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不自由ない生活と自由なき生活3

 わたしは携帯を睨むと、ため息を吐いた。彼の連絡先を聞いて一週間が経過した。毎日時間があれば携帯をチェックするが、彼からメールが届くことはなかった。当然のようにわたしもメールを送れないでいた。

 そもそも彼になんとメールを送ればいいのか分からないのだ。

 いい天気ですねなんてメールを送ってもきっとうっとおしがられるだけだし、急に遊びに誘う度胸もなかった。


 やっぱりあのお店に行かないと言わなければよかった。

 自分の言動を後悔したとき、わたしの机に影がかかった。


「何難しい顔をしているの?」


 榮子はいたずらっぽく微笑むと、わたしの前の席に座った。


「悩みごと」

「で、誰からのメールを待っているの?」

「何でわかるの?」


「休み時間ごとに携帯を見ていたらね。さすがにわかるよ。わたしでよければ力になるよ」

「この前、すれ違った人覚えている?」


「唯香がじっと見ていた人だよね。もちろん」

「その人の電話番号を聞いたけど、メールも来ないし、送れないし、どうしたらいいかわからなくて」


 わたしは携帯を見つめた。


 昼休みだったこともあり、場所を中庭に移し、にっこりとほほ笑んだ榮子にコンビニで彼を見かけたのを含め、一連の流れを伝えることになったのだ。


 わたしは深呼吸をすると、台所で食器を洗うお母さんに声をかけた。

 お母さんは振り返ると、目を細めた。


「どうかした?」

「あのね、わたし、アルバイトがしたいの」

「アルバイト? 何かほしいものでもあるの? 言ってくれれば買ってあげるわよ」


 榮子に相談し、わたしが彼の連絡先を聞いたことに驚かれたが、それなら同じ場所でアルバイトをしたらどうかと提案してきたのだ。両親がいいというか分からないと言ったが、言ってみるだけならと言われ、勇気を出して伝えてみたのだ。


 だが、わたしの両親らしい返答に、わたしは苦笑いを浮かべた。

 わたしの両親はわたしがほしいといえば、大抵のものは買ってくれた。洋服も、パソコンも携帯も。


 お金目的だといえば、間違いなくそう返されるだろうとは分かりきっていた。

 そんなわたしに榮子はこういえばいいと提案してきたのだ。


「そうじゃないの。ほら、社会勉強をしたいし」

「だったら、今度わたしの事務所にでも来てみる? 上田さんもあなたに会いたがっていたわ。明後日、篠田さんに昼食に誘われているのだけれど、あなたも来る? だったら時間を少し遅らせてもらうわ」


 わたしは口ごもってしまった。上田さんというのは、わたしのお母さんが働く弁護士事務所の所長だ。そして、篠田さんというのは母親の事務所が顧問をしている会社の社長さんで、個人的な付き合いもある。三十代でペット用品の会社を立ち上げ、今では県内に複数の店舗を展開していた。


「アルバイトをしたいという意志は尊重してあげたいけど、大学生になってからでも遅くないし、よさそうなところも紹介してあげられるわよ。あまり口うるさくは言いたくないのだけれど、そんなに成績がいいわけじゃないのだから、優先順位をしっかりと考えておいたほうがいいとは思うわ。大学はあなたが考えているよりも、あなたの将来にとっては大切なのよ」


 もっともな理由だ。学年でトップクラスの成績でも収めていたら違っていたのかもしれないが、今の成績で社会勉強など言っている場合でもないのだろう。わたしは母親の主張を受け入れることにした。


「そうだね。ごめんね」

「いいのよ。わたしもきつく言い過ぎたわ。でも、ほしいものがあれば言ってね。お父さんと相談してからになるけど、できるだけ買ってあげるから」

「ありがとう」


 わたしは会釈をすると、リビングを後にした。


 榮子はわたしとお母さんとのやり取りを聞きながら、苦笑いを浮かべた。


「さすが唯香の家は違うね。小手先では通用しないか。好きな人がいるからバイトしたいのと言ってみるのは?」

「片思いなのにそんなこと言えないよ。それに恋愛している場合じゃないと言われちゃいそうだもの」


 わたしは肩をすくめた。


「もうメールを送ろう。そもそも連絡先を聞いた時点で、唯香の気持ちは相手にばれているようなものだもの」


 榮子の提案にわたしは首を横に振った。


「気持ちって、別に好きってわけじゃ」

「そもそも通りすがりの人にそこまで会いたいとは思わないよ。また、会って話がしたいんでしょう」


「そうだけど、断られたら、もうどうしたらいいかわからない」

「でも、バイト先にも行かないと約束してしまったのは痛いよね。学校で待ち伏せなんてできないでしょう?」


 わたしは首を縦に振る。そんな相手に迷惑がかかりそうなことなどできるわけがない。


「だったら誘うしかないよ。そんなことしている間に、向こうに彼女ができるかもしれないじゃない。好きな子だっているのかもしれない」


 わたしは唇を噛んだ。

 わたしは彼のことを何も知らない。名前と高校だけ。そもそも今彼女がいるかだって知らないのだ。


「そんなの嫌」

「メールを送ってみたら?」


 そう言われ携帯を渡されるが、わたしは身動きできなかった。彼に断らたらどうしようという不安と、彼のことを何も知らないという距離感がわたしをそうさせていたのだ。


 榮子は苦笑いを浮かべると、わたしの携帯を取り上げた。


「次の日曜日、用事ある?」

「ないよ」

「じゃ、目を瞑って。一分間」


 わたしは言われたとおりに目を瞑った。


「いいよ」


 目を開けると、携帯を渡された。


「今日中には来るんじゃないかな。返事」

「返事?」


 わたしは嫌な予感がして、携帯のメールボックスを確認する。するとそこにはわたしが送った覚えのないメールが表示されていたのだ。その文面は彼を次の日曜日にデートに誘う内容だった。


「榮子、これどういうこと?」

「わたしが誘ってあげたの。らちが明かないんだもん」


「そんなの送って断られたらどうしたらいいかわからない」

「そうしたらわたしが慰めてあげる。きっと二人はうまくいく気がするんだよね」


「根拠は?」

「わたしの勘」


 頼りにならない答えに、わたしは肩を落とした。

 送ってしまったメールはもう取り返しがつかず、わたしはじっと携帯を凝視した。


「きっと変に思われたよね」

「そもそも電話聞きだした時点で変に思われているんだから、気にしない」


 余計に肩を落とした。

 そのとき、携帯にメールが届いた。送信主は川本さんだ。


 土日はバイトがあるからごめん。それに、あまり自分の遊ぶためにお金を使えないという内容が綴られていた。

 わたしはその文面に現実に引き戻された。そもそも生活費が必要でバイトをしているのだ。その話は榮子にはしていなかった。そのため、榮子に土日はバイトがあるから無理らしいとだけ伝えた。


 榮子は申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

 わたしはそんな彼女に気にしないでと告げた。


 わたしにとっては当たり前にあるものが、彼にとってはそうではない。

 彼と会えなくなるのは嫌だ。だが、どうやって彼と接点を持てばいいのだろう。それが全く分からなかった。



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