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彼の隣にいた女の子1

 榮子はわたしを見て苦笑いを浮かべた。彼女の手が伸びてきて、わたしの頬を掴んだ。


 痛みは感じるが、それくらいのことでこの顔のにやけを抑えることはできない。


「本当、幸せそうだね」


「まあね」


 わたしはできるだけ抑揚のない声で返事をしようとした。だが、そんなのは悪あがきに過ぎなかった。


 川本さんの彼女になって二週間が経過していた。


 彼と週に一度か二度会うくらいだが、メールは毎日している。


 もっと会いたい気持ちはあるが、わがままを言って彼を困らせたくはなかったのだ。


「じゃあ、邪魔者は帰るよ。楽しんできてね」


「ありがとう」


「来週の中間テストの勉強はきちんとしておくこと」


「分かってます」


 わたしは榮子に別れを告げ、ふっと天を仰いだ。


 今日はどんな話をしよう。


 一時間ほどなら一緒にいられると言っていたため、その時間を少しでも無駄にはしたくなかった。


 といっても特別な話などあるわけもなく、わたしたちの会話はほとんどが他愛のないことだ。


 友達とするような世間話。それでも、わたしの知らない川本さんの学校での姿が垣間見える気がして、とても嬉しかったのだ。


 わたしの体に影が届いた。


 顔をあげると、川本さんが息を切らしてこちらに駆け寄ってきていた。


「待たせてごめん」


「わたしも来たばっかり。どこの店に入る?」


「どこでもいいよ」


 川本さんはどこに行きたいとはあまり言わない。わたしに気を使ってくれているのか、どこでもいいのかはよくわからなかった。


 わたしも川本さんと一緒ならどこでもよかったが、それを口にしてしまえば、川本さんを困らせてしまう気がした。


 適当な店を探しているとふと何人かの女の子と目があった。私服の人もいれば制服の人もいる。恐らく見られている原因は川本さんと一緒にいるからだろう。


 彼はとにかくよく目立つ。わたしも一瞬で彼に惹きつけられたように。


 だから、周りの人が彼を見てしまう気持ちも分からなくはない。


 ば榮子がこのあたりにおいしいケーキ屋さんがあると言っていたのを思い出した。


「この近くにケーキのおいしいお店があるの。そこでいい?」


 彼は頷いた。


 わたしは彼とそこから歩いて五分ほどの場所にある、オフィスビルの一階にある喫茶店に一緒に入った。


 中には学生らしき人もいれば、スーツ姿の人も見かけたが、店内から視線が集まるのを感じ、わたしは目を伏せた。


 案内された窓際の席に腰を下ろした。


 彼はメニューを受け取ると、目を通していた。


 彼と待ち合わせをしたときはいつもこんな感じだ。彼はどこでもいいと言ってくれるが、バイトをしている理由が理由だけにいろいろ考えてしまっていた。こういうとき学校が一緒だったらと何度も考えてしまう。



