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ギィ…
「!」
僅かに聞こえた音に、クリスティナは可愛らしい顏を輝かせた。
そして直ぐに部屋を急ぎ足で出ると、玄関に向かう。今日は父が久し振りに屋敷に帰ってくる日なのだ!
クリスティナは父が城で働いていることしか知らされていない。耳にする事によると、かなりの高い役職に就いているらしいと言うことは判っているのだが…
何やら城で問題があったらしく、ここ数日父は屋敷に帰ってこなかった。
それが一段落したらしく、帰ってくると聞かされたときはとても喜んだ。
「お父様!お帰りなさい!」
「ああ、クリスティナ…ただいま。待っていてくれたのかい?」
「ええ…!」
側によった私を、父は軽々と抱き上げてくれた。
そんな父に甘えるように胸に頭を寄せ、笑顔を浮かべた私は、父の顔など見なかった。
「父上、ご自重ください」
「何がだ、シダルタ?」
「顔が酷いことになってます」
「私の娘が可愛すぎる!!」
「私の妹です。同然でしょう」
いつの間にか来ていた兄と父の会話など耳に入らず、クリスティナはにこにこしながら上目使いで父に尋ねた。
「お父様は、家にずっと居られるのですか?」
「勿論だよ。仕事も一段落したからね…居られなかった分、お父様とお話ししてくれるかな?」
「はい!」
それから、少し遅れて出迎えに来たお母様とお兄様、そしてお父様と四人で沢山の話をした。
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"愛し子の力は強大なり。
愛し子は唯一精霊に最上級魔法を使うことを許された存在である。
火は全てを燃やし
風は全て吹き飛ばす
氷は全てを凍結させ
植物は全てを絡めとる
水は全てを押し流し
土は大地を揺るがす
光は全てを照らし
闇は全てを誘う
治癒のは全てを癒し
守護は全てを守り通す
正しく力を使い、優しさを兼ね揃えた人間
即ち、精霊に愛された者
何者も傷つけるべからず。
反せば報復が訪れよう。
愛し子の誕生に祝福あれーー…"
「何回読んでも壮大だわ。
報復って何かしら、怖いわ。逆に…」
椅子に座って教科書を眺めつつ、ポツリとクリスティナは呟いた。
今日は家庭教師もなく、シーアとの約束もない日で、暇だったので予習を兼ねて教科書を読んでいた。
こうして改めて、"愛し子"であることの重大さを実感する。
正直果てしなく面倒くさい事だ。
ちらりと顔を上げて目の前にある鏡を見つめる。
キラキラした白金色の長い髪と、透けるような淡い瑠璃色の瞳。
桜色の唇と白い肌
自分で言うのも何だが、美少女である。
「お兄様は翡翠色の瞳なのよね…髪の色は同じで嬉しいわ」
くいっと髪を少し引っ張りつつ、そう言葉を発した。
白金色はお父様で、お兄様の翡翠の瞳はお母様。
私の瑠璃色の瞳はおばあ様譲りだと聞いた。
「ん?」
その時、ドアの向こうがちょっと騒がしいことに気づいて何だろうと顔を除かせた。
誰もいない。
騒がしさは変わらないので、興味を引かれて部屋を出た。
ロビーを二階からこっそり見下ろすと、真剣な顔でお兄様とお父様がお話をしているようだ。
「(まあ…これは…)」
会話の内容からすれば、領地近くの森に魔物が出たらしい。
結構厄介な魔物で、手を焼いているからとお兄様が出向くのだろう。
話の区切りが着いたのか、お父様に一言言葉を残すと、お兄様の姿は一瞬で掻き消えた。
「(!…今のは転移魔法…!凄いわ、初めて…!)」
かなり上級魔法だ。
魔力の消費が激しく難しい魔法だったはず…
「そこにいる可愛い天使は誰かな?」
「、!」
いきなりかかった声に、びくりと肩を跳ねさせる。
恐る恐る顔を向けると、苦笑した父が此方を見ていた。
「お父様…」
「ティナ、淑女は覗き見などしてはいけないよ?」
「はい、ごめんなさい」
「…おいで」
優しく声をかけられ、クリスティナは階段を降りて父のもとへ近寄った。
力強い腕に抱き抱えられ、整った顔が近付く。
「すまないね、騒がしかったかい?」
「いいえ…あの、お兄様は…」
「…そうだね」
魔のもの…魔の、生き物
魔獣と呼ばれるそれは、頻繁にではないものの人前に現れ、襲う。
力を持たないものに相手をするのは難しい。
前は警備隊が赴いて倒すなり追い払うなりしていたが、兄であるシダルタが愛し子として才覚を見せてから兄が直々に赴いて退治している。
…それを、自ら望んだのだ。
お兄様は…
「シダルタは氷の愛し子だ。だが、まだ幼いあの子を頼りにする私は…情けない父親だ」
「いいえ、それは違いますわ。お父様…お兄様が自ら決断されたことです。お兄様はこの家が、治める領地の皆様が大好きなのです。もちろん、私も…」
「クリスティナ…」
今私達がすんでいるのは王とにあるカインズロッドのお屋敷。
大公爵と言う身分に恥じない大きなお屋敷
領地は父の右腕と言われる方が代理のして納めている。その領地はここが馬車で二週間はかかる遠さである。
「度々、連れていって下さいましたわ。優しい方々でした。穏やかな風も、実る作物も…豊かな自然も、全てが愛しかった」
お兄様はいっていた。
大きくなったら、必ずここの領主になるのだと…父の後を継ぐのだと。
今やっていることは、兄としては「当たり前」のことなのだ。
「そうか…そう、言ってくれるのか」
そう呟いた父の顔は、愛しさと…嬉しさが滲んでいた。
「ただいま帰りました。父上」
「お兄様!」
「シダルタ!!」
不意に後ろから聞こえた声に、二人で肩を跳ねさせた。
その方は見れば、何をしてるんだと言わんばかりに首を傾げて此方を見ている兄がたっていた。
何度も言うが、領地はここから馬車で二週間である。
「魔物の討伐は完了しました。怪我人もおらず、無事に終わったと言えるでしょう」
「あ、あぁ…流石だな。」
「一撃でしたからさほど誉められる事ではないかと」
「そんなことはない」
即答。
「凄いわお兄様!魔物を倒してしまうだなんて!転移の魔法も凄いわ!」
「ティナ。ありがとう。ルシードも使えるからね…ティナも頑張れば出きるようになるよ」
「!!」
ぱぁっと顔を輝かせてほんと?ほんと?と聞いてくる可愛い妹に、シダルタは勿論だよ。と微笑んで告げた。
ーーーシーアにも話さなきゃ!
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