重なり合う思い出3
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わたしは桃色に咲く花の前で足を止めた。細い花びらが無数に伸びていた。
わたしはおそるおそる、その花の先で触れた。花びらの先は想像に反して、痛くなかった。
「何をしているの?」
義高様は不思議そうにのぞきこんだ。
「痛いのかなって思って」
わたしを見て、義高様は苦笑いを浮かべた。
わたしは頬を膨らませて義高様をじっと見た。
「悪かった。本当に姫は純粋だなと思ったんだ」
「じゅんすい……?」
「可愛いってことだよ」
義高様の言葉にわたしの頬が赤く染まった。
今まで彼からそんなことを言われたことがなかった。
「珍しいな。この辺りでこの花が咲いているなんて」
義高様は寂しそうにその花を見ていた。
「昔、住んでいたところに咲いていたんだ」
「そうなの?」
義高様はどんなところでうまれて育ってきたのだろう。ずっとこの城の中で暮らしてきたわたしには想像できないものだった。
「いつか義高様の住んでいたところに行ってみたいな」
「そうだね。行けるといいね」
義高様は笑顔を浮かべていた。
「でも、この話は誰にも言わないでほしい。きっと困る人がいるから」
「分かった。誰にも言わない」
わたしは首を縦に振った。
そのとき、床のきしむ音が聞こえた。何気なく顔をあげると、お父様とお母様が何か言葉を交わしているのが見えた。その表情はどことなく、暗い。
「部屋に戻ろうか」
義高様はわたしの耳元で囁くと、その手を引いた。
義高様の表情もお父様とお母様に負けず劣らず暗かった。
わたしが本を読んでいると、部屋の扉が開いた。お母様が顔を覗かせたのだ。
「どうかなさったの?」
「なんでもないわ。ただ、元気にしているか気になったのよ」
わたしの脳裏にあの昼間の出来事が蘇った。きっとお母様たちにも何かあったのだろう。
「今日の昼は義高殿と一緒に遊んでいたの?」
わたしは頷いた。
「庭に珍しい花が咲いていたの。義高様の花」
「義高殿の花?」
お母様は不思議そうに顔をしかめた。
「義高様の住んでいたところの近くに咲いていたと言っていたの。だから、義高様の花でしょう」
わたしは思わず口を押えた。
秘密にすると約束したのに思わずいってしまった。
「でも、これは言ったらいけない話なの。だから、誰にも言わないで」
わたしは慌ててそう口添えした。
お母様は顔をゆがめた。
「そう義高殿が言っていたの?」
「そうじゃないの」
「誰にも言わないから、その花を見せてほしいの」
お母様にそう言われ、わたしは頷いた。
昼間見たあの花のところにお母様を案内した。
もう日は傾きかけていたが、桃色の花は存在感を放ち続けていた。
まるで自分の居場所を教えてくれるかのように。
お母様はその花を見て、顔をゆがめた。
「姫は義高殿のことが好き?」
「大好き」
わたしは目を細めた。
それは偽りのない本心だった。
「義高殿が来て、よく笑うようになったわね。驚くくらいに」
「義高様はいろいろなことを知っているの。だから、すごく楽しいの。いつか義高様のふるさとにわたしも行ってみたい。もっと大きくなったら行けるでしょう」
お母様の目が太陽の光に反射され、煌めいていた。
「そうね。いつか行けるといいわね」
太陽の淡い光に絞り出されるかのように、お母様はそう呻いていた。
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