4話
ペチペチ
頰を叩かれる感覚に意識が徐々に覚醒する。
「奏くん?大丈夫?」
「おーい、奏?生きてっか?」
「うっ……一体…何がっ、ががががががががが!」
状況を把握しようと体を動かした途端、経験したことのない衝撃が奏を襲う。
「わっ!奏くん落ち着いて!全身に力を込めて踏ん張ればマシになるわ」
ジェットコースターに乗ってる時の数十倍のGで体が軋む。それに対処していると今度は別の箇所が悲鳴をあげる。
「いっ、たい何が……って痛ててててて!痛い痛い痛い!」
「お?奏、今度はどした?」
「乳がっ、千切れるように痛いんですけどっ!」
「胸?あぁ、そういや下着つけてなかったな。代わりにタオルでも巻いとくか。すんません、隊長ちょっと向こう向いてて下さい」
「あん?いいけど終わったら声掛けろよ。…けど、俺は男だからよく分かんねえが、そういうのって女にとっちゃ必須なんじゃないのか?渡し忘れたのか?」
「違います隊長。奏の胸がでか過ぎて市販のじゃ収まんないんですよ」
「へぇ、そんな事もあんのか。女も色々大変だな」
そう呟くと玄野は後ろを向き、さして興味がなさそうに機長と話し始めた。
一方、古田は新谷をからかいながら奏の体にタオルを巻いていく。
「あたしもブラしててもまだ痛いし。奏のはあたしよりもデカイからな。我慢するしかねーな。
初も……あっ、初には関係無かったか」
「何ニヤニヤしてんのよ。言っとくけど、わ、私だって多少は痛い気がするわよ」
「ハッ、何言ってんだよ。気がするだけだろ……っと、ほい奏。これでマシになっただろ」
「あ、ありがとうございます。……巨乳も巨乳で大変なんだなぁ」
まさかあんなに痛いなんて思わなかった。走る時に痛いってこんな感じなのだろうか。僕の独り言で新谷さんがショックを受けているようだが多分気のせいだ。
「隊長もういいっすよ」
「終わったか?じゃ、すぐ着くと思うけど、それまでパパッと説明するから、よく聞いとけよ」
慣れる気配のない圧迫感に堪えながら耳を傾ける。
「今向かっているのはアメリカにある対策本部だ。そこに能力の解析に長けた能力者と言語翻訳能力の付与が出来る能力者がいる。主な目的はその2つだな。
能力の解析は言わずもがなだが、翻訳能力の方の理由だが、まず、日本国籍であればどんな能力であれ日本の本部の預かりになるんだ。だが能力者が全員日本人って訳でもないし、外国人の能力者と協力して動く事も少なくない。場合によっては海外に行く事もある。その為にも、能力によってコミュニケーションを取れるようにしとくって寸法だ。一から勉強なんて面倒だからな。
あとは、最新の世界情勢の把握か。こっちは俺らの用事だから奏はあまり関係無いと思うけど、なんとなくでもいいから要点だけでも聞いといてくれ。
何か質問はあるか?」
玄野さんに聞かれたので、気になっていたことを聞く。
「えっと、なんでアメリカまで移動するんですか?日本にはその、解析?が使える人はいないんですか?」
「いや、日本にも何人かいるが、アメリカのは日本の能力者とは比べ物にならないくらい桁が違う。
一般的な能力は、大まかにどんな能力かが分かるレベルだが、これから会う能力者は、『いつ能力が発現し』『何を願い』『どんな能力を得て』『どのように使用する』か分かる。因みに今言ったのは能力に関しているのだけであって、更に身体的特徴、身体能力、パーソナルデータなんかも分かるらしい。
多分だが現時点では解析系能力者の中ではダントツのトップだ」
……凄くね?身体的特徴ってつまり、スリーサイズとかだよな?そんなんめちゃくちゃ捗るじゃん!
ふんっ!別にそんくらい羨ましくないけどね!こっちなんて自前ので十分だし!
