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災い送り・3




「…………え?」



 言われた内容をうまく理解できなくて、間抜けな声が漏れた。



「いきなりで正直悪いとは思ってる。けど、こっちも切羽詰ってるんだよなぁ。祭りンときにちょうどここに立ち寄ったっていうある意味運命的なめぐりあわせに免じて頼まれてくれない? お礼とかはちょっとオレは無理だけど、多分クランがなんかすると思うし。あ、クランここの領主の息子だったりするから。それもあって余裕無いんだけどさ」



 この通り、とエディトさんが頭を下げる。

 そんなことされても困る……! というかちょっと目立ってる。不快ではないけど、ちらちらと周りの人に見られるのは勘弁して欲しい。



「あ、頭上げてください。その、詳しいお話を聞かせてもらわないと答えられないですけど、あたしにできることがあるなら協力しますから……!」


「それでじゅーぶん。……あー、よかった。これでアンタに一刀両断されたら、それこそあの人外美形二人組に消し飛ばしてもらうしかなかったしなぁ」



 さらっと言うような内容じゃない気がするけど、エディトさんはただ事実を述べてるだけみたいだった。

 何の気負いもない、淡々とした声音。



「あー……で、詳しい話な。んー、どっから話すかなぁ」



 だんだんと暗くなる空を見上げて、エディトさんは話し始めた。





 エディトさんの入ってる身体(この言い方が正しいのかはわからないけど)の持ち主であるクランさんは、小さい頃すごく病弱だったらしい。十まで生きられれば良い方、とまで言われていたそうだ。

 けれど、ここの領主の息子はクランさんだけで、領主が既に結構な歳だったのもあって、新しく子供をつくるのも難しい感じだったとか。


 そんな中、クランさんは自分がそう簡単に死んではいけない人間だということをなんとなく悟っていたらしい。

 だから、風邪をこじらせて生死の境をさまよったとき、『死ねない』と強く思ったそうだ。

 その思いに惹かれて『ヤク』のエディトさんが彼の元を訪れ――『ヤク』は強い思いを持つ人間に憑くことが多いらしい――とりあえずクランさんは一命を取り留めた。なんというか、身体の機能をエディトさんが補う形になったらしい。


 普通であれば『ヤク』によって人間は弱ってしまうのだけど、エディトさんが身体に入ったことで、逆にクランさんは健康になった。

 そして、何が原因なのかはわからないけど、ただの『ヤク』だったエディトさんに明確な自我が芽生えたのだという。

 クランさんはエディトさんを友のように――否、兄弟のように扱ったそうだ。決して相見えることのない、それでもかけがえのない半身として。


 自我の確立したエディトさんも、クランさんを自分の半身のように思って、『ヤク』としては避けられない、憑いた身体への侵食をできる限り抑えた。

 そのおかげもあって、クランさんは健康な状態で成長することができたのだそうだ。

 病弱だった身体がエディトさんのサポート無しでも健康な状態を保つようになったのは、そう昔の話ではないという。


 だけど、それで『めでたしめでたし』とはならなかった。


 健康になったクランさんの身体には、エディトさんの居る余地がなくなってしまったのだ。





「なんつーか、クランとオレはこの身体ン中で居場所の取り合いみたいなのをしてるような感じになってて、一緒にいていいことが一個もないんだよな、もう。クランが小さいころはオレが居ることでむしろ補ってたんだけど、補う必要がなくなった今は単なる邪魔物っていうか、百害あって一利なしみたいな? ともかくこのままじゃクラン殺しちまうわけ。そろそろやばいなーと思い始めた辺りからどうにか身体から出れないもんかと色々やってみたんだけど、どうにも無理っぽくてさぁ。どうやらオレこの身体と異様なくらい相性イイっぽくてそのせいだろーとは思うんだけど。自力で出れないってんなら誰かに出してもらうしかないよなっつーことで、まぁ色々調べたり何たりした結果、アンタみたいな力持った人間に頼むのが一番いいだろーって結論に達したんだよな。けどそーいう人間って今あんま居ないみたいでさぁ。いやホント、アンタがここ来てくれて助かった」



 一気に説明されて少し混乱気味の頭をなんとか落ち着ける。

 頼みごとの内容とか、どうして初対面のあたしにいきなり頼もうとしたのかの理由はなんとなくわかったけど……。


 言っていいものかどうか悩む。けど、言わなくちゃいけないことだと思って、あたしは思い切って口を開いた。



「あの、エディトさん」


「ん?」


「あたし、その、エディトさんが言ってる『力』っていうの、使えない……です」


「あれま。そうなの?」



 エディトさんは少し目を見開いたけど、それだけだった。

 きっとすごくがっかりされるだろうと思っていたので拍子抜けする。


 それでもやっぱり期待を裏切ってしまったことには変わりない。居た堪れなくて俯く。



「……ごめんなさい」


「んー? なんでそんな落ち込んでんの? ついでに謝られる理由もさっぱりなんだけど」


「だって、『力』が使えないと、エディトさん困るんじゃ……」


「や、それはそーだけど。それでなんでアンタが落ち込むわけ? 使えないっつっても力自体はあるだろーに」



 心底不思議そうに言われる。



「昨日の様子からして、力使ったことないんだろ、アンタ。使い方がわかんないのは当然じゃん。そんな必要な技能でもないはずだし。……まあ、そーいう人間に対して明後日までに使えるようになって、って頼もうとしてるオレもどうかと思うけどさ。でも次のチャンスは一年後だし、さすがにそれまではクランがもたなそーだからなぁ。アンタには悪いけど、どうにか使えるようになってくんないと困るんだ」



