つながった記憶1
わたしはメールを送ると、携帯を閉じた。メールの宛先は母親だ。今日は榮子と寄り道をして帰るため、そのことを伝えておいたのだ。
あれ以降、川本さんのお父さんがわたしたちの前に現れることはなかった。そのため、わたしは日常を取り戻しつつあった。
日常を取り戻しつつあったが、変わったこともある。それは学校帰りに家に直行しないときは、母親にメールを送ることになっていたことだ。一度、帰宅途中に榮子とふらりと雑貨屋に寄り、遅くなってしまったことで母親に心配をかけてしまったらしい。そのため、寄り道をして帰るときは母親にメールを送るのが日課となった。
そうしたこともあり、川本さんにも会っていなかった。川本さんに会うためのアリバイ作りは榮子が協力してくれると言うが、どうしても母親に嘘をつくのが忍びなかった。それにお互いに親同士の間にあったことが引っかかっていたのだろう。電話はしても、会おうという話には至らなかった。
二人で休みの日にどこかに遊びに行く約束を果たせないまま、期末テストの時期が訪れようとしていた。
「勉強は進んでいる?」
「まあね」
お母さんが川本さんのことを聞いてくることはなかった。お母さんにとっては娘の彼氏よりも、川本という男性のほうが気がかりだったのだろう。彼との付き合いを認めてくれたわけではないだろう。彼と付き合うことで成績が落ちたと思われるのは避けたかった。そのため、わたしは中間テストとは別の動機で勉強をすることにしたのだ。
このままでだめなのは分かっていたが、どうしたらいいのか分からなかった。川本さんがどんなにいい人でも、彼が川本さんの父親と分かれば、付き合うのも反対されるだろう。
川本さんのお父さんはなぜそこまでわたしのお父さんを恨み、どうしたいと思っているのだろう。その根底にあるものさえもわたしは知らないのだ。
「ここだよ。お母さんがおいしいと言ってたんだ」
榮子はまだ真新しいカフェを指さした。カントリー調の建物が、辺りの街並みと一線を画していて、存在感を与えていたのだ。扉を開けると、鐘の音が店内を流れるクラシック音楽に溶けいった。すぐに白いエプロンをした店員が入り口までやってきた。
わたしはその店員の顔を見て、驚きの声をあげた。それは彼女も同様だ。彼女は川本さんの幼馴染の江本さんだったからだ。
「ご案内いたします」
彼女は笑みを浮かべると、わたしたちを奥の席に案内した。そして、わたしたちはおいてあったメニューからそれぞれ注文する品を決めた。少しして江本さんが水を手に戻ってきた。
「ご注文は何になさいますか?」
わたしと榮子がケーキセットを頼むと、彼女は手持ちのメモにそれを書き記した。
その手が止まるのを見計らい、榮子が口を開いた。
「二人は知り合いなの?」
「彼女の彼氏の幼馴染」
そうさらっと答えたのは江本さんだ。
「幼馴染」
榮子はじっと彼女を見た。
「ただの幼馴染よ。でも、彼とは同じ高校だから、後輩でもあるけどね。本当にそれだけよ。幼馴染といっても兄妹みたいなものだから、お互いのことを気にしてしまうことはあるのかな。彼女ができたと聞いたときも、どんな子なんだろうって義純のあとをつけちゃったし。彼女には見つかったけど」
彼女は舌をぺろりと出した。
それがあのときだったのだろう。
彼女は幼馴染という言葉をやけに連呼していた。
そういえば川本さんは幼馴染と彼女から言われたとき過剰に反応していた。
あれはどういう意味だったのだろう。
「そろそろ仕事に戻ります」
「邪魔してごめんなさい」
彼女は「気にしないで」と言葉を綴り、踵を返すと戻っていった。
榮子は彼女の姿が見えなくなってから、短くため息を吐いた。
「幼馴染か。まあ、川本さんは唯香の彼氏なんだから気にする必要はないのかな」
「そうだと思うよ」
わたしはそう答えつつも、どこかすっきりしなかった。なぜ、川本さんは難しい顔をしたのだろう。
川本さんが彼女を好きだったとか?
それに気づいていなかったら彼女の言葉の言い方も不自然じゃない
綺麗な人だし、ありえないことじゃない。
「何か聞きたいことがあればわたしがきこうか?」
わたしの気持ちが顔に出ていたのか榮子が心配そうに聞いてきた。
「大丈夫」
わたしはできるだけ笑みを浮かべた。
少しして江本さんが二人分のケーキセットを運んできてくれた。
彼女は会釈をすると、戻っていった。
わたしたちはケーキを食べ終わると、会計をしにレジに行くことにした。
江本さんが会計をしてくれ、先に榮子が支払いを終わらせた。
わたしも自分の分の支払いを終え、お釣りを受け取ろうとしたとき、彼女は思い出したように声を出した。
「太田さんに話があるんだけど、少し待っていてくれるかな」
「唯香に何を言う気なんですか?」
先に支払いを終えた榮子がわたしと彼女の間に割って入った。
彼女はそんな榮子の反応に驚いた様子もなく、さらりと答えた。
「少し話をしたいだけよ。彼女にとって悪い話じゃないと思う。少し離れたところで待っていればいいんじゃない? 一緒に聞いてもらいたい話というわけじゃないし。少しだけ休憩をもらうようにするから」
「どうする?」
わたしは榮子の問いかけに首を縦に振った。
「分かりました。外で待っていますね」
聞かないと後々気になってしまいそうな気がして、わたしは彼女の提案を受け入れることにした。
店の外に出るとわたしと榮子は近くで待っていることにした。
少しして彼女が制服のまま外に出てきた。そして、わたしと彼女はこの近くにある公園に行くことになった。榮子も公園まで行き、近くで別れたのだ。




