10.犯人
「どんな様子だ?」王子は隣の部屋から戻ってきたイソダムに聞いた。
「大丈夫そうです。まだ眠っていますよ。それに、足の傷も予想通り元に戻っています」
イソダムはそう言いながら、テーブルに付いた。
「身体の方はせいぜい一歳くらい若くなっているだけでしょうね」イソダムはそう続けた。
「身体の方は、か……」王子は、いたたまれなくなり、ウォッカを口にした。
「ええ、やはり精神的には一〇歳前後でしょうね。でもまあ、いずれは身体に追いつきますよ。こればっかりは時間が解決するしかなさそうですがね」
「時間か、皮肉なものだな」王子が項垂れる。
「ところで、彼女の記憶はどこまであるんだ?」王子は訊いてみた。
「時間を遡っているのです。当然記憶も一〇歳くらいまでですね」
「そうか、それは辛いな。気付いたら突然見知らぬ土地か。私だったらパニックになる」
「王子が?」イソダムが軽く笑って続けた。
「まあ、そうかも知れませんね。でも幸いその辺りは何とかなりますよ。幻導力で徐々に慣れさせていきます。私が居たことがせめてもの救いですよ」
イソダムはにっこりと微笑んだ。
「よく言うな。お前にとっては単なる研究対象だろうが」王子が軽蔑する。
「まあ、そうですが、研究者は研究対象を蔑ろにすることはありませんよ。それに聡明そうな女性だ。きっといつかは私の助手くらいにはなって頂けるでしょう」
「彼女は元々記者だった。おまえの研究日誌を付けるくらいは容易いはずだ」
「なるほど、それは良いアイデアですよ、王子」イソダムはまんざらでもなさそうだ。
「ちっ」王子は自分の罪悪感を舌打ちで打ち消して、ウォッカを飲み干した。
「イソダム、もう一つの件だが……私はどうやって帰るのだ?」
王子はグラスをテーブルに置いた。
「ああ、そのことですが、ちょっと時間が必要です」
「おい、また時間か?」王子が少し呆れた口調で言った。
「ええ、オーロラが出るまでには、あと一、二週間ってとこでしょうか?」
イソダムがそう言ってテーブルの上に置いてあった小さなカレンダーに目をやった。
「オーロラだと?」
「はい、人を一人未来に送るんだから、それなりのエネルギーが必要になります。今日の氷のドームでは到底足りませんからね」
イソダムが日にちを数えている。
「オーロラってまさか……反転させるのか?」王子は恐る恐る訪ねた。
「うん? そうですよ! よく分かりましたね」
イソダムは感心している。
「そんなことがあるのか? まさかオーロラのクレバスの犯人が私だなんて……」
「犯人? なんのことです?」言葉尻を拾いイソダムが問いかけてきた。
「なんでもない。が、イソダム、やはりお前は大幻導士だよ」
王子はそう言うとグラスを掲げイソダムに乾杯した。
「よく分かりませんが、ありがとうございます」
そう言うと、イソダムは自分のウォッカを飲み干して、またジェニーの様子を見に隣の部屋へ行ってしまった。