 力が使えなかったら使えなかったで次善の策は考えてる、とエディトさんは言った。

 けど一番クランに負担がかからない方法はそれだから、やらずに諦めないで欲しい、と。






 とりあえず明日また会う約束をして、エディトさんと別れた後の帰り道、あたしは行きよりも深刻に悩んでいた。暗くなった空が余計にその度合いを深くしてる気がする。


 シリスとガイエンのこともどうにかしなくちゃいけないと思うけど、エディトさんのこと――あたしにあるはずの『力』についての方が先決だろう。時間がなさすぎる。


 『力』について、あたしは全然知らない。シリスが契約するときにちょっと口にしていたけど、それがあるってことしかわからない。

 あたし一人で考えたところで『力』についてわかるはずもないから、やっぱりシリス達に聞くのが一番なんだろうけど……いきなり『力』の使い方を聞いたりしたら変だよね。


 やっぱりエディトさんのことを含めて話すべきなんだろうけど、どういう言い方をすればいいだろう。

 昨日の様子だと、シリスもガイエンも『ヤク』のことはよく思ってないみたいだし。

 二人とも、なんていうか、あたしに対して過保護っぽいところがある気がするし、うかつに話すのはどうかと思う。

 いきなり問答無用でエディトさんを消したりは……多分、しないと思うんだけど、でもエディトさんに関わること自体に反対されたりはするかもしれない。


 できる限りのことはするって言った手前、明後日までに使えるようになるかはともかく、その努力はしたいと思うけど……。



「リア」


「……え?」



 まだ聞き慣れたとは言えない、それでも親しみを感じるようになった声。

 反射的に顔を上げれば、正面にガイエンが居た。

 いつの間にか宿のすぐ傍まで来ていたらしい。考えに浸っていたから全然気づかなかった。



「おかえり。なんか難しい顔してたけど、一人で歩くときはあんま考え込むなよ? この辺もすげぇ治安がいいわけじゃないみたいだし」



 ま、なんか異変があったら飛んでくけどな、とガイエンが笑う。



「ご、ごめんなさい」



 注意力散漫だったのは確かなので、とりあえず謝っておく。

 「別に謝んなくてもいいって」と言いながら、ガイエンが頭を軽く撫でた。

 ……ガイエン、頭撫でるの好きなのかな。なんとなくそんな感じがする。



「一人歩きでも一応危険はなかったみたいで良かった。……で、リア」



 ガイエンが少し屈んだ。見上げないと合わないはずの視線が、真正面で合う。



「何か訊きたいことあるんだろ? 俺じゃ力不足かもしれねぇけど、一応『守護聖霊』だし。心配しなくても、リアが嫌がることとかはしねぇから、話すだけ話してみるってのhはどうだ? ……あいつ――シリスに訊きにくいことなら、代わりに訊いてもいいしな。つっても、あいつはその方が荒れそうだけど」


「なんで……」



 知ってるんだろう。まさか後をつけたりとかは……ないよね?



「それはない。言ったろ? 響くんだって」



 言いながら、ガイエンが首筋の文様を指した。

 そういえば昨日、そんなことを聞いたんだった。すっかり忘れてたけど、もしかして思考がだだ漏れだったんだろうか。



「いや、断片的にしかわかんねぇから安心していい。せいぜい、何かを訊きたいけどどうやって切り出そうって悩んでるのしかわかんなかったから。……つっても、やっぱいい気分じゃねぇよな、こういうの。ごめんな」



 困ったように苦笑するガイエンに、なんて言えばいいのかわからなくなる。

 自分の思考が勝手に伝わるのは困るけど、ガイエンのせいじゃないから責めるつもりなんてない。

 それに、今回はガイエンから促してもらったことで言い出しやすくなったから、助かったといえば助かったのだ。



「ううん、勝手に伝わっちゃうのはちょっと困るけど、いいよ。ガイエンのせいじゃないんだし」


「……そっか」



 安心したようにガイエンが笑った。

 その笑顔に後押しされるように、あたしは口を開く。



「その、ちょっと訊きたいんだけど――ガイエンはあたしの『力』について、どれくらい知ってる?」


「『力』?」



 首を傾げるガイエンに頷く。とりあえず、エディトさんのことにはできる限り触れない方向で行くことにしたいけど……どうだろう。



「うん。シリスが前言ってたの。あたしには強い『力』があるんだって。『守護聖霊』がずっといなかったのもそのせいだって。でも、詳しいこと全然知らないの。シリスも特に教えてくれなかったし……なんか、訊きづらくて」



 いきなりの契約とか、そのまま旅に出たこととかで、正直忘れてた部分もある。けど、全然触れられないから、訊くようなことじゃないのかなって思ったのも本当だ。

 あたしが知らないだけで、知ってて当然の知識なのかと思ってたけど、エディトさんの話からするとその『力』自体珍しいものみたいだったし。



「んー……リアが持ってる『力』っていうと、多分聖霊に類するものに働きかける力のことだと思うんだが――リアはそれの何が知りたいんだ? 聖霊にない力だし、俺はあんま詳しくねぇんだけど」



 正直に言っていいものか、ちょっと迷う。

 今までのことを考えると、使えなくても困らない力だ。使い方を知りたいと言ったら変に思われるかもしれない。


 まだ目線を合わせたままで居てくれているガイエンを見る。

 どうした?とでも言うように見返してくれるその目は、すごく優しい。


 ……あたしが嫌なことはしないって、ガイエンは言ってくれた。その言葉は、信じられるものだって思う。



「つ……」


「つ?」


「使い方を、知りたいの。……『ヤク』を『異界』に『送』るために」



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↑2/19パラレルっぽい小話追加。
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