2.大幻導師イソダム
ひとしきり食事が済むと、体に生気が戻ってくるのが感じられた。
「どうでした? お口に合いましたか?」男が尋ねる。
「ありがとう。とても美味しかった」王子は素直に感想を述べた。
「それは良かった。では、まずは自己紹介といきましょう。私はイソダムというものです。この辺境の地でちょっとした幻導力の実験を行っています」と男がイソダムと名乗った。
「イソダムだと? なんだ? 大幻導士の真似事でもしているのか?」王子が尋ねる。
「大幻導士の真似事? それは少し失礼ですね。私は誰かの真似などしていませんよ」
イソダムはそこで少し間を開けると、王子の目を見て続けて。
「まあ、いいでしょう。それより、あなたはヴォーアムの王族ですね」
「なぜ知っているんだ?」王子は少し驚いた。
「いえ、先ほどあなたをこの家に連れて来た時に、その紋章を拝見させていただきました。V字の柊は王家の紋章でしょう。それにその身なりです。旅の商人には見えませんからね」
とイソダムは少し冗談交じりに言った。
「ああ、鋭いな」王子は懐の王家の紋章を探りながら答えた。
「ありがとうございます。社会学も多少は嗜んでいるのですよ」
イソダムは少し自慢げな顔つきだ。
「ところで、なぜヴォーアムの王子がこんな所にいるのです? しかも雪の中で倒れているなんて尋常じゃありませんね」イソダムが疑問をぶつける。
「ああ、その事は私も聞きたい。ここがノーザン・スノー・アッパーランズである事は分かった。だが、私は自分の意思でここに来た覚えはない。気が付いたらそこのベッドの上だ」
王子はそう言うと先ほどまで寝ていたベッドを指した。
「ほう、それは興味深い。では無意識でやって来たと?」イソダムが尋ねる。
「いや、そうではない。私は先ほどまで、市庁舎にいたのだ。そこで爆発に巻き込まれたと思ったのだが……」王子はまた困惑してきた。
「市庁舎が爆発? 何か夢でも見ていたのでしょう。私があなたを見つけたとき、あなたは行き倒れのように半分雪に埋もれかけていましたよ。発見がもう少し遅れれば、あなたもきっと死んでいたでしょう」
「あなたも? そうだ! ジェニーはどうした? フッカ王は?」
王子はジェニーとフッカ王の事を思い出した。
「ジェニー?」イソダムがなんの事かと聞き返す。
「赤いベレー帽の女性だ。それとフッカ王はどうした?」王子は一息早に尋ねる。
「赤いベレー帽。ああ、残念ながらその女性は既に息絶えていました。もう少し発見が早ければ……」イソダムは申し訳なさそうに俯いた。
「そんな……、私のせいで……」王子は言葉に詰まった。
「それに、フッカ王ですか? どなたか存じ上げませんが、あなたと一緒に倒れていたのは、この女性だけでしたよ」
「フッカ王がいない? どういうことだ?」王子はまた困惑した。
「私が雪原で見つけたのは、あなたと女性だけです。近くで確認したらあなただけ息があったので、ここへ連れてきました。それが昨日の事です」イソダムはそう説明した。
「イソダム、すまない。狂っていると思われるかもしれんが、私の話しを聞いてくれないか」
王子はそう言うと、市庁舎での経緯を話し出した。




