1.片腕
「秋に差し掛かると言うのに、この暑さはたまらないな」
「この暑さには慣れないものでさぁ」
「お前に言ってないぞ。独り言だ。しかし、またその訛りか?」
ジャニィはくすりと笑った。
「そりゃぁ、すんません」
「まあ、いいや、それよりダムイの村までは、あとどれくらいだ?」
ジャニィは大きめな手帳を開きながら尋ねた。
「もうすぐそこでさぁ。見えますかぁ?」と御者は丘の向こうを指差した。
ジャニィは馬車の窓から顔を出し、御者の差す方を眺めた。
黒髪が頬をさする。
「王子の足取りが分かればいいがな……」
生暖かい風がジャニィの呟きを絡め取って後方へ運んだ。
「よっと、ちょっと待っててくれ」
村の近くまで来ると、ジャニィは馬車から軽やかに飛び降り、村の中へ入っていった。
村はどんよりとしており、人の気配がしない。
「村、だよな?」ジャニィは首をキョロキョロさせながら歩いていた。
「寂れてるねえ、本当に人が住んでるのかねえ?」
ジャニィは村の中心部にある井戸までやってきた。
「水は……あるのか? これ?」ジャニィは井戸を覗き込み「おーい、おー、響くねぇ」って、何やってるんだ? オレは。
「さて、廃村だね」
「えーと、真歴一四九八年一〇月、ダムイの村は廃村。王子の痕跡なし」
と、ジャニィがメモを書き込もうとすると、廃屋の影から一人の少女が現れた。
「うおっ!」突然のことにジャニィは危うくペンを落としそうになった。
「えーと、お嬢ちゃん、この村の人?」ジャニィは優しく尋ねた。
コクンと小さく頷くと、少女は半歩後ろに下がった。
「あのー、少し話しを聞いてもいいかな? ほら武器とか何も持ってないからさ」
ジャニィは両手をあげながら、少しずつ少女に近づいていった。
「いきなりだけど、その腕、どうしたの?」なるべくにこやかにジャニィは尋ねた。
少女は、ちらっと失われた左腕を見た。
「その、何かあった? 村の人も少ないみたいだし」ジャニィは微笑みながら続けた。
「悪魔が来たの」少女は淡々と話しだした。
「悪魔? いつ来たの? もしかしてその悪魔に村をめちゃくちゃにされたとか?」
ジャニィは感が良い。
「そう、夏に来た。夜。いきなり光る剣を持った悪魔がきた。お父さんを……」
「光る剣? 聞かせて」ジャニィはペンを走らせながら続きを聞いた。
「そう、光る剣で切られるの。みんな切られたの。私の手も切られたの」
「なんで、いきなり切られたのかな?」
「わからない、村のお祭りでやる、狼の魔法をみんなで練習してたの」
「狼の魔法?」
ジャニィは、手帳をパラパラとめくり、この村に伝わる神事に目を通した。
「なるほど、神狼祭か。幻導の幻覚作用に、獣姿……」ジャニィは呟いた。
「そう、神狼祭。準備してたの。今年は食べ物が少ないから、みんなでやろうって。お肉もいっぱい無くなっちゃったから、みんなで頑張ろうって……毎日練習してたの……」
そこまで言うと、少女はワンワンと泣き出した。
「そうか、辛かったね……」
ジャニィはゆっくり少女を抱きしめた。
「みんな、死んじゃった。悪魔に殺されちゃった」
少女は泣きながら、しばらくその言葉を繰り返していた。
「ねえ、最後に一つだけいいかな? その悪魔はどっちの方から来たのかな?」
ジャニィは少女の目を見て尋ねた。
「あっち、川の方」と少女は残った右手で涙を拭きながら、御者を待たせている場所とは反対側の方向を指差した。
「そっかぁ、あっちか、よし、じゃあ一緒に行こう」
ジャニィは無理やり少女の手を引いて御者の元へ歩いて行った。