5.呪い
しばらくすると、アルバの呼吸が少し落ち着いた。
相変わらず体中から血を流してはいるが、どうやら眠っているようだ。
マスケスとシンクフォイルが、それを確認すると、ベッドの向こう側、暖炉の前の椅子に、二人そろって腰を下ろした。
二人はテーブル越しに向かいあい、お互いの体の半分だけを温める暖炉の炎を感じていた。
「さて、シンクフォイル殿、ボーモンティア様は、いつ頃お亡くなりになられましたかな?」
マスケスが唐突に質問をすると、呆けていたのか、一瞬の間をおいてシンクフォイルが答えた。
「ええ、父は……、今朝方かと思います。あるいは夜中のうちであったか……、朝いつものように父の部屋を訪ねると、既に冷たくなっていました。アルバのようにそこら中血だらけで、顔は苦痛に歪んでいました」
シンクフォイルは目に涙を浮かべて続けた。
「夜中のうちに気付いていれば……」
シンクフォイルはそこで涙を流した。
「そう仰りますな。シンクフォイル殿のせいではありませんな」
「しかし……」
シンクフォイルは納得できないのであろう。言葉を詰まらせながら続けようとするが、なかなかその先が出てこなかった。しばらく苦悶に顔を歪ませると、己に決心したのか、右手で涙を拭って続けた。
「しかし、いったいなぜこのような病魔が? 父だけなら分かります! 元から具合が悪かったのですから……しかし、なぜダウリカやアルバまで? これは呪いなのでしょうか? マスケス先生なら、何かお分かりになるのではないですか?」
「ふむ、呪い、そうですな。シンクフォイル殿はシュラバリーの呪いはご存じですかな?」
「シュラバリーの呪い……、ええ、なんでも、その昔、大陸側の諸王国との争いが絶えなかった時代に、半島を守る要である東の洞窟を守る際、洞窟内に立て籠もりコウモリを食べて空腹を満たしていたことが原因とか……」
「そうですな、原因はそれですな。ただ、それは呪いではなく病ですぞ。今でもこの地方の村々では、コウモリを食した後に度々同様の病が発生していますぞ」
「そんな、しかし今となってはコウモリなど食べていませんよ」
シンクフォイルは強く否定した。
「コウモリだけではありませんな。もしかしたらですが、山犬や山猫、それに山猿なども含まれるかもしれませんぞ。シュラバリーの血は、その辺りへの抵抗が弱いのかもしれませんな。心辺りはありませんかな?」
マスケスがそう言うと、シンクフォイルはハッとした顔つきになった。
「やはり心当たりがありそうですな……」
「ええ、滋養を付けた方が良いと言って、先日ダウリカが山猿を取ってきました。この辺りには山猿なんていないため、随分と遠方まで行ったようですが……まさかそれが……」
シンクフォイルは肩を落としている。
「そうですな……、そういう意味ですと、私にも罪の一端がありますな。先日お伺いした際、ダウリカ殿に滋養のあるものをボーモンティア様に与えるよう言ったのは私ですからな。しかし、まさかこの地方にいない山猿を取ってくるとは思いませんでしたな……、コウモリ程度の大きさのものなら、お渡ししておいた薬で抑えられたはずですな……、しかし、これは誠に申し訳ないことをしましたな」
マスケスはテーブルに額が付くくらいに深々と頭を垂れた。
あまりにも長い間、マスケスがテーブルに伏しているので、シンクフォイルは慌てて言った。
「いっ、いえ、先生、顔を上げてください」
マスケスが顔を上げると、シンクフォイルは続けざまに質問をした。
「先生、しかし山猿を食べたのは父だけです。それなのに、どうしてダウリカやアルバまで?」
「ふむ、それが呪いではなく、流行り病の証ですぞ」
マスケスは一度そこで言葉を切ると、シンクフォイルの目を見て続けた。
「ボーモンティア様を看病なされてたのは、どなたですかな? ダウリカ殿やアルバ殿ではなかったですかな?」
「ええ、そうですが、それが何か?」
「病を患ったものへの接触ですな。各地で起こる流行り病を研究すると、だいたいは患者への接触で伝播していくことが分かりますな。きっと今回の病もそれが原因だと思いますぞ。人から人への伝播……、まさに呪いと言ってもよいかもしれませんな」
『呪い』が合言葉になったのか、マスケスがそう発すると、突然ベッドの上のアルバが呻き声を上げた。そして、再び呼吸が荒くなり、手足を痙攣させ始めた。
シンクフォイルがそれに気づくと、勢いよく立ち上がり、ベッドの脇へ屈み込んだ。
「シンクフィル殿! 手を握ってはダメですぞ!」
すかさずマスケスが声を掛ける。
すると、シンクフォイルは一瞬だけ躊躇うと、マスケスの方へ振り向き鋭い視線で睨んだ。
「そんな! アルバが苦しんでるんですよ!」
シンクフォイルはマスケスの言葉を無視して、アルバの手を握った。
「アルバ! アルバ!」
そして、叫び続けるシンクフォイルの前では、ガクガクと小刻みに震えるアルバが、今にも断末魔の叫びを上げそうな勢いだった。




