11.潜入
ムリダと別れた後、王子は新聞社へ戻った。
「ジェニー、川の桟橋でベレー帽を見つけた。キミと同じ赤いやつだ。たぶんガウスのものだろう」王子はジェニーにそう伝えた。
「ガウスは?」ジェニーが不安そうに聞き返す。
「ガウスはいなかった。あったのは帽子だけだ。川上を捜索しようと思ったが、この暗さだ。さすがに難しい」王子は静かに言った。
「そんな、きっとユガレスの奴らに捕まったんだわ」
ジェニーはそう言うと二階へ駆け上がり、装備を整えると勢いよく下りてきた。
「おいっ」王子はドアへ向かうジェニーの腕を掴んだ。
「どうするつもりだ? ジェニー」王子が声を上げる。
「決まってるでしょ、今からもう一度市庁舎へ行って、ガウスを助けるのよ」
ジェニーは王子の腕を振りほどこうとしている。
「助ける? なぜガウスが捕まっていると思うんだ?」
「記者の直感よ。信じて!」ジェニーはそう言うと王子の目を見つめた。
……本気だな。王子はそう感じた。
「分かった。私も一緒に行こう」王子はそう言うとジェニーの腕を離した。
王子とジェニーはオボステムタイムズを出ると、川と海の交わる辺りの桟橋へ行った。
そこには小舟が何艘か係留されていた。その中の一艘にジェニーが乗り込こんだ。
「早く」そう言ってジェニーが手を差し伸べてくる。
王子はジェニーの手に捕まり小舟に乗り込んだ。
「これで行くのか?」王子はバランスを崩しそうになりながらジェニーに訊ねた。
「そうよ。櫂はそこ」ジェニーは小舟の先端に座り、王子が立つ後方を指差して言った。
王子はゆっくりと座り、不慣れな手つきで小舟を漕ぎ出した。
王子たちは港の大橋を抜け、先ほどベレー帽を拾った辺りまでやって来た。
「この辺だ。さっきガウスの帽子を見つけたのは」王子はそう言って桟橋の辺りを指した。
「そう、こんなところまで流れてきてるなんて」ジェニーは桟橋の小舟を見つめている。
「ガウスの船じゃないわね。やっぱり囚われたと考えるのが自然よ」
ジェニーは自分自信に言っているのか独り言のように言った。
王子は船を漕ぎ続けている。
さらさらと流れるせせらぎに王子の櫂がギコギコ鳴っている。
「ジェニー、君とガウスの関係は?」王子は静けさに負けて聞いてみた。
「うーん、相棒であり師匠ね。私がオボステムタイムズに入って以来ずっと一緒にやってきたわ。新人の頃はいろいろ教わったし、四年前の市街戦を取材していた時は怪我をして歩けなくなった私を助けてくれたわ」
王子は聞きながらも船を漕ぎ続けた。
「いえ、それ以外も助けられてばかりよ」ジェニーはいろいろ思い出しているようだ。
「いつも私が無茶な取材をやろうとすると、必ず協力してくれた。今日だって反対されたのに、それでも一緒に来てくれて……」ジェニーは俯いている。
「三叉橋だ。どっちに行けばいい?」小舟は川の合流地点まで来ていた。
「真っ直ぐよ。橋を抜けて少し行ったら船から降りるわ。ユガレス側の岸に付けて」
王子は小舟を岸に寄せた。
ジェニーは素早く小舟から飛び降りると、ロープを杭に結びつけて小舟を固定した。
「こっちよ。見える? あそこが下水道よ」
そう言って、ジェニーは暗がりの中、僅かに見える鉄格子の辺りを指差した。