 彼と付き合うことになっても、そうした本心は見えないままだ。


 もっと自分の気持ちを表してくれればいいのに。


 もっともそれはわたしにも言えることだ。


 付き合い始めだからか、どうしても相手に気遣ってしまっていた。


「どうかした?」


「なんでもないよ。どれもおいしそうだね」


 わたしはメニューを広げるとその場を取り繕った。


 わたしと彼はケーキセットを一つずつ頼むと、メニューを戻した。


「テスト勉強は進んでいるの?」


「一応ね。受験しないと言っても、家に帰ってすることもないから大抵勉強している。君は?」


「ぼちぼちかな」


 おそらく普通よりいいくらいの可もなく、不可もなくな成績を残すだろう。


 そこそこ授業内容も理解しているし、いつもと同じくらいだからだ。


 お店の外に目を向けたとき、わたしは顔をしかめた。


 こちらをじっと見ている少女と目があったためだ。セーラー服を着た少女。そして、あれはたしか川本さんと同じ、和泉高校の制服だ。


 彼女は悲しそうに微笑むと、踵を返し去っていった。


 川本さんの視線が外に流れた。彼は不思議そうに首を傾げた。


 同じ学校の人にばれてしまったんだろうか。


「川本さんは同じ学校の友達にわたしと付き合っていることは言っているの?」


「言ってないよ。別に聞かれないし」


「そうだよね」


 そんなものかもしれない。同じ学校ならいざ知らず、わたしもいろいろしてくれた榮子以外には彼と付き合っていることは言っていなかった。そもそも自分から彼女ができたと言い振らすタイプには思えなかった。だったら、同じ高校の人に見られたのはまずかったのだろうか。


 素直に彼と同じ学校の制服を着た人がこちらを見ていたと言えばいいのに、いろいろ考えた末、抽象的な言葉が飛び出してきてしまった。


「他の人に知られたら困る?」


「困らないよ。ただ、父親には言いたくないかな」


 彼は苦笑いを浮かべた。


 父親という言葉にドキッとした。彼の話に幾度となく出てくる父親はどんな存在なのだろう。


 わたしにとっての父親はいつも仕事で忙しく、会えない日も多々ある。だが、それでもわたしのわがままを聞いてくれるし、わたしが話しかければ嬉しそうに聞いてくれる。ほしいものがあれば買ってくれる。きっとそういう父親ではないのだろう。


 彼がいつかわたしに父親のことを話してくれる日は来るのだろうか。


 そのときケーキが運ばれてきて、わたしたちの目の前に並んだ。そして、彼はケーキにフォークを入れていた。


 わたしたちはケーキを食べ終わると、店を出た。


「そろそろ帰ろうか」


「そうだね」


 彼はこれからバイトだ。


 本当はもっと一緒にいたい。


 だが、その気持ちを言葉に伝えられずにお店を出てすぐの信号の前で彼と別れた。


 彼は急いでいたのか、次第に遠ざかっていった。


 わたしは彼から目をそらすと、短くため息を吐いた。


 振り向いてくれることさえない。


 デートってこういうものなのだろうか。


 彼はどこかつかみどころがない。


「あのさ」


 聞き覚えのある声に振り返ると、川本さんが立っていた。


「テストが終わったら、どこか遊びに行こうか」


 わたしは目を見張った。


 彼からの初めてのデートの誘いだ。


「どこに?」


「どこでもいいよ。君の行きたい場所なら」


「考えておく」


 彼は頷いた。


 信号が変わり、わたしたちは二度目の別れをした。


 彼は慌てて信号を渡ったが、わたしの心はさっきとは違っていた。


 テストが終わったらデートができる。


 どこに行こう。遊園地でもいいし、どこかに一日ふらっと出かけるのもいい。買い物だと彼は時間を持て余すだろうか。だが、二人の最初のデートなら、よい思い出を作りたい。それなら、彼が行きたい場所に行きたい。


 もう信号が赤に変わっていて、彼の姿はもうそこにはなかった。わたしは携帯を取りだすが、すぐに鞄に片づけた。


 今なら行先も分かっているし、すぐに追いつけるだろう。


 わたしは信号が変わるのを待って、彼の後を追った。


 もっと二人で話をしたいと思ったから。


 曲がり角を曲がった時、わたしの足が止まった。川本さんが歩いていくのが見えた。


「川本さん……」


 わたしの声はすっとかき消された。彼に駆け寄っていく別の女の子の姿を見たためだ。その子はあのお店からわたしたちを見ていた子だった。


 彼は驚いたような反応を示したが、すぐに笑顔になった。


 二人が顔見知りであることは想像しえたが、わたしの心は痛んだ。


 友人なのだろうか。


 わたしもクラスの男子と会話をすることがあるにも関わらず、その二人の間に割り込めなかった。そのため、来た道をそっと戻ることにした。


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