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わたしと彼のお父さん

 チャイムが鳴ると、わたしは席を立った。そして、わたしの席のほうに歩いてきた榮子と落ち合わせ、教室を後にした。


 中間テストが終わり、いつもよりはかなりいい成績を残していた。それは川本さんに勉強を教えてもらうために、分からない箇所を探すための勉強を頑張ったためだ。他のことには全く興味がわかず、いつもの試験の倍以上は勉強した。それを榮子に言えば、分かっているところを聞けばいいのにと苦笑いを浮かべられた。ただ、川本さん相手にそんな失礼なことはできなかった。


 勉強は試験前の日曜日に一日かけて教えてもらった。彼は勉強の内容をすでに自分のものにしているのか、ものすごく分かりやすく教えてくれていた。


 両親は、特にお母さんはそのテスト結果に満足したようだ。

 同機はかなり不純だが、結果が良ければ特に問題はない気がした。


 そんなわたしに勉強を教えてくれた川本さんの成績をちらっと聞いたが、数学以外はほぼ満点だったらしい。その数学も答えの表記のミスだけで、問題自体は解けていたようだ。本当に大学に行かないという選択肢がもったいなさ過ぎた。


「今日、買い物行かない? 可愛い雑貨屋を見つけたんだ」

「今日は急いで帰らないといけないの。家族で外食なんだ」

「そうなんだ。いいな。どこに行くの?」

「お母さんの知り合いのお店のイタリアン」

「おいしそう。楽しんできてね」


 榮子は目を細めた。


「買い物は明日行こうよ」

「ありがとう」


 わたしの成績がよかったお祝いを兼ねて外食と、プレゼントを買ってくれるそうだ。

 お父さんも今日は仕事をそうそうに切り上げて帰ってくるらしい。


 わたしたちはいつも別れる交差点で別れた。


 わたしは家に直行した。

 家に入ると、お母さんが紙袋を手に持ってきた。お母さんも見慣れない茶色のワンピースを身にまとっていた。


「これ、似合うと思って買ったの」


 お礼を言いながら中を確認すると半そでの白いワンピースが入っていた。


「可愛い。ありがとう」

「せっかくだからこれを着ていったらどう?」

「そうする」


 わたしはその足で部屋に戻ると早速ワンピースに着替えた。リボンが腰のラインについていてかなり可愛い。ワンピースだけど、ドレスのようにも見える。デートに着ていこうと決めた。


