1.出立
カブリオレは街道を東に向かって走っていた。
王子の馬車は最新式のカブリオレだ。乗車人数は二人と少ないが、旧式のクーペに比べれば倍の速度が出せる。王子の旅立ちに合わせて製造された試作品だが王宮の技術の粋を集めて造られたものだ。車輪にはバネによるサスペンションが使用され悪路でも安定して走れる。客車部分には蛇腹の折りたたみ式幌が備え付けられており風雨から搭乗者を守ることもできた。
「王子、申し訳ありませんな」
後方に座り屋根越しに手綱を操るマスケスが寒さで震える声で話しかけてきた。
「私の用事でシュラバリー邸につき合わせてしまって……」
「うん? いいよ。最初から一人旅ってのも、ちょっと不安だったしね。それに、久々にシンクフォイルに会えるのも楽しみだよ」
王子は揺れる白馬の尾を眺めながら幼馴染の顔を思い浮かべていた。
シンクフォイル・W・シュラバリー。
荒地の領主、ボーモンティア・M・シュラバリー辺境伯の長男で、王子とは同い歳だ。
幼い頃に王宮で共に学んだ学友でもあり、王子の親友でもあった。
祭事学の授業を抜け出して二人で森を探検したことが良い思い出となっていた。
その後、王子が王宮の宝物庫に閉じ込められたことは、シンクフォイルは知らない……。
「シンクフォイル殿ですか……、もしや、またお二人で悪さでも企んでおいでですかな?」
マスケスがチクリと言う。
「さすが祭事長だね! 心を読んだの?」王子は笑いながら言った。
「心など読まなくても、それくらいのことは分かりますぞ!」
「まあ、そう言わないでよ。あの時のお詫び。マスケスも中に入りなよ。この寒さではシュラバリー家に着く前に凍えてしまうよ」
王子はそう言って、幌を全開にして背後のマスケスを呼び込んだ。
「まったく、調子の良い事を言いますな」
マスケスは手綱を握ったまま、後部の運転席から器用に乗り込んできた。
「では、行きますぞ!」
そう言って、マスケスがムチを入れると王子のカブリオレは更にスピードを上げ、北風のごとく疾走して行った。