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不自由ない生活と自由なき生活4

※※


 わたしは、難しい顔をして入り口の前に座り込む女性の顔を覗きこんだ。


「ねえ、あの人のところに行きたいの」

「だめです」

「お願い」

「わたしを困らせないでください」


 彼女は苦笑いを浮かべつつ、そう言い放った。


 あの日、お父様の来客に出会ってから数日が経過した。それからわたしはあの人に会うことができていない。お父様もお母様も彼に会うのを快く思っていないのか、あのあとすぐに部屋に連れ戻されてしまった。


 問答を繰り返したのち、女性は深々とため息を吐いた。


「なぜ姫様はあの人にお会いになられたいのですか?」

「分からない。でも、会いたいの」


 わたしは心の中にある感情をうまく言葉にできなかった。

 扉が開き、お母様が入ってきた。

 お母様は女性の傍に座り込むわたしを見て、深々とため息を吐いた。

 女性の脇を抜け、わたしの傍までやってきた。


「あまりわがままを言ってはいけませんよ。困っているでしょう」


 わたしは口を噤んだ。わたしがあの人に会いたがっていると誰かから聞き、説得しにきたのだろう。いつもは親のことを素直に聞くが、彼に関することだけはわけが違っていた。


「どうして、あの人に会いたいの?」


「分からないけど、気になるの。もっと話がしたいの」

「仕方ないわ。きちんと紹介するわね。どうせ、そのつもりで彼をここに呼んだのだから」

「いいんですか?」


 女性の驚きの問いかけに、お母様は首を縦に振った。


「どういう形であれ、そのつもりで彼を招いたのよ。あの人はあなたのお婿さんになる人よ」

「お婿さん?」


 わたしは驚きの声をあげた。歳が近い少年だとは思っていたが、それが結婚という二言には結びつかなかったのだ。だが、嫌な気はしなかった。


「それでも会いたい?」


 わたしは頷いた。


 お母様は「ついてきなさい」というと立ち上がり、部屋を出て行った。

 お母様は一度お父様がいる部屋に立ち寄り、何か言葉を交わしていたようだ。わたしたちは部屋の外で待っていたため、何を話したのかは定かではない。そして、わたしはお母様と一緒に少し離れた場所にある部屋まで行くことになった。


 通された部屋の中にはあの男の人と、彼と年のころが近いと思われる男性の姿があった。二人とも難しい顔をして、こちらを見つめていた。


 お母様は二人の元に行くと、言葉を交わした。

 わたしもお母様のあとについていき、深々と頭を下げた。

 二人も挨拶をしてくれてはいたが、その表情はどことなく暗かった。


「部屋に戻りましょう」

「もう少しお話がしたい」

「また、日を改めましょう。あなたにも体調がすぐれない日があるでしょう?」


 お母様の説得に折れ、わたしは部屋を後にした。


 部屋に戻ってから、わたしはずっと考えていた。

 どうやったら彼が元気になってくれるのか分からなかったのだ。

 日がたてば元気になってくれるならそれでいいが、彼はこの家に来たときよりも疲れている気がした。



「どうかされましたか?」

「あの人がずっと元気がなさそうだから、どうしたら元気になってくれるのかを考えていたの」


 女性は困ったように微笑んだ。


「姫様と仲良くなれれば、少しは元気になられるかもしれません。でも、このことは他の方には言わないでくださいね」


「言わない。分かった。ありがとう」


 そう言われたこともあり、わたしは仲良くなる方法を考えることにした。


 わたしはあの人がいる部屋の前に来ると、彼と同じくらいの年ごろの男性が出てきた。小太郎という名前ということはお母様から教えてもらった。


「今から外に出かけませんか?」

「外に?」


 彼は怪訝そうな顔をしていた。

 仲良くなる方法を考えた末、一緒に遊びに行くことが一番だと考えたのだ。


「お父様とお母様からは許可をもらいました」


 半ば強引にそう両親を説き伏せたのだ。

 もっとも見張りの人はつくようだが、そのあたりはわたしが折れるしかなかった。


 二人を半ば強引に部屋の外に連れ出し、その足で庭に出る。庭には植物が咲き誇っていた。

 寒い冬を終え、新しい花が咲きはじめる頃合いだ。


 少し離れた場所から数人が睨みを利かせていたが、わたしは気にしないことにした。

 だが、二人はそうはいかないようで、目のやりどころがないのか俯いていた。


「この庭にはいろいろな花が咲いているの。きれいでしょう」


 わたしの問いかけにも、彼らはただ頷くだけだった。

 このままだと彼と仲良くなるなんて無理だ。きっと今日も体調が優れないのだろう。

 無理に連れ出して悪いことをしてしまった。


 そのとき、あの人が鼻をくんとさせた。


「潮の匂いがする」

「この近くに海があるの。きっとその匂いです」

「海?」


 彼は不思議そうにわたしを見た。


「海を見たことないの?」

「あるけど」


 わたしの住むこの家は海の近くにある。そのため、海は当たり前のように存在していた。きっと彼はそうではなかったのだろう。


「それなら、海を見に行きましょう」

「でも、周りが許さないでしょう」


「そんなことないです。だって、あなたはわたしのお婿様になる人でしょう。わたしがお父様たちを説得します。だから、海に行きましょう。義高様」


 わたしはそう言うと、笑みを浮かべた。

 彼は驚いたように目を見張ったが、はにかんだような笑みを浮かべていた。


※※

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