7.ジェニー
どうやら記者魂に火が付いたようだ。
丸い鉄板に金縁が施され、中央には二枚の柊の葉がV字に模られている。
その柊の葉には小さなエメラルドが敷き詰められ美しいヴォーアムグリーンの輝きを放っている。
女性は紋章に夢中だ。大きな黒目をキラキラと輝かせて紋章の表や裏を興味深げに観察している。
「この金縁、柊の模様、そしてエメラルドの数からして、これは偽物じゃないわね。いったいどやって盗んだの?」
「盗んだ?」王子は声に出して笑った。
「馬鹿を言うな、本物だぞ」
女性はきょとんとしている。
「いいわ、一応信じましょう。仮に盗んだものだとしても、これほどのものを盗める腕があるってことですもんね」女性はまだ繁々と紋章を観察している。
「信じてもらえたのなら、返してもらえないか?」王子が手を差し出す。
「待って、スケッチしていい? これは記事になるわよ」
そう言うと王子の返事を聞く前に机の上の紙を適当に取り、紋章のスケッチを始めた。
「記事はやめてくれ。一応身分を隠して旅をしてるんでね」
王子は机の上の紋章を取り上げた。
すると女性は「あっ」と言って玩具を取り上げられた子供の様にふくれっ面になった。
「それより市庁舎の件だ」王子は王家の紋章を懐にしまいながら言った。
「記事にしてイイなら教えてあげるぅ」さっきの子供っぽさが残る言い方だなと王子は思った。
王子は少し迷ったが、今はフッカ王に会うことを優先した。
「分かった。記事にしていいから教えてくれ」
「やったー」と女性は可愛く飛び上がって喜んだ。
「じゃあ、もう一回それを見せてちょーだい」
王子は新聞社の窓から夜の海を眺めていた。
港の大桟橋の灯台が明るく灯っている。
そういえば、ムリダはどこに隠れたのだろう?
「スケッチは終わったか?」
机に向かい一生懸命にスケッチを続けている彼女に振り向いた。
「ええ、もう少しよ。よし、出来た」
と女性は書き上げた紙を顔の前に持ち上げ、出来栄えを確認している。
王子はそのスケッチを覗き込んだ。
「上手いもんだな。今度王宮に絵描きとして紹介しようか?」王子が冗談を言う。
「本当に? それも悪くないけど、ジャニィの奴と同じ職場はなぁ」女性はボソッと言った。
「ジャニィ? 王宮にいるのか?」王子が尋ねる。
「そうよ、双子の弟、私と同じ、黒髪黒目のオコイ人よ。書記官のジャニィ・E・ジャンセン。知ってるかしら?」
ジャニィ? 知っている気がするが、なぜか思い出せない……。
王子はこめかみのあたりにチクりと痛みを感じた。
「いや、すまない。知っている気もするが……、近頃は王宮にも人が多くてな」
「そうよね。盗賊ですものね」女性がいたずらっぽく微笑む。
「また、それか……」王子は天井を見上げた。
「それにしてもキミの家系はみな物書きなのか?」
「そうね。ジャンセン家は代々文書に関わって生きてきたわ。私は父の影響で街の新聞記者になったの。祖父の代から続いているジャンセンレポートって見たことない? 半島のあちこちに配布されてるわよ」
「ジャンセンレポート? ああ、あれか、あれをキミが?」王子は少し驚いた。
「そう、ジェニー・F・ジャンセン、もしこの名前を見かけたら、私を思い出してね」
そう言うとジェニーは王子に向かって軽くウィンクをした。