9.幼子
王子は急いでイソダムの元に駆け寄った。
「イソダム!」王子が倒れているイソダムに声を掛けるが返事がない。
死んでいるのか? 王子は不安になり、イソダムの手を取り脈を確認した。
どうやら死んではいないようだ。意識を失っているだけだな。
王子がほっと胸を撫で下すと、突然背後から声が聞こえた。
「ここどこ? さむーい」
子供のような口調だが、声色はジェニーだ。
「ジェニー!」
王子が振り返ると、そこには上半身だけを起こして、目をパチクリさせているジェニーの姿があった。
「ジェニー、無事か? 大丈夫なのか?」
王子がそう言ってジェニーに近づくと、突然ジェニーが悲鳴をあげた。
「キャー、何? あなた誰?」ジェニーは怯える表情で、後ずさって行く。
王子はあっけにとられジェニーを見つめていた。
「うう、どうやら成功したみたいですね」後ろでイソダムの声が聞こえる。
「イソダム、大丈夫か? しかし、どう言うことだ? ジェニーはどうなっている?」
王子がイソダムにそう聞いている間もジェニーは怯えきった表情でお王子たちを見ている。
「ええ、私は大丈夫です。しかし、ジェニーさんは混乱状態なのかも知れませんね。どれ、私が見てみましょう」
そう言ってイソダムがジェニーに近づくと、ジェニーはまた悲鳴をあげた。
「大丈夫ですよ」
と優しい口調でイソダムが近づいても、ジェニーは叫び続け、その辺の雪を手当たり次第に掴むと、それをイソダムに向かって投げ続けた。
「うーん、どうやら少し戻り過ぎたみたいですね」
イソダムはそう言いながら振り返り、王子の元へ歩み寄った。
「どういうことだ?」王子は泣き叫ぶジェニーを見ながらイソダムに聞いた。
「本質は無事に戻ったみたいですが、少し戻り過ぎたみたいです。身体はあの状態ですが、中身は一〇歳くらいの子供ってとこでしょうか?」イソダムも少し困惑している。
「そんなことがあるのか?」
「どうでしょう? 私にも初めての実験でしたからね。でもまあ成功と言って良いでしょう。現に生き返っていますよ。素晴らしい、の一言ですよ」
イソダムは学者の顔に戻りつつそう言った。
「ふざけるな!」
王子はなぜかだかやり場のない怒りが込み上げてきた。
「あんなになってしまって、ジェニーはどうなる!」
王子はイソダムの胸ぐらを掴んでいた。
「どうなるも何も、死んでいるよりは良いでしょう」
イソダムはそう言って、王子の手をはらいのけた。
「ひとまず家へ戻りましょう。ここにいても埒があきません」
イソダムは傍に落ちていた杖を拾うと、怯えるジェニーに再び近寄って行った。
そしてひと言だけ何かを囁いて杖を振ると、コトンと糸が切れた人形のようにジェニーは崩れ落ちた。
「大丈夫ですよ。少し眠ってもらいました」
王子が何かを言う前にイソダムがそう言って、ジェニーを担ぎ上げてソリへ乗せた。
「行きましょう。王子」
王子は仕方なく、イソダムの後を追った。




