8.思い出
夢?
シンクフォイルは目の前に広がる景色を見回していた。
どこかの城の中のようだが、ヴォーアムの王宮ともまた違うように思える。
晩餐会か? ザワザワと大勢のざわめきが遠くで聞こえる。それに混じって、男の声も聞こえた。
「どうだ、坊主! 儂の馬は早いだろう!」
シンクフォイルは大きな背中に跨り、どうやらお馬さんごっこをしているようだ。
私は……、笑っているのか?
シンクフォイルは駆け回る大きな背中の馬に必死でしがみつき、振り落とされまいとバランスを取っていた。
「なかなかやりおるな! このぶんだとヴォーアムは安泰だな!」
馬はそこで大きく笑うと、嘶くように立ち上がり、シンクフォイルを振り落とした。
シンクフォイルは小さな自分が、跳ねるように舞い上がり、そして、青を基調としたフカフカの絨毯の上へ転がり落ちるのを感じた。
「もうー、いたいよー」
小さな自分は両手でおでこを押さえて不満を漏らしていた。
すると、周囲からいっそうの笑い声が響き、目の前の馬の大男が笑顔で近づいてきた。
「うむ、これは、すまんことをしたな」
大男が、そう言って、シンクフォイルの頭をクシャクシャと撫でた。
シンクフォイルは、大きな手に首が持って行かれるのをこらえながら、上目遣いで大男の顔を見ていた。嫌な気分はしない……、自然に笑顔がこぼれ、暖かな気持ちになった。
そこで、シンクフォイルが言葉を発しようとすると、突然目の前が暗くなり、次の瞬間には別の場所にいた。
「これは?」
シンクフォイルが疑問を漏らすと、目の前でマスケスの声が聞こえた。
「シンクフォイル殿、王子の記憶はいかがですかな?」
マスケスが、シンクフォイルの顔を覗き込んでいた。
「マスケス先生? これはいったい?」
「王子の記憶ですぞ」
「王子の記憶? 今のは……、夢ではないのですか?」
「そうですぞ、記憶ですぞ……、受け取りなされ、そしてお忘れなされ……」
そこで、マスケスの声が遠ざかっていった。
すると、また突然場面が変わり、今度は見慣れたヴォーアム王宮の中庭に佇んでいた。
少し離れたところに少年の日の自分がいる。
それに、あれは? ジャニィさん?
シンクフォイルが見つめていると、ジャニィが何か手の中から赤い物を出し、それを少年の自分に向かって投げつけていた。
「あっ! あれは……、あの時の?」
シンクフォイルは王宮での鍛錬を思い出していた。
あの時、ジャニィに負けた悔しい思い出。
あの時、剣術の腕を上げようと決心した気持ち。
しかし、心の中は羨望で満たされ、ジャニィに駆け寄りたい衝動でいっぱいになっていた。
あの時の、王子の思い出? 記憶? なのか?
「どんな思い出ですかな?」
空の上からマスケスの声が響いた。
「不思議だ……、私の記憶と王子の記憶が混ざり合っていくようだ」
シンクフォイルが誰に言うでもなく、そう呟くとマスケスが答えた。
「そうですな。シンクフォイル殿は王子と近しい関係でしたからな。同じ場面であれば思い出は交じり合うかもしれませんな。それでいいですぞ。受け取りなされ、私からのプレゼントでもありますからな」
空から響くマスケスの声が遠ざかると、再びシンクフォイルの視界が暗転し、今度はどこかの宝物庫らしい場所でうずくまっていた。