3.落ちこぼれ
ジャニィが騎士団への入団を決意したのは、少なからず、この父の死の影響があった。
必死で捜索を行ってくれた騎士団への感謝もあったが、なにより、自分の手でトロザー島に向かい、そこに眠る父を探したいと思った。
それは無謀なことだと分かっていたが、当時のジャニィには、そう思うことしかできなかった。
しかし、騎士団へ入団したジャニィは落ちこぼれだった。
絵描きを目指していたジャニィは、それまで、体を動かすことはあまりしてこなかったからだ。
剣術の鍛錬では、まともに剣を振ることもままならず、また、基礎体力向上の鍛錬として王宮の中庭を走る際は、いの一番で音を上げていた。
そんなこともあり、ジャニィは下の階級である子供たちと共に鍛錬することが多くなっていった。簡単に言えば、騎士団としては落第である。
ジャニィにしてみれば、五、六歳も年の離れた子供たちとの鍛錬には、少し恥ずかしいところもあったが、役割的には子供たちをまとめ上げる担任の先生的な立場でもあった。
その子供たちは概ね、王族の子供か、諸侯の貴族階級の子供たちだったため、ジャニィにはない気品を持ち合わせているように思えた。また、黒髪黒目のオコイ人そのものであるジャニィから見れば、スラリと手足の長いヴォーアム人は、それだけでも優雅で気品にあふれているように思えた。
しかし、その中に気品のない少年が一人だけ混じっていた。
金髪に碧眼で見た目は良い。しかし、いつも自由奔放で、興味のあることにはすごい集中力を発揮するが、それ以外のところでは、誰の目に分かるほど怠けていた。
それが王子だった。
「ねえ、ジャニィ、シンクフォイルを打ち負かすには、どうしたらいい?」
王子は木刀をクルクルと回しながら、中庭に端に座り、子供たちの剣術の鍛錬を見守っていたジャニィの元にやってきた。
「シンクフォイルか、アイツは剣の腕がたつからなー、それに、あれだけ真面目に鍛錬されたら、お前みたいなポンコツ王子には一生かかっても無理だぞ」
「そんなー、一生だなんてー」王子が口を尖らせる。
「ああ、でも勝負は剣だけじゃないぞ。例えば幻導力で一瞬まやかしを作って、その隙にとか?」
「えー、そんなの卑怯じゃん」
「いいんだよ、卑怯でも! 勝ちは勝ちだろ」
そう言うとジャニィは、王子の木刀を奪って立ち上がった。
「おーい、シンクフォイル、俺と一戦手合わせしないか?」
そう言って、ジャニィは素振りを繰り返していたシンクフォイルを呼んだ。
「いいですよ、しかし、ジャニィさんじゃ、私には勝てませんよ」
シンクフォイルは、そう言うと、美しい型で木刀を構えた。
「だろうな。まともにやったら、俺にだって勝てないことくらい分かるさ」
ジャニィがそう言うと、シンクフォイルは少しだけ首を傾げた。
「いくぞ!」
ジャニィは木刀を右手に持ち換え、左手を背中の後ろに回した。
そして、そのまま、シンクフォイルに向かって静かに走り出した。
シンクフォイルはすかさず、木刀を振り上げ、切りかかる体勢に入る。
その瞬間、ジャニィは左手に真っ赤なリンゴを出現させると、それをシンクフォイルの顔を目掛けて投げつけた。
シンクフォイルは突然現れたリンゴに、一瞬驚かされたが、瞬時に木刀を振り下ろし、リンゴを叩き落とそうとした。
が、シンクフォイルの木刀は、リンゴをすり抜け空を切る。
バランスを崩し、一瞬シンクフォイルがよろけた。
そこを逃さず、ジャニィは木刀の先端をシンクフォイルの喉元に当てた。
「はい、俺の勝ちぃ」
ジャニィは引きつるシンクフォイルに向かってそう言った。
「ず、するいですよ、ジャニィさん! そんな戦法……」
「ずるくてもいーの! 実戦だったらお前は死んでんぞ」
「そ、そうですけど……、実戦だったら、今のは盾でかわしてましたよ」
シンクフォイルが言い訳のようなことを言った。
「盾?」
「はい、我がシュラバリー家に代々伝わる盾があれば、今のリンゴなんて……」
「へー、お前の家にはそんなもんがあるのか? でもな、もし盾があっても俺が勝ってたな」
「な、なぜです?」
「お前が盾を持ってたら、俺はリンゴじゃなくて、もう少し大きめな岩を出した。そうすれば、真面目なお前は盾でそれを受けたはずだ。だが、その盾も空を切る。拍子抜けだ。その一瞬をつけば……、きっと同じだな」
「うっ……」
シンクフォイルは言葉が出なかった。
「なあ、シンクフォイル、お前も王族の子だから仕方ないかもしれないけど、いかんせん真面目過ぎるぞ。そんなんじゃ、いつか足元をすくわれるぞ」
シンクフォイルの顔に悔しさが滲んでいた。
「ジャ、ジャニィさんに、そんなことを言われる筋合いはありません」
「まあ、そうだな。俺は平民の落ちこぼれだからな……」
ジャニィは踵を返すと王子の元へ歩いて行った。
「ジャニィ! すごいよ! 今のどうやったの? 教えて」
王子が目を輝かせている。
「今のか? よし、じゃあ左手を出してみろ」
「こう?」
「よし、リンゴを思い浮かべろ」
王子が左手に集中し、うーんと唸っている。
「出た!」
「なんじゃこりゃ? それでもリンゴか?」
王子の手にリンゴともオレンジとも分からない謎のフルーツが揺らめいている。
「えー、なんでジャニィのリンゴはあんなに綺麗なの?」
「俺か? 俺は元々絵描きだからな、こういうのイメージするの得意なの」
ジャニィは、ニッと歯を見せた。
「ふーん、いいなー」
「まあ、王子もそのうち出来るようになるさ、ほら、その訳分からんフルーツで、シンクフォイルの相手をしてこい」
ジャニィがけしかけると、王子は木刀を持ってシンクフォイルの元へ走っていった。




