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災い送り・2




 せっかくだから、『災い送り』が終わるまでここに留まろうってことになって、あたしたちは手頃な宿をとった。


 意外……と言えば意外なことに、宿探しから宿泊料の交渉まで、手際よく済ませたのはガイエン。

 ちなみに今まではシリスがやってくれてたんだけど、やたらと高級な宿をとるから、手持ちの少ないあたしは困っていたのだ。だって国の援助金の残りしかないし、収入もないし。

 シリスは「俺が出すから気にしなくていいよ」って言ってくれてたけど、色々申し訳ないし――そもそも何でシリスがお金持ってるのかとか気になって、言葉に甘えられないでいた。

 ……本当に、一体どこから入ってきてるんだろう、シリスのお金……。


 その点ガイエンが選んだ宿は、お世辞にも上等とはいえないけれど、程度としては底辺ではけしてない、ちょうど中間くらいの宿だった。料金も、これくらいの宿にしては安い。

 ……宿の女将さんがうっとりとガイエンを見ていたことからすると、故意にかそうでないかはともかく、たらしこんだのかもしれない。


 まあとにかくその宿で一泊した翌朝、あたしは一人で散歩に出ていた。

 というのも、少し考えたいことがあったからで。



「どうしたらいいのかな……」



 つい溜息をつく。


 考えるのは、シリスとガイエンの不和状態についてだ。

 シリスはガイエンのことがやっぱり気に入らないみたいで、全然打ち解けるつもりもないみたいだし、ガイエンはガイエンでシリスが自分をどう思ってようと気にしてない……というか気にするのが馬鹿らしいと思ってるみたいだし。

 歩み寄りとかそういう兆候がちっとも見えない。

 二人とも、あたしにはすごく良くしてくれるんだけど、このままの状態が続くのは嫌だと思う。だから、何か解決策が思い浮かばないかと思って散歩に出てきたのだ。


 はぁ、とまた溜息をついて、何の気なしに石畳に足を踏み出したその瞬間。



「なぁ、アンタ」



 知らない声と一緒に肩に手が置かれて、あたしは思わず肩を跳ね上げた。


 飛び跳ねる心臓を押さえながら恐る恐る振り返る。

 まったく知らない男の人が立っていた。声からわかってはいたけど。



「な、なにか御用ですか」



 他人から声をかけられるなんてこと、これまで殆ど無かったからか、緊張で声がちょっと震えた。今は一人だから余計に警戒してしまう。



「あー、そんな怯えられるとオレがイジメてるっぽいじゃん。別に難癖つけよーとか路地裏に連れこもーとか思ってないから。そりゃ初対面だし警戒すんのは当然かもだけどさ」



 ひらひらと手を振りながら、気の抜けた声でそんなことを言われる。


 ……なんというか、ちょっと変な人だ。

 言われた内容に初対面時のガイエンを思い出したのもあって、警戒が微妙に緩んでしまった。


 それを感じ取ったのか、その人は「ん」と頷いて、また口を開く。



「今日はあの人外美形二人組は一緒じゃないのな。なんかあったの?」



 言われた内容に一瞬思考が停止した。


 『人外美形』……言いえて妙、だけど、それが示す意味によってはものすごくマズい気がする。

 『人外レベルの美形』ならともかく、『人外の美形』だとしたら、この人はシリスたちが聖霊だって知ってるってことになる。実体のある聖霊については世間じゃまったく知られてないはずだから、その可能性は低いけど……。



「どした?」



 眠そうな目元。やる気のなさそうな顔。気の抜けた口調。ひょろっとした長身。ありふれた服装に、くたびれたブーツ。

 とりあえず研究員とかじゃなさそうな気はするけど、なんとなくただの人でもない気がする。


 どんなリアクションをとればいいのか判断がつかない。

 シリス達が聖霊だって知らないとしても、この人はシリス達と一緒のあたしを見たことがあって声をかけてきたんだろうし。


 と、そのやる気のなさそうな人は、「あー、」と何か納得したように気の抜けた声を上げた。



「そうだよなー、いきなりンなこと言っても何コイツって思うよなぁ。や、でも誓ってアンタに危害を加えたりしないし。あの二人組のこと聞いたのは、単に気になっただけだから。オレが用あんのはアンタだけだし」



 言えば言うほど怪しさが増してることにこの人気づいてないんだろうか。

 でもやっぱり、悪人には思えない。



「あー……とりあえず場所変えない? もっと安全な場所……アンタがオレの話聞いてやってもいいかなって思えそーな場所に。オススメは中央広場かなぁ。大通りと繋がってるし祭りのこともあって人多いし」



 本当に変……というかよくわからない人だ。『用』っていうのが一体何なのかさっぱり見当もつかないけど、こうまでして話を聞かせたいってことは、無碍にするのもどうかと思ってしまう。


