4.ムリダ
「では、本題に入ろう」王子が真剣な顔つきで言った。
「フッカ王の暗殺について知っていることはあるか?」
「それは言えない、国家機密だ」ムリダはきっぱりと言った。
「それはそうだな。では言い方を代えよう」王子は一呼吸おいた。
「フッカ王は元気か?」
「それも言えない」またきっぱりとムリダ。
「そうか、困ったな」
王子が顎先に手を当てながら思案していると、また兵長が口を挟んできた。
「王子、先ほどこいつの仲間は暗殺未遂の女を追っている、と言っていました。であるならば……」
「なるほど、それならば存命というわけだ。良かった」王子の表情が少し和らいだ。
「昔な、私がまだ幼い頃だが、父に連れられて、ガリ城を訪れたことがある。湖に面した、それは美しいとこであったが、その時にどういう訳かフッカ王が私の相手をしてくれてな。幼い私はそれが王とも知らず、馬にさせて、その背中に乗り多いにはしゃいでいた……」
王子は昔を懐かしみながら続けた。
「あの背中、そう、あんなにも優しかった王がなぜこのような戦争を引き起こしたか? その訳をどうしても知りたくてな。先日、久しぶりにガリ城を訪れたのだが、王は不在だった。そのまま北のユガレス城へ足を延ばそうか迷ったのだが、先にこちらへきてみた。そうしたら、市庁舎にいることは掴めたのだが、やはり会うことは難しかった。そこで宿屋で思案していたらキミだ」
そこで王子はムリダの目を見た。
話しを聞いていたムリダは、ふっと軽く息を吐くと両手で軽くテーブルを叩いた。
「なるほど、フッカ王にお会いしたいと」
「そうだ」王子の口元が上がる。
「残念だが王子、俺にそんな権限はないよ」
「簡単なことだろ、少し取り入ってもれえればいい」王子は諦めない。
「その見返りに女を捕らえるというわけか?」ムリダが質問する。
「そうだな、なかなか察しがいいな」
「うーん……」ムリダは何かためらっているようだ。
「なんだ? 問題でもあるのか?」王子が尋ねる。
「問題ねぇ、問題はあるな」ムリダは意を決して続けた。
「王子よ、実は俺はユガレスのもんじゃない。いや、今となってはユガレスの国民かもしれんが、元々はこのオボステム市民だ。オボステムの防衛隊に所属していた。フッカ王が乗り込んで来る前まではね」
「ほう、それの何が問題だというのだ?」王子が質問する。
「お前は馬鹿か?」ムリダは呆れたように言った。
「生粋のユガレス国民じゃない俺は下っ端ってことだよ。ただの番兵がどやって王に進言できると思う?」ムリダは首を左右に振っている。
「そこか、それなら問題ない。初めからそこまでは期待していない。市庁舎に入れさえすれば、そこから先はなんとかするさ」王子は造作もなく言った。
「はっ? それだけか?」ムリダは拍子抜けした。
「ああ、それだけで十分だ。どうだ? できるか?」王子は確認した。
と、そこへ応接室の扉がノックされた。
「入れ」と警備兵長の声が響く。
扉が開き、先ほど女性を追跡していた2人の警備兵が息を切らせながら入ってきた。
「どうした?」警備兵長の声が続く。
が、その落胆した表情を見れば誰の目にも明らかだ。
きっと女性を取り逃がしたのだろう。
「逃げられました」左側の警備兵が案の定そう言った。
声を荒げそうになる警備兵長を先まわりで制して王子は言った。
「分かった。下がれ」
「王子!」警備兵長とムリダが同時に呼びかける。
「ああ、捜索に行くぞ! 兵長、ムリダに通行証を発行してやれ」
「王子、こいつを連れて行くのですか?」警備兵長は驚いている。
「そうだ、元オボステム市民だ。本国から派遣されているお前らよりも地の利があるだろ?」
「そうですが……」警備兵長は不服そうだ。
「私がついている。問題なかろう」
「そうですが……」警備兵長はやはり不服そうだ。
「ちっ、王子が!」小さな声で警備兵長が舌打ちした。