 ピンクのショルダーを手に、部屋を出て行くと、階段の下で待っていたお母さんに会った。お母さんは目を輝かせていた。


「可愛い。やっぱりよく似合うわね」

「ありがとう。高かったんじゃないの?」


「唯香の喜ぶ顔が見れたから、満足よ。それも今回のテストで頑張っていたしね。あの男の子の影響?」


 わたしは顔を引きつらせた。

 上目づかいでお母さんを見た。


「気づいていたの?」

「あなたに彼氏ができたことでしょう。なんとなくね。あの子よね?」


 わたしは頷いた。


「少し前から付き合い始めたの。今度紹介するね」

「分かったわ。お父さんにも紹介しないとね」

「お父さん、怒らないかな。恋人ができたって言っても」


「でも、まじめな子なんでしょう。弁護士になりたいらしいし」

「そうだけど、大学には行かないんだって。でも、和泉高校でトップクラスの成績を取っているし、この前の中間テストもかなりよかったんだよ」


 お母さんは目を見張った。


「どうして? それだけ成績がいいなら、いい大学も狙えるでしょう」

「金銭的な問題で大学は諦めているって言っていた。今も生活費のためにバイトをしているの」

「そう。彼がまじめな人なら反対はしたくないけど」


 お母さんは顔を歪ませた。

 わたしは不安な気持ちを言葉に紡ぎ出した。


「ダメなの?」

「お父さんはどういう仕事をしているの?」

「分からない」


「どんな家に住んでいるの?」

「知らない」


「名前は?」

「教えたら調べるの?」


 わたしはお母さんをじっと見据えた。まるで調査をされているみたいだ。


「あなたのためよ。変な人と付き合ったら、あなたのためにならない」

「変な人なんかじゃない。お母さんだって会ったことあるじゃない。わたしはあの人が好きなの」

「唯香、あなた」


 お母さんの荒げた声が電話の着信音にかき消された。

 お母さんは電話を取ると、取り繕ったような声で言葉を交わしていた。


 電話を切ると、短くため息を吐いた。


「今から会社を出るらしいから、わたしたちも出ましょうか。話は車の中で聞くわ」

「行かない。お母さんは反対する気なんでしょう」

「行かないなら、その理由をお父さんに言わないといけないわよ」


 お母さんは前髪をかきあげた。


「分かった。今日は何も言わないわ。それならいいでしょう」


 わたしは唇を噛むと、頷いた。準備を済ませ、お母さんが出してくれた車に乗り込んだ。

 わたしもお母さんも何も言葉を交わさなかった。言葉を交わせば、お互いにその話になると分かっていたためだろう。


 お母さんが駅の傍にある駐車場に車を止めた。


「もうすぐ着くと思うわ」


 わたしはその言葉に頷いていた。


「迎えに行ってくるよ」


 わたしは車を降りると、胸をなでおろした。お母さんと今の雰囲気のまま二人でいるのはきつかったためだ。今の状況が一時しのぎに過ぎないと分かっていても。


 わたしは駅の改札口の近くまで歩いていった。ちょうど電車が入ってきたところだ。

 駅からどっと人が出てきて、わたしはお父さんの姿を探していた。

 その人ごみの中に長身で端正な顔立ちをした男性を見つけた。彼はわたしを見ると、目を細めた。


「そのワンピース、よく似合っているね。買って正解だったよ」

「お父さんも知っていたの?」

「お母さんから相談されたんだよ。頑張ったご褒美にってね」

「そっか」


 だが、家で受け取ったときほど、素直に喜べなかった。お母さんは川本さんとの付き合いを反対している。明日になれば、またその話が再燃するだろう。


「何かあった?」

「なんでもない」


 きっとお父さんも同じだろう。きっとわたしと川本さんとの付き合いを反対する。彼の親がどんな人でも川本さんには関係ないのに。それに、お父さんが病気をしているとかそんな理由があるかもしれないのに頭ごなしに否定するのは間違っている。


「行こうか」

「久しぶりだな。太田」


 聞きなれない低い声に顔をあげた。そこには長身で細身の男性が立っていたのだ。もともとの顔立ちは整っていたのは分かるが、目元にできたクマや鋭い顔つきがより威圧感を与えてしまっていた。


 わたしはその人を見て、首を傾げた。

 彼をどこかで見たことがある気がした。だが、何度記憶を巡らせても、その誰かが分からない。


 お父さんは彼を見て目を見張っていた。


「川本」


 その言葉にわたしの胸がどくりとなった。

 珍しい苗字というわけではない。ただ、ありふれた苗字とはいいがたかった。


「次期社長候補らしいな。俺をだしぬいて、うまくやったな。本当に」

「子供の前だ。やめてくれ。行こう」


 お父さんはわたしの手を引いた。

 その険しい顔つきは温厚なお父さんとは別物だった。

 だが、お父さんが川本と呼んだ先生がわたしたちの進路を塞いだ。


「娘か。今年高校二年だったっけな。俺の息子は大学も諦めたというのに、お前の娘なら、どこでも好きなところに行けるだろうな」


「それはわたしたちには関係ない」


「関係あるさ。お前が俺の人生をめちゃくちゃにしたんだ」


「あれはお前にだって原因はあるだろう。今度話を聞く。だから、今日はやめてくれ。携帯の番号はお前も知っているだろう。明日の夜でもそこにかけてくれ」


 男の人はにやりと口をゆがめた。


「そうだよな。まさか自分の娘に自分が人殺しなんて聞かれたくないよな」

「言いがかりはよしてくれ」


 人殺しという言葉に背中に冷たいものが走った。


 お父さんは冷たく言い放った。だが、男の人は全く怯まなかった。

 いつの間にか周囲の人たちが足を止め、わたしたちのやり取りを見守っていた。


 怪訝な表情を浮かべている人。興味深そうに眼を輝かせている人。ただ、驚きを露わにしている人。それは人によって多種多様だ。


「唯香。お母さんのところに戻ってなさい。二人で食事に行きなさい」

「家族で食事か。幸せそうでいいな。もう香苗は帰ってこないのに」


 男性はにやにやとわたしたちを観察するような目で見ていた。


「早く」


 わたしはお父さんにせかされ、その場を離れようとした。ほんの五歩ほど歩いたとき、人ごみの中の見知った姿がわたしの足を押さえつけた。


 その人は男性に駆け寄ると、その手を掴んだ。

 わたしはその人から目を話せないでいた。


 その人が川本さんだったから。


「父が申し訳ありません。このまま家に連れて帰ります」

「ああ……」


 父はためらいがちに頷いた。


 男性は川本さんの手を振り払おうとしているが、川本さんがその手をしかと握ったまま離さなかった。


「行こう。唯香」


 お父さんはわたしのほうに歩いてきた。

 お父さんを見ていた川本さんの視線がわたしに向けられた。


 彼の顔が引きつるのが分かった。

 わたしの顔も引きつっていただろう。

 彼に駆け寄るべきか、お父さんについていくべきなのか、もっと別の行動をとるべきなのか分からなかった。


 川本さんがわたしから目をそらした。


 おそらく彼は自分のお父さんにわたしがお父さんの娘で、顔見知りどころか付き合っていたと知られたくないのだろう。


 わたしは目をそらした。

 お父さんに連れられ、お母さんの車のほうに行くことにした。

 その途中、険しい表情をしたお父さんに尋ねてみることにした。


「さっきの人は知り合いなの?」

「元同僚だよ。いろいろあって、彼は会社を辞めたんだ」

「どうして?」

「それは言えない。悪い」


 わたしは頷いた。


 お父さんは車の外でわたしに待っていてほしいというと、先に車に乗り込んだ。そして、お母さんと何かを話をしていた。お母さんの表情も目に見て暗くなっていった。


 二分ほど待って車に乗っていいと言われたが、二人の表情は暗いままだった。


 その日は食事だけをして、家に帰ることになった。


 その間、わたしたち家族の間で交わされた言葉は数えるほどだった。


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