 あたしはちょっと悩んで、「じゃあ、中央広場に行きましょう」と頷いた。


 ……何かあったら逃げればいいよね、多分。





 その変な人は、エディトと名乗った。

 この町の住人らしく、中央広場に辿り着くまでに(結構近距離の移動だったにも関わらず)やたらめったら声をかけられていた。

 その応対を見ている限り普通に好かれているようだし、安心はしたけど、ますますなんで声をかけてきたのかわからない。



「んー、やっぱ人多いなぁ。あ、そこのベンチでいい? 話すの」



 エディトさんが示したのは噴水の傍の小さなベンチだった。

 なんか殆ど成り行きで話を聞くことになっちゃったけど、初対面のはずのあたしへの用って本当に何なんだろう。


 とりあえずエディトさんが腰を下ろした後、ちょっと間を空けて座る。

 それをちら、と見たエディトさんは、どうでもよさそうに視線を外して話し始めた。



「アンタ、オレが言うのもなんだけどちょっと警戒心無さ過ぎだろー。オレは助かったけどさぁ。知らない奴に声かけられたらソッコー逃げろとかあの二人組に言われてないわけ? ぜってースゲー過保護だと思ったのに」


「さすがにそれはないです」



 この人シリスとガイエンを何だと思ってるんだろう。

 というかもしそう言われてたとしても、それを守ってたら日常生活とか困難になりそうな気がする。



「あー、とりあえずとっとと用件済ますか、うん。……昨日さ、アンタら、っつーかアンタの連れ、『ヤク』引きずり出して消し飛ばしてたよな?」



 …………え。



「なん、で、それ……」



 昨日聞いたガイエンの説明だと、ヤクは人間には見えないみたいだった。

 ……いや、あたしには一応見えたんだから、見える人もいるのかもしれないけど。

 でもあんな嫌な感じがするものが引きずり出されて消し飛ばされる一部始終を、この人見てたんだろうか。



「なんでって言われても。わかんねぇかな。昨日の様子だとアンタわかるんじゃないかと思ったんだけど」



 何のこと、と訊ねかけて、ふと気づく。

 ほんの僅か、意識しないと気づかないくらいの微かな感覚。昨日知ったばかりとはいえ、間違いようが無い。


 ――……エディトさんから、『ヤク』の気配がする。


 咄嗟に立ち上がって走り出そうとする。

 だけど、「ちょいまち」とやっぱり気の抜けた声で言ったエディトさんが腕を掴んできたので未遂に終わった。



「何のつもり、ですか」



 声が緊張で震えてるのがわかる。

 どうして気づかなかったんだろう。一度気づけば無視できないその気配に、背筋が粟立った。



「言ったろ、アンタに用があるって。危害は加えないってのはマジだから。とりあえず聞くだけ聞いてみてよ」



 変わらない声音。でも、向けられた目は真剣だった。切羽詰っているというか、どこか焦っているような。


 『用』がなんなのかはわからないままだけど、わからないままこの手を振りきってしまうのは駄目な気がする。

 あたしはシリスとガイエンに心の中でごめんなさいを呟いて、再びベンチに腰を下ろした。

 ほっと息を吐いたエディトさんが腕を放してくれる。



「……ありがとな。わかるんならオレの近くに居んのヤだろーし、ぱぱっと済ますな」



 言って、エディトは視線を空に向けた。



「あー、どう話せばわかりやすいかなー。……さっき一応名乗ったけど、オレはエディト。んで、この身体の名前は、クラン=フォン=エディト=ザクラーシュっての」


「身体の名前?」


「そ。正確に言えば、『ヤク』のオレの名前がエディト、人であるこの身体の持ち主の名前がクラン=フォン=エディト=ザクラーシュ。身体の名前の方の『エディト』は幼名みたいなもんな」


「……エディトさんは、『ヤク』なんですか?」


 昨日見た『ヤク』は、もっとすごく嫌な感じがして、こうやって会話なんてできそうもない風だったけど。

 おどろおどろしいというか、意思疎通する気もないというか、むしろ出来るんだろうかという感じの。



「まー、うん。他のとは存在の仕方がちょっと違ってるから微妙だけどなー。『ヤク』なのは間違いない。明確な自我がある分、アレと一緒くたにされるのはビミョーな気分だけど」



 そう言って、自嘲するみたいにちょっとだけ笑った。



「用ってのは、アンタに頼みごとがあってさ。アンタの連れの人外美形二人組に会ったらさくっと消し飛ばされそうだからさぁ。ホント、アンタ一人で出歩いてくれて助かった。……で、頼みごと、なんだけど」



 ひょい、とエディトさんがこっちを向いた。視線が絡まる。



「祭りが終わるまでに――まぁつまり日蝕が終わるまでに、オレのこと『異界』に『送』ってくれない?」



 いつの間にか欠け始めていた太陽を背に、エディトさんは軽い口調でそう言った。




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↑2/19パラレルっぽい小話追加。
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