表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Journal Journey ~魔王罪として処刑する~  作者: 柚須 佳
おまけ 沈没する車輪 真暦1500年1月~真暦1505年9月
109/110

5.沈没する車輪

「王子? だから……何を……言っているの、で、す、か……」

 シンクフォイルの声が、だんだんと小さくなっていった。

 そして、それに連動するかのように、みるみると顔が青ざめていった。

「大丈夫ですぞ、覚えているところから、仰って頂ければ良いのですぞ?」

 マスケスが、優しい口調で促した。

「私は……私は、気付いたら雪深い森の中に居て……寒くて、村まで必死に歩いて……そう、そうしたらアルバに似た少女に助けられて……」

 すると、唐突に、シンクフォイルが叫び出した。

「先生! アルバが! アルバが死にました!」

「やはり、混乱しているのですな……でも、大丈夫ですぞ、アルバ殿は大丈夫ですから」

 マスケスは、肩をさすりながら、シンクフォイルを、なだめてやった。

 すると、突然、今度は自信に満ちた表情になると、おもむろに懐から『王家の紋章』を取り出した。

「マスケス、これをどうするつもりだ?」

 余りにも唐突だったため、マスケスは声が出なかった。

「マスケス! 聞いている? の……か……」

 と、また、急に声のトーンが下がると、表情を歪ませていった。

 あの時と同じだった。

 アルバが死に、絶望に苛まれ、王子の記憶を宿した時と同じだった。

 自身と王子の間を、行ったり来たりしていた、あの曖昧なシンクフォイルと同じだった。

「シンクフォイル殿?」

 マスケスが、声を掛けるも、シンクフォイルは、虚ろな瞳をチラリと動かすだけで、何も応じなかった。

 それどころか、体からは力が抜け、先ほどまで握っていた『王家の紋章』を、ポトリと落としてしまった。

「王子の記憶が薄れつつあるのですかな?」

 マスケスは独り言のように呟いた。

「いや、記憶そのものが、全て抜け落ちていっているのですかな?」

 マスケスは、シンクフォイルの顔を覗き込んだ。

 もはや、瞳さえも動かず、鼻からは血が滴っていた。

 そして、そのまま、シンクフォイルは、死んだように突っ立っている。

「我ながら、気の毒なことをしてしまいましたな……ですが、シンクフォイル殿、あなたのおかげで、半島の平和は、きっと約束されましたぞ」

 マスケスは、シンクフォイルに降り積もる雪を払ってやった。

「立派にやり遂げたのですぞ! さすがですな! ですが、こんな結末では、あんまりですな。

民のために正義を貫き、王となるべく研鑽した結果、自身は忘却の彼方へと沈んで行くなんて、酷すぎですな。

シンクフォイル殿、あなたに非はありませんぞ。

なにもかも、全ての責任は、このマスケスにあるのですからな。

であるのなら、せめて、できることは致しましょうな。

そう、せめて、安らかに……シンクフォイル殿、どうか、安らかに」

 そう言って、マスケスは、ゆっくりとシンクフォイルの元へ近寄っていった。


 そして、懐から『年輪の仮面』を取り出すと、仮面の表面を外側から中心に向かってスルリと撫でた。

「今度は、のんびりと生きなされ」

 すると、それをシンクフォイルの顔に当てがった。

「先ほどの神父様ですぞ。穏やかで、とても正義感の強い人でしてな。どことなく、シンクフォイル殿に似てましたからな、きっと、王子よりも馴染むはずですぞ」

 マスケスが話し掛けている最中も、『年輪の仮面』からは、スルスルと根が張っていき、あっという間にシンクフォイルを包み込んだ。

 そして、仮面の輪が中心部分へと、吸い込まれていることを確認すると、マスケスは、亡くなった神父の顔を思い浮かべた。

「新しい人生ですぞ。今度は誰にも利用されず、幸せに生きてくだされ」

 マスケスは、願いを込め、シンクフォイルに向けて、幻導力を解き放った。

 と同時に、シンクフォイルの顔からは、『年輪の仮面』が、ポロリと剥がれ落ち、新雪に沈んでいった。

 それはまるで、シンクフォイルの人格そのものが、真っ白い雪に溶け込むかのようであった。


「さて、神父様。そろそろ、お戻りにならないと、風邪を引いてしまいますな」

 マスケスは、『年輪の仮面』と『王家の紋章』を拾い上げると、神父に戻るよう促した。

 それは、マスケスの都合だが、神父となったシンクフォイルへの気遣いでもあった。

「そうですね。冷え込んできたので、そろそろ戻りましょうか」

 そう言うと、何かに疑問を抱くそぶりも見せずに、シンクフォイルは、そそくさと丘を下って行った。


 マスケスは、シンクフォイルが、丘を下りきるまで、その後ろ姿を眺めていた。

「何度見ても、不思議なものですな。でも、これで穏やかに暮らせるのであれば、報われますかな?」

 マスケスは、そう呟くと『王家の紋章』を墓穴に投げ込んだ。

 そして、寒さでかじかむ手で、土を被せていった。

 『ヴォーアムの王子、安らかに』

 マスケスは、碑文を刻み終えると、一度だけ墓石に手を合わせた。

「こんなもんですかな? まあ、神父には申し訳ないですが、これも、半島の平和のためなら、了承して頂けるでしょう」

 マスケスは、ぼそりと呟くと、ゆっくりと、立ち上がった。

「さて、残りはヴォーアムだけですな。どうしますかな? 一度帰国し、アルバの様子を確認でもしますかな? いや、その前に、クリニカ王への報告が先ですかな? うーん……」

 ブツブツと独り言を言いながら、マスケスは、真っ白な雪を踏み締めながら、丘を下って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