彼の隣にいた女の子3
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わたしは肩を抱くと、体を震わせた。今日はいつもよりもきんと冷え、体の芯から冷えているのが実感できた。
「姫様、大丈夫ですか?」
女性が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「平気よ」
わたしは息を吐いた。口元がほんのりと白くなった。
年が明け、寒い日が続いているが、それでもここまで寒い日は久々だ。
わたしは障子の先に、移った影に反応して、思わず障子を開けた。わたしは視界に映し出された世界に思わず感嘆の声を上げた。外ではいつの間にか白い雪が頼りなさげにその姿を映し出していたのだ。
「雪」
そう呟いたわたしの傍に女性が駆け寄ってきた。彼女はほうっと目を細めた。だが、すぐに真剣な顔立ちになった。
「雪が降るのは久しぶりですね。姫様、体を冷やしてはいけません。もっと奥に入りましょう」
「これくらい平気よ。せっかくだもの。義高様に教えてくるわ」
「わざわざ教えずとも」
女性はわたしを制するが、わたしは聞く耳を持たなかった。
そのまま廊下に出ると、義高様の部屋へと急いだ。
義高様の部屋に行くと、小太郎様が顔を覗かせた。
彼は部屋の奥にいるらしい義高様を呼んできてくれた。
「姫様、何か御用ですか?」
「雪が降っているの。とってもきれい」
わたしは走ってきた影響か、途切れがちになる言葉をできるだけなめらなに綴った。
義高様の表情が窓の外に映った。彼は目を見張る。
「ここでも雪が降るとは」
「義高様の故郷でも雪が降るの?」
彼は首を縦に振った。
「数えるほどですが、見たことがあります。ただ、すぐにやんでしまいますが」
「今回は積もるといいですね。そうしたら一緒に遊びましょう」
わたしはこぶしを握ると、目を細めた。
「そうですね」
そのとき、屋敷内が心なしかざわついていた。
人の足音と、声がどことなく聞こえた。
雪が降ったため、皆喜んでいるのだろうか。
わたしは降り積もる雪が消えないことを願い、目で追っていた。
少しして、女性がわたしの部屋までやってきた。
彼女の表情はどことなく固い。
「姫様、部屋に戻りましょう」
「嫌。もう少し義高様と一緒にいるの」
「姫様」
いつもはわたしのわがままを聞いてくれる女性はわたしの腕を掴んだ。彼女は唇に歯を立てた。
「お願いします。部屋にお戻りください」
彼女は義高様に目くばせした。義高様は顔を強張らせた。だが、すぐにその表情が緩んだ。そして、さっきの姿が見間違いかと思うほど、彼は優しい表情を浮かべていた。
「今日は部屋に戻ったほうがいい。冷えるからね」
「義高様がそういうなら戻ります」
「今日は部屋から出ないほうがいいよ」
彼が言っている意味はよく理解できなかったが、自分の部屋に戻ることにした。
日が暮れてからお母様がわたしの部屋にやってきた。彼女はわたしを見て、安堵したように見えた。
「今日は何か変わったことはなかった?」
「雪が降っていたの。まだ降っている?」
部屋から出てはいけないという義高様の言いつけを守っていたため、わたしには外の世界がどうなっているのか分からないままだった。
「雪?」
お母様は意表を突かれたような表情を浮かべた。そして、女性に目くばせをした。
「まだ降っているわ。ほんの少しだけだけど」
「よかった。明日になったら義高様と一緒に雪で遊ぶの。積もるといいな」
お母様は悲しそうに微笑んだ。
お母様はわたしの髪の毛にそっと触れた。
「あなたはわたしたちの大事な娘よ。あなたの幸せを願っている。わたしは父の言いつけを破ってあの人と一緒になった。今でもその選択が間違っていたとは思わない。でも、今ならお父様が反対した気持ちがわかる。あなたには誰よりも幸せになれる道を与えてあげたいと思っているの。周りに反対されず、守られる人生を歩ませたい。あなたのためにどうしたらいいのか分からない」
わたしはお母様の本意が掴めず、首を縦に振った。
ただ、ところどころ聞こえてきた言葉をつなぎ合わせ、お母様がわたしの幸せを願ってくれているということは理解した。
「お父様とお母様はわたしと義高様を会わせてくれたじゃない。わたしには義高様がいるから、幸せになれるわ」
悲しそうな表情を浮かべるお母様を安心させるためと、今の自分の満ち足りた気持ちを伝えるためにそう告げた。
だが、お母様は一層悲しい顔をしてしまった。
「もっと違っていたら。あの人がああでなければ、あなたの望みをかなえられたかもしれないのに」
そう苦々しく呟いたお母様の目にうっすらと涙が浮かぶのを感じ取れた。
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