「翻訳がどうのってのは?」
「それは───」
『玄野隊長、後10秒程で到着します』
玄野さんが説明しようとして、パイロットからの無線に遮られた。
「分かった。とまあ、こんなもんでいいか?もう着くようだし、他にも聞きたいことがあるなら落ち着いてからな」
「分かりました」
しかし、速いな。まだ十数分しか経ってないのにもうアメリカかよ。
『着陸に入ります。着陸の準備をしてください。3……2……1……』
「ッッッッッッッ‼︎〜〜〜〜〜‼︎」
スリーカウントをされたと思ったら0になる瞬間にギュッッ!ギュッッ!って止まった。これ多分急停止して直角に急降下したんじゃない?意識持ってかれるレベルの前へのGの後に、フリーフォールのようなチンフワ感に襲われたもん。チン無いけど。
「奏くん大丈夫?なんかすごい表情だけど」
「あー、なんか分かるわそれ。何回もされたら新たな扉開きそうだよな。漏らしてないだけ充分立派だよ」
新谷さんと古田さんが声を掛けてくるが、足腰がガクガクしてて反応が遅れる。
「……古田さん漏らしたんですか?」
「おう、そりゃもうビッチョビチョよ。人生最大の気持ちよさだったね」
「……そっすか」
照れながらそう言う古田さんにドン引きだった。他の人はガン無視である。
この人、人に変態って言っときながら自分も変態なんじゃん。
「おら、さっさと降りろ変態共。あとが支えてるんだよ。迎えの車を待たせてるんだから急げ」
「サーセン、ほら奏降りろ」
「は、はい。すぐ降ります」
玄野さんにも変態って言われたし。解せぬ。
こけないように気を付けながら子鹿みたいによちよちと降りる。
そして、玄野さんに先導されて近くに停めてある車に向かう。
見えてきた車は……リムジンだった。
初めて見たリムジンは想像以上に長くて、如何にも高級車って感じだ。
柔らかいシートに沈み全身で感触を味わいながら窓の外に目を向ける。
間近で見る初海外の景色は自分の知っているものでは無かった。
大通りに連なる高層ビルは焼け焦げたもの、窓ガラスが割れ一部が崩れているものなど無事な建物は少なかった。
狭い脇道などは瓦礫が積み上がり通りを塞いでいるし、大通りの歩道にも元は道全体に散らばっていたものを退かしたかのように潰れた車や折れた電柱などが山になっている。
いつまで経っても惨状は変わらず、その光景は途切れることなく続いた。
学校で目覚め、校舎の窓から見た景色はこんなに酷くはなく、ヘリから遠目に見た街並みも至って普通だった。
けれど、本当は日本もこうだったのだろうか。
ちゃんと目を凝らせば同じような惨状が広がっていたのではないだろうか。
親は、知り合いは、友達は今も無事なのだろうか。
1時間前までは何処か他人事のように感じていた説明は、現状を目の当たりにする事で巨大な不安となって僕に襲い掛かった。
「……………」
外を見ながら呆然とする。
車に揺られることおよそ30分。
その間そっとしてくれたのはなんとなく助かった。
ようやく見えてきた目的地はすごく大きい病院だった。
「目的地に到着だな。長居するわけでもねえから、さっさと用事済まして帰るとすっか。新井、古田は奏の補佐を頼む」
「「了解です」」
そして中に入るが、待合室から既に悲惨な光景が広がっていた。
およそ学校の体育館程の広さの待合室に隙間なく怪我人が横たわり、足の踏み場も無い状態だった。
一瞥した限りでも手足が欠損している人が何人もいる。
目の前の惨状、充満する血の臭いに気分が悪くなった。
◇◆◇
足早に怪我人の間を通り過ぎ、階段を登り、長い廊下を歩いて目的の場所に着いた。
「先ずは言語の習得だな。失礼するぜ、
『シェーンはいるか?』」
「I'm here, who?」
『極東支部の玄野だ。また力を借りたいんだが大丈夫か?』
「It's cheap!」
……ん?玄野さんは日本語で喋ってるのに返ってきた返事は英語だ。しかも、お互い通じてるっぽい。
違和感のある会話に意識を寄せている間に、玄野は「じゃ、入るぞー」とドアを開けて中に入っていく。
新谷さんに促されて僕も部屋に入る。
中は所謂事務室の様な場所で、いくつか並べて置いてあるデスクの一つの前に、一人の男性が座っていた。
「Nice to meet you!You are rumored Crazy boy!?」
いくら英語が苦手な僕でも分かる。これは煽られてんな?
上等じゃオラァ!掛かって来いよォ!