10.赤いベレー帽の男を探せ
「そういえば、ガウスが遅いわね」
ジェニーは壁掛けの時計を見ながらつぶやいた。
「ガウス?」王子が尋ねる。
「ええ、さっき一緒に下水道まで行った同僚よ。番兵に見つからなければ、一緒に小舟で戻る予定だったの。さっきあなたが来た時はガウスかと思って扉を開けてしまったのよ。迂闊だったわ」
そういうと、ジェニーは窓から外の様子を伺った。
「大丈夫なのか? 私がここにきてから、かれこれ一時間は経つぞ?」
王子は懐中時計を見ながら、なぜかムリダのことを考えていた。
「心配だわ。ちょっと様子を見に行って来ようかしら?」
「こんな時間にか? いくらキミとはいえ、女一人では危険だろう? 私が代わりに見てこよう」
「そんな、悪いわ」ジェニーが申し訳なさそうに言った。
「構わない、いろいろ聞かせてもらったしな。それにガウスが戻ってくるかもしれないんだろう? そのためにもキミはここにいた方が良い」
王子はそう言ってジェニーを説得した。
「聞き忘れたが、ガウスはどんなやつだ?」
王子は先ほど外した剣を受け取りながらガウスのことを聞いた。
「白髪のオコイ人の男性よ。私と同じようなオボステムタイムズの赤いベレー帽を被っているわ」
「わかった。見つけたらここに連れて来よう」
王子はそう言って階段をおりて行った。
新聞社を出ると、王子はムリダを探した。
「ムリダ、ムリダ?」と小声でムリダを呼んだ。
おかしいな? あいつはどこに隠れたんだ?
王子は辺りを見回しながら右側の川の方へ向かった。
港湾監査局の建物を右に曲がると、突然ムリダが現れた。
「王子!」
「うわ!」王子は暗がりから飛び出してきたムリダに驚いた。
「ずいぶん長かったな? で、女はどこだ?」そう言うとムリダは辺りを見回した。
「彼女は犯人じゃない」
「なんだって? 引き渡す約束だろう?」今度はムリダが驚いている。
「捕らえたら引き渡すと言ったろ?」王子は冷静に言った。
「捕らえたらって? 逃してきてるだろ!」ムリダは怒りだした。
「ふざけるな。俺が捕まえてやる」
ムリダは王子を払い退け、新聞社へ向かおうとした。
「そう、怒るな。もう一人の犯人候補がいるぞ!」王子はガウスのことを持ち出した。
「もう一人?」ムリダは足を止めて振り向いた。
「ああ、市長舎に向かったが、まだ戻って来ていないらしい。こいつも赤いベレー帽を被っていたそうだ」嘘は言っていない。
「ほんとか?」ムリダは困惑している。
「ああ、そいつを探しに行くぞ」王子は有無を言わさず、歩き出した。
決して納得した訳ではないが、ムリダは渋々王子の後に付いて行った。
「またか、強引な王子だな」ムリダがポツリと言った。
王子とムリダが川沿いの道を歩いていると。小舟の桟橋に引っかかっている赤いベレー帽が見えた。
「ムリダ、帽子だ」王子が指を指した。
ムリダが堤の下を流れる川へ身を乗り出して王子の指差す方を見つめている。
「下に降りる方法はあるのか?」王子がムリダに尋ねる。
「少し上流に行けば階段がある。あそこだ」
そう言うと、ムリダは階段の方へ走り出した。
王子もムリダに続く。
階段を下り桟橋まで来ると、ムリダは帽子を拾った。
「王子、帽子の持ち主はどこだ?」
王子は辺りに帽子の持ち主がいないか確認したが、誰もいなかった。
「ここにいないのであれば、流されて海の中か?」王子が物騒なことを言った。
「そんな早い流れじゃない。いるとしたら上流だ」
そう言ってムリダは目を細めて川上を眺めている。
「暗くて見えないな」ムリダがボヤく。
「そうだろうな。捜索は明日、日が昇ってからにするか?」王子が提案する。
「明日? 冗談じゃない。このまま取り逃がしたままで帰れるか」ムリダが拒絶する。
「では、どうする? この暗闇の中、川さらいを続けるか?」
ムリダは神妙な顔になり、何かを考えているようだ。
「分かった。でもこの帽子は預かっておくぞ。証拠だからな。それと、この通行証もだ」
「いいだろう。では明日の朝にさっきの詰所に来てくれ。うちの警備兵も動員しよう」
王子はそう言ってムリダと別れた。