座席の後ろを覗き込み、ガサゴソと荷物を探りだした。
「ありましたぞ!」
マスケスが、そう言うと、何やら平べったい物を持って振り返った。
王子は前方を注意しながら、マスケスの方を向いた。
「なにそれ? お皿?」
マスケスは体勢を直すと、そのお皿のような物を、顔の前に掲げて、マジマジと見つめていた。
「王子、この仮面を付けては、どうですかな?」
そう言うと、マスケスは仮面の中心から外側へ向かって一度指を滑らせると、ヒョイっと王子の膝元に仮面を置いた。
王子は手綱をマスケスに返すと、膝の上に置かれた仮面を手に取った。
仮面は……仮面というより切り株を思わせた。真上から見た切り株だ。
ご丁寧に仮面の中心から同心円状の線があり、いかにも年輪を思わせた。
仮面の上部には三角の模様が二つあり、そこが目に当たる部分と思わせた。
見ようによっては、先ほどの年輪の中心部分が鼻のようにも見える。
「気持ち悪いね……これ仮面なの?」
王子は見たままの感想を呟いていた。
「仮面ですぞ! 年輪の仮面といって、オークの灯台守をしていたころ、現地の幻導師から譲ってもらったものでしてな。なんでも、それを被って暖かな過去を思い出すと、不思議と体も温まるという、オークに伝わる秘宝ですな」
「へー、すごい物なんだね」
王子は仮面の表面をなでたり裏返しにしたりして検分している。
「被ってみなされ、三角の部分が目の部分ですぞ」
「ふーん」
王子は仮面を顔に当てた。
すると、年輪の仮面はわずかに青白く光ると、切り株の根の部分がヒョロヒョロと動き出し、王子の頭を包んでいった。
「なっ! なにこれ?」
王子が慌てて仮面を引き剥がそうとするも、根は瞬く間に伸び、既に王子の後頭部まで達していた。そして、根の一部は王子の耳の中にも入り込んでいった。
「うう……」
王子はうめき声を漏らす。
仮面の内側からも根が伸び、今度は王子の口の中にも根は侵入していった。
「ゲフっ、い、息ができない……」
王子は手足をバタつかせてもがいている。
「大丈夫ですぞ、根が行き渡れば収まりますぞ」
マスケスは冷静に言った。
仮面の下で王子が涙を流し、息苦しさに耐えていると、突然何事もなかったかのように、呼吸ができるようになった。
そして、それと同時に今まで仮面で閉ざされ何も見えなかった視界が一瞬で晴れた。
「すごい! 息もできるし、前も見えるよ! まるで何も付けてないみたいだ!」
王子が感嘆の声を上げた。
「ふむ、あとは暖かな思い出ですな。思い出してみなされ」
マスケスは満足そうに仮面の王子に向かって言った。
「うん、やってみるよ」
王子は、子供時代の楽しい記憶を呼び戻していた。
「どんな思い出ですかな?」
マスケスが優しく尋ねた。
「昔のこと」
王子が、フッカ王とのお馬さんごっこを思い出していると、不思議と体が暖かくなった。
「ほんとだ! 寒いのもなくなってきたよ! すごいね! この仮面!」
「でしょうな。オークの秘宝ですからな……」
マスケスは、王子の仮面の年輪が少しずつ外側へ広がり、輪が増えていくのを確認すると、髭で隠れた口元を少しだけ上げた。




