12.王子たち
マスケスは別邸に入ると、奥の暗がりを幻導力灯で照らした。
すると、相変わらず王子が気持ちよさそうに眠っている姿があった。
マスケスは王子を起こさぬよう静かに近づいていった。
そして、マスケスは王子の前までやってくると、大胆にも王子の懐に手をやり、そこから『王家の紋章』を素早く奪い取った。
一瞬、王子が小さな声を漏らすと、その勢いで寝返りを打ち、マスケスに背を向けた。
マスケスはひやりとして、少しの間、息を潜めたが、王子はそのまま、また寝息を立て始めた。
「さて、このポンコツ王子はどうしますかな?」
マスケスは王子の処遇について考えていた。
「まあ、ヴォーアムの鎧や紋章を持たず、こんな格好でその辺をフラフラと歩いていても、誰も王子だとは気付きませんな。それにジャンセン君のこともありますな。彼を欺くにも丁度良いですかな。では、もう少しだけ眠ってもらいますぞ」
マスケスは青白く光る右手で、一度だけ王子の頭を撫でると、別邸を後にした。
――
マスケスが門柱の前に止めてある馬車に戻ると、シンクフォイルがアルバの亡骸を馬車に乗せているところだった。
アルバは大きめなナイトガウンに包まれ、目から流していた血は綺麗に拭き取られていた。
マスケスがその様子を眺めていると、シンクフォイルは客車に座らせたアルバの頬にキスをすると、別れを惜しむように、ゆっくりと馬車から降りた。
「マスケス、どこに行っていた?」
マスケスは、シンクフォイルの質問を無視して、先ほど王子の懐から奪ってきた『王家の紋章』をシンクフォイルの前に差し出した。
「王子、これをお忘れですぞ」
シンクフォイルは紋章を受け取り、一度だけ裏側を確認すると、それをすぐさま懐にしまい込んだ。
マスケスは、シンクフォイルの動作が、あまりに自然過ぎたためか、少しだけ困惑した。
部屋に居たときのような、王子とシンクフォイルの間で揺らめくようなことは、もうないのだろうか? 既に王子そのものになってしまったのだろうか?
そこで、マスケスはシンクフォイルに確認するように言った。
「王子、旅はご存じですな」
「旅? 『真王の証』の事か? それがどうした?」
シンクフォイルは、それは当然だ。という顔つきになり、その後、少し呆れた口調で続けた。
「言葉を刻むだけだろ? しかし、簡単なものだな? こんなもので王になれるとは……」
「まあ、そう言いなさるな。国を導く言葉は、王子の信念を持って刻んでほしいですな」
「同然だ! 王になるための儀式そのものに意味は感じないが、王として国を導くことの重要性は分かっているつもりだ。父を見習い、民が幸福に暮らしていける国を維持することが、私の使命だと感じている。そのための言葉を旅で探すとしよう」
マスケスはシンクフォイルの顔で、いやシンクフォイルの言い回しで、王子としてヴォーアム王国の未来を語る姿に違和感を覚えた。
やはり、この目の前にいる男は、本質的にはシンクフォイルなのだろう。その振る舞いや言動は、相変わらずシンクフォイルそのものだ。王子の記憶を持ったシンクフォイル。いや、自身が王子だと思い込んでいるシンクフォイルと言ったところが正確なのだろうか……。
本物の王子をよく知るマスケスにしてみれば、それは、よほど本物の王子よりも王子らしい振る舞いであり、国を治めるものとしての覚悟が現れているようにも思えた。
「王子、少しだけ顔をこちらに近づけてくだされ」
マスケスはシンクフォイルの顔に手をかざすと、王子の顔を思い浮かべた。
そして、それをシンクフォイルの顔に吐き出すと、シンクフォイルの顔が、たちまちに王子の顔に変わっていった。




