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ある悲しき歴史の断片3

 放課後、図書館に行くと、すでに川本さんの姿があった。彼は本をわたしに渡してくれた。


「このまま持って帰っていいよ。期限までに渡してくれれば俺が返すから」

「でも、わざわざ」

「いいよ。もう一度借りるのも大変だしね」


 ということは少なくとももう一度は必ず会えるということなんだろうか。

 わたしは彼の申し出を受け入れることにした。


「でも、もう今できることは調べつくしたような気はするな」

「そうですよね」


 鎌倉時代は昔すぎて、書籍とネットでこうして調べるのがせいぜいだ。


「鎌倉か。来年、お金貯めたら行ってみたいな」

「わたしも行きたいです」


 わたしは反射的にそう口にしていた。


「男と一緒に旅行なんて、両親が心配するよ」

「部屋も別にとればいいし、心配されるようなことは何もないと思います」


「お金だって、かなりかかるんじゃないかな」

「お金なら、両親が」


 そう言いかけて口を噤んだ。両親に鎌倉旅行に行くといえば、間違いなく全額出してくれるだろう。それにお年玉やらの貯金もまとまった額があった。だが、それを彼の前で言うのは気が咎めてしまった。


「大学に入ったらバイトもするし、そしたら一緒に行きませんか? わたしも行ってみたい」


 わたしは精一杯の理由を取り繕い、そう口にした。

 彼は寂しそうに笑っていた。


「分かった。早くて二年後だな。それまで俺も楽しみにしておくよ」

「ごめんなさい」


「別に気にしないでいいよ。二年もあればしっかり計画も練れるだろうしね。どこに行きたいか考えておいて」

「はい」


 二年後の約束が実現されるかは分からない。彼と疎遠になっているかもしれない。けれど、今はこの約束が実現するものとして考えておきたかった。


 わたしは本を返すと、彼と一緒に図書館を出た。


「川本さんはどこに行きたいか考えていますか?」

「大姫と義高のものではないかと言われている墓もあるけれど、やっぱり海かな。あの夢を見たときから妙に気になるんだ」


「わたしもその気持ちはわかります。きっとあの海で二人は初めて打ち解けたんですよね。まだ完全ではないにせよ」


 川本さんははにかんだような笑みを浮かべていた。

 同じ体験をしているからこそ、こうして気持ちを共有できるのだろう。


 そのとき、クラクションが耳に届いた。顔をあげると、お母さんの車が脇に停まっているのに気付いた。お母さんの顔ははっきり見えないが、にやついているように見えた。


「知り合い?」

「お母さんです」

「それなら、ここで別れようか」


 川本さんと一緒にいるところを見つかってしまった。きっとからかわれてしまうだろう。

 本当は川本さんと一緒にいたいという気持ちはあったが、わたしは川本さんに別れを告げ、お母さんの車のところまで行った。そして、助手席に乗り込んだ。


 お母さんはわたしと目が合うと、にっと微笑んだ。


「あの子が弁護士になりたい子?」


 わたしは頷いた。


「かっこいいじゃない。紹介してくれればよかったのに」

「ただの友達だから」


 わたしは苦笑した。

 お母さんはわたしに理解を示してくれるが、さすがに一緒に旅行に行きたいといえば反対するだろうなとぼんやりと考えていた。


※※



 わたしは息を切らしながら、辺りを見渡した。


「どうしたかしたの?」


 聞きなれた声に振り向くと、お母様が驚いた顔をして立っていたのだ。


「お昼寝をしている間に、義高様がどこかに行かれてしまったの。一緒にお花を見に行く約束をしていたのに」

「彼なら部屋に戻っているわよ。あなたが寝てしまったから、と」

「そっか。よかった。どこかに言ってしまわれたのかと思った」


 わたしは胸をなでおろした。

 そんなわたしをお母様は複雑そうな顔で見ていた。


「お母様?」

「姫は義高殿のことが好きなの?」


 好きという言葉が心にぬくもりをもたらした。わたしは顔を綻ばせると、首を縦に振った。

 お母様は顔を綻ばせた。


「親同士が決めた婚姻だからと思っていたけれど、あなたたちにはあまり関係なかったのね」


 わたしは意味が分からずに首を傾げた。


「義高殿が待っているわ。早く行きなさい」

「分かりました」


 歩きかけたわたしの足が止まった。


「お母様、義高様とお城の外に出かけていい?」

「お城の中だけにしなさい」


 わたしはお母様の言葉に頷いた。

 返事は分かっていたが、残念な気持ちはぬぐえなかった。

 あれから、海を見に行けることはほとんどなく、遊ぶときはいつも城の中だけだ。


 わたしは義高様の部屋に行くことにした。義高様の部屋の障子をあけると、義高様がわたしを見て笑みを浮かべた。その手には分厚い書物が握られていた。


 わたしは義高様の傍に行くと、その本を覗きこんだ。中身を見てもさっぱり理解できなかった。

 眉根をよせたわたしの頭をぽんと叩いた。


「まだ姫には難しいだろうね」

「わたしが義高様くらいの年になれば読めるようになるわ。そしたら義高様の好きな本を教えてください」


 義高様は一瞬顔を強張らせた。だが、すぐに笑顔を浮かべた。


「そうだね。それまで姫と一緒にいられたら」

「ずっと一緒よ。だってわたしたちは結婚するんだから」


 義高様は目を細めた。


 わたしたちはその足で庭に出た。義高様はほんとうになんでもよく知っていた。

 難しい本も読めるし、庭に咲く植物の名前も教えてくれた。

 わたしはそんな義高様と一緒にいるのが、何よりも楽しかった。


